神の実

シャケ部長

第1話神々の実

1,予兆

いつも通り学校の教室で僕は、窓から空を眺めていた。いつも通りの日常。教室の一番後ろで一人黄昏ている。


まあ、この状況から察することが出来る通り、僕、三神涼太みかみりょうたは友達のいない可哀想陰キャぼっちな高校生なのだ。


放課後。ほとんどの生徒が部活もしくは帰宅する時間。当然ながら学校でやることもなく、部活に所属しているわけでもない僕はそそくさと下校する。


途中、小腹が空いたのでコンビニによると入り口付近にたむろっている僕と同じ高校の制服を着た三人の男が和気藹々と話している。


「なあなあ、よくバナナはおやつに入らないとかあるじゃん。あれってなんで?」三人の中の坊主頭の男が二人に問いかける。


「そりゃ、あれだよ。果物だからだよ。」二人の内、特にチャラい男が水を少し飲んだ後にそう答えを返す。


「答えがアホくさいな。」もう一人のちょっとチャラい男が微笑しながらツッコミをいれた。


どうでもいい話をするくらいならとっとと帰れよ。店前でたむろってんじゃねぇよ。そんなこと思いながらコンビニに入り、買い物をすませる。


コンビニを出るとまだ三人の男の話は続いていたようだった。さっきのバナナはお菓子に入る入らない問題がまだ続いているようだった。


まだやってるのか。と内心思いながら僕が家に向かって歩き出そうとしたその時。


「唐突なんだけどさ、『知恵の実』ってあるじゃん。あれほとんどの人がリンゴていうけどさ、実際どうなんだ?」特にチャラい男の口からそんな言葉が他の二人に投げかけられる。


『知恵の実』という言葉に僕は少し懐かしさを感じ足を止めた。


知恵の実とは、創世記に出てくるエデンのそのというところに生えている「善悪の知識の木」または「善悪を知る木」と呼ばれる木に実っている神々の果実のこと。


「オレンジとか、イチジクていう説もあるらしいよ。」ちょっとチャラい男がスマホを見ながらそう答える。おそらくグーグルンで調べたのだろう。


「おっ!バナナ説もあるじゃん!」坊主頭の男がちょっとチャラい男の後ろからスマホを覗き込んで、嬉しそうにそう口にする。


バナナだけでよくあそこまで盛り上がれるな。あの坊主頭の人。そんなことを思いながら、僕は再び家に向かって歩き出した。


「……ただいま。」玄関の扉を開け、誰もいないとわかっていながらも、そう口にして自宅へと足を踏み入れる。


帰宅早々ベットに横たわり、スマホに目を向ける。それからはいつも通り、腹が減ったら適当な物を食い、風呂に入って歯を磨いて、再びベットに横たわる。


ふとした時、コンビニ前の男達の会話が脳裏をよぎった。


「……知恵の実か。」彼らの会話を思い出し、溜め息を吐くように言葉が漏れる。


中学三年生の時。なんでだったか神話の本を読み耽ったり、ネットで漁るように調べまくっていたことを思い出した。


当時は神々の話が結構好きだったけど、今じゃ多少かじれるくらいしか覚えていない。ニ年も前だから当然か。そんな風に昔をちょっと思い出していると眠くなって来た。


「明日も学校だし、寝るか。」そう呟きながら電気を消し、またいつもと変わらない明日に備えて眠りについた。


◇◇◇◇◇


ある広場に大勢の者達が集められていた。そこにいる全員がどよめき、困惑しているようだった。


「お聞きになられましたか⁉︎」堅いのいい男が焦りながら、髭を生やしたおじさんに問いかける。


「わかっている!落ち着け!」髭を生やしたおじさんが堅いのいい男にそう言って、頭を掻く。


「あれはエデンのそのの『善悪の知識の木』に実るはずのもの!あそこへの道は、智天使ケルビムと回転する炎剣で守られているはずですのよ⁉︎」ロング髪の女が怒鳴るように言葉を放つ。


「わからん!何故地上にあの実が出現したのか想像もつかん!」髭を生やしたおじさんは頭を抱えながら考え込んでいる。周辺でも同じように大勢の者達がざわついている。


「皆の者!聞け!」若々しい男が高台からその場にいる者達に語りかけるように大声を放つ。


その声が放たれた刹那、その場にいる者達のざわつきは止み、その場にいる全員が若々しい男に視線をむけた。



「あの実は、我々の管理下にあったものだ。原因はわからぬが地上に多数の種がばら撒かれた。絶対に他の者達に渡してはならない!可能な限りの全勢力を当て、実を回収する!」若々しい男がそう言い切るとその場にいた大勢の者達が膝をついた。



それから数秒後、その者達は広場を離れ、広場に若々しい男だけが残って一人呟く。


「なんとしてもあの実を回収しなければならん。でなけば、この世界の秩序が崩れかねない。」若々しい男はそう呟いた後、高台を降りて、歩き出した。


2,知恵の実

目覚ましが鳴り、僕は嫌々ながらも目覚まし時計を止めて朝の準備をして学校へと向かう。


通学途中、何やら公園に人が集まり騒がしかった。何か事件でもあったのだろうか?そう思い近寄ってみると近くにいたおばさん達の会話が聞こえてきた。


「何があったの?」


「なんでもいきなり奇妙な木が生えて来たらしいのよ。念のためこの公園は今日一日立ち入り禁止になったみたいよ。」


「木が生えただけなら公園を封鎖する必要はないと思うけどね。」


木がいきなり生える?そんなこと自然科学的にあるのか?でも警察とかも来てるみたいだし、近づかない方が良いのかも。僕はその場を離れ、学校へと向かった。


今日もまた昨日とあまり変わらない一人ぼっちの日常を過ごした。少し違うとするならば、朝の公園にいきなり木が生えた話が話題になっていた事だ。


今日耳にした大半の雑談がその話だった。確かにファンタジー感溢れる面白そうな話だと僕も思ったがそんな話題になる程のことでもないと思っていた。


帰りにでもその木を覗きに行ってみようと思って向かってみたが、案の定僕の通っている高校の生徒が大勢いるだけでなく、他校の生徒までもが集まっていた。


あの大勢の人混みの中に行く勇気は僕みたいな陰ぼっちにはないので、夜にでも覗きに行こうと一度帰宅した。


夜9時頃、散歩気分で話題になっていた奇妙な木が生えたという公園に行ってみた。あれだけの人が押し寄せるんだから相当変なのだろう。


そんなことを考えながら、公園の入り口前に立つと想像していたよりも不思議な光景を目の当たりにした。


「これは……木なのか?」あまりの異様さに口からそんな言葉が漏れる。なぜなら他の木に比べて枝のように細く、高さのない木だったからだ。


普通の木の三分の一程度の細さで、成人男性より少し高い程度の高さだったのだ。


そしてもう一つ疑問に思ったことがあった。帰りは多くの警官などがいたのに対して、今は誰一人としていないことだ。


立ち入り禁止にするくらいだ。警戒は怠らないはずだし、いつもなら、この時間帯は近所の人の声が聞こえてきたりする。あまりに静かだった。


そんなことを考えていると木の枝の先端から小さな光が漏れ出てきた。その光は徐々に形を作っていく。


まさにあの神話の食べ物で有名な、光り輝くリンゴと名高い『知恵の実』と呼ばれるもののように見える姿をしていた。


僕は何故かその実から目が離せなかった。近づけば近づくほどその果実は神々しく、美味しそうに見えたのだ。気づかぬうちにその実に手を伸ばそうとしていたその時。


「ほう。それが知恵の実か?」背後から声がした。僕は我にかえって、声のした方へと振り返る。


そこにいたのは、黒い枝のような翼を生やし、赤く輝く瞳でこちらに視線を向けてくる白髪の男だった。


何故かわからないが僕は直感的にこいつヤバいとこの身に危険を感じていた。


「おい人間。」白髪の男は僕を睨みつけながら話しかけてくる。


「なん………ですか?」緊張と警戒をしながら返事をした。冷や汗が止まらない程に危険を察知していた。


「邪魔だ。下等な人間風情がその実に触れるな。」そう言って、白髪の男はゆっくりと近づいて来る。近づかれれば近づかれる程、僕の中に恐怖の感情が溢れてくる。


そんな時だった。白髪の男と僕の間にどこからかともなく矢が飛んできてその場で爆発を起こす。白髪の男は後ろへ下がり、その爆発を回避した。


僕は爆風で尻餅をついて爆発の起こった場所へと視線を向ける。一体何が起こったんだ。そう思っていると。


「あなたこそ、その実を獲れると思っているの?」上から女性の声が聞こえてきた。声をした方へと視線を向けると。


月の光で輝く銀色のポニーテールの髪に、弓を持ち水色に輝く美しい瞳の女性が白髪の男を睨みつけながら空中に浮いていた。


「やはり来たか……アルテミス。」白髪の男はそう言うとどこからともなく、赤黒い槍を出現させ、手にとった。


「……エン。」女性は多分この男の名前を呟いた。だが彼女の言葉よりも僕は男の言葉に耳を疑った。アルテミス?ギリシャ神話の月の女神アルテミス?どういうこと?


「エン。何故あなたがここにいる?」警戒しながらアルテミスと呼ばれた女性は白髪の男に問いかける。


「そんなもん決まっているだろ。知恵の実が地上にあると聞けばそれがどんなものか知りたくもなるだろ?だが実物を見て、これが知恵の実ではないが神々の実であることはわかった。」エンと呼ばれた男は嬉しそうに答える。


その内容に僕は疑問を覚える。これが知恵の実じゃない?さっきと言ってることと違くない?


「私もこれが知恵の実ではないことは、わかってたわ。私達神々の実であることもね。」アルテミスと呼ばれた女性は、地上に降り立ちそう言い放つ。


「えっ?」情報が整理されない。どういうこと?状況がまったく掴めずに混乱しているとアルテミスと呼ばれた女性が僕に向かって、語りかけてくる。


「君!ここは危険よ!早く離れなさい!」アルテミスと呼ばれた女性が弓を構え、それに応じるようにエンと呼ばれた白髪の男も赤黒い槍を構える。


「何がなんだか、よくわからないけどとりあえず離れないと。」そう口にしてすぐさま公園から走り出した。その数分後、ぶつかり合う金属音と共に背後で大きな爆発が起きた。


振り返って見ると壮絶すぎる光景が目の前に広がっていた。


爆発で起きた大きな砂煙の中で火花を散らし、何度も何度もぶつかり合い響く金属音。何度も巻き起こる爆発。


ザ・ファンタジーな光景に僕はその場から動けない程にその戦いを凝視していた。数分後、大きな金属音同士のぶつかり合った音の後にこちらに向かって何かが飛んで来た。


僕はそれを避けようとしたが間に合わず、ぶつかり、軽く飛ばされる。


「イッタタタ。」目を開けると僕の上にアルテミスがボロボロの姿で地面に横たわっていた。そして前方の砂煙からエンが槍を肩に乗せながら歩いて来る。


「おいおい。そのもんじゃないだろう。もっと面白く殺し合おうぜ。」エンは楽しそうな声でそう言いながら迫ってくる。アルテミスはすぐ立ち上がるが足が震えていた。立つ力すら残ってないみたいだ。


アルテミスは弓を構えようとするがその途中で弓を落とし、膝から崩れ落ちる。


あの数分間でどれだけ激しい攻防が行われていたのか僕には想像もつかない。


「終わりか。面白みもクソもねぇな。」エンは槍を肩から振り下ろし、頭をかいきながらそう呟く。


アルテミスは息を切らしながらエンを睨みつける。僕は後ろから呆然とただそれを見ていた。


「月の女神も地上じゃあ、この程度か。」エンはそう言い切ると槍をアルテミスの方に向ける。


「くっ!」アルテミスはまだ睨み続けていた。まるで誇り高い騎士が諦めずにまだ戦いを挑むかのように。


「じゃあな。月の女神様。」エンは槍を構え、攻撃の態勢へと入った。まずい、このままじゃ!そう思った刹那、僕の体は無意識に動いていた。手を広げ、アルテミスの前に立っていた。


「…なんだ人間。お前が代わりに戦うとでも言う気か?」真顔でエンは僕を睨みつけてくる。僕は体を震わせながらもそこを退かずにエンから目を離さずにいた。


「君…逃げなさい!あなたじゃ何もできないわ!」アルテミスの声が背後から聞こえてくる。だが、僕はその言葉に対して、首を横に振った。


「僕はこれでも男なんだ。人間如きが神を守ろうなんておこがましいとか思われるかもしれけど。でも、ここで逃げちゃいけない。例え人間でも、何の力がなくても、今ここで逃げたら、今までの自分より惨めになりそうだから!」僕はそう言い放った。


陰キャでも、ぼっちでも、ここで逃げたら、見て見ぬふりをしたら、人間として生きていけなくなりそうだから。その思いがこの全身に感じる恐怖を超えて、この体を突き動かしていた。


「…やはり下等な生物だ。」エンは槍を構え直して一言。


「じゃあ………死ね。」そう言って、こちらに向かって来る。瞬きもせずに目を見開いたまま……僕は貫かれた。

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