第62話 卒業②
開始の合図とともに、オレとラーファーさんは走り出す。
地面を力いっぱい蹴り、跳ぶ。
そして右の拳を握りしめ、後ろに大きく引き絞る。
「はぁ!」
「あ゙あ!」
ああ……? まあ、掛け声は人それぞれか。
さすがに、握りこぶし同士をぶつけるのは嫌なんだよな。
ま、もともとフェイントのつもりだったんだが。
拳がぶつかる寸前で右の拳を引っ込め、半身でラーファーさんの拳を避ける。
そして、伸びたラーファーさんの腕をつかみ、上手投げ!!
「う、お!!」
さすがに重い……。そして、ラーファーさんが宙を舞っている間に距離を詰め――
「うう…………ぐが!」
――起き上がったラーファーさんの顔面に跳び膝蹴りを食らわせる。
助走を十分つけた跳び膝蹴りを顔面に食らったラーファーさんは後ろに大きく、縦回転しながら吹っ飛んだ。
オレは更に追撃を仕掛けるため、前方向に力いっぱい地面を蹴り、跳ぶ。
そして、ちょうど予測着地点にラーファーさんが見えた。
右足を伸ばし、踵は下を見ている。
――ズドン!!
大きな何かが地面に落ちたような音が辺りに響いた。
砂煙が舞う。
視界が悪いにも関わらず、オレはラーファーさんのいる方向をしっかりと見据えていた。
外した……いや、避けられたか。惜しかった。
ラーファーさんは吹き飛ばされた勢いを利用し、後ろに大きくバク転で跳んだ。
目と鼻の先を、オレの踵が通り過ぎた。
もし食らっていたなら、ラーファーさんは脳震盪を起こし、敗北していただろう。
オレは未だ砂煙の中。
ラーファーさんは砂煙の端っこにいるため、視界はそこまで悪くない。
ラーファーさんは魔力探知を獲得しているだろう。
つまり、オレの位置は丸わかり。
魔力探知は、覚醒したら大抵の人は使えるからな。
近衛騎士育成学校では、それの訓練もあるらしいし。
さて、どうするか。
とりあえず、この砂煙が晴れるまで……。いや、晴らそうか。
あ、そんなことしなくても大丈夫そうだな。
砂煙が、風のよって晴れていく。
生活魔術『
一体誰が…………なるほど、フォーレンさんか。
「2人とも、これだけは勘弁してくれ。こうしないと見れないんだ」
「いや、何も問題はないさ」
ラーファーさんの顔には、青痣ができている。
それに、腫れている。やったのはオレだけど。
暫し無言で見つめ合い、再び走り出す……オレだけ。
……なるほど、受けの体勢か。
両手を前に突き出し、足も横に開いている。
右手を、左手よりも若干前に構えている。それと同じく、右足を左足より若干前に置いている。
受け止めることもできる。流しもできる。カウンターもできる。
どこを狙ったものか。
困った。水晶なしはなめ過ぎたか? いや、よくないな。まだ負けてない。
目前まで迫ったところでスライディングし、開いた両足の隙間を潜り抜けた。そして足を思いっきり踏ん張り、高くジャンプした。
オレの体はラーファーさんの頭上を通過した。
そのまま、再びラーファーさんの背後に陣取り、右足で後ろ回し蹴りを放った。
ラーファーさんが振り返ろうとしたとき、ラーファーさんの左脇腹に蹴りが入り、ラーファーさんは右方向に吹っ飛んでいった。
ボールのように、地面とぶつかる度に跳ねる。
2度、3度と跳ねたところで、体勢を整え、止めた。
オレはその目と鼻の先で、右拳を握りしめ、ラーファーさんの顔面をロックオンしていた。
――勝った。
そう思った。
だが、覚醒者相手に、そんな甘い話はない。
オレの拳はぎりぎりのところで避けられた。
勝利を確信し、大振りになっていたため、腹に反撃を食らった。
――重い……!!
オレは軽く5メートルは吹っ飛んだ。まずい! 体勢を……!
――ガシッ!!
両足を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。
「――かっ!!」
体内の空気が全部出た気がする。
「うおおぉぉお!!」
そのままぐるぐる回され、上空に放り投げだされた。
えーーと、大体上空20メートル辺りか。
…………どうしよう。舞空術は使えない。そんなのないんだけどな。
このまま落ちても、攻撃を食らう。
あ、ちょうどいいわ。踵落とししたろ。
右足を上に振り上げ、バランスを維持する。
あれ、少し難しい。ふむ……。縦回転すれば……。
…………よし、これならいける!
にしても、この高さまで人を投げられるとはねぇ。足首がちょっと痛い。
――ズン!
オレの上空10メートル――考えている間に10メートルほど落ちた――からの踵落としを両腕で受け止められた。
「ぐぐっ!」
だが、無傷ではなかった。
オレのかかと落としを直に受け止めた左腕の骨が折れている。
利き手の右腕が折れてくれていたらよかったんだが。
右腕で右足を掴まれ、左方向に投げられた。
ただ、片腕で投げたため、すぐに着地できた。
ここまで、おおよそ3分ほど経過
すぐ目の前にあるフォーレンさんの2つの拳を避け、斜め上に見える顎目掛け、跳ぶ。
頭頂部がフォーレンさんの顎にヒットする。
「――グフッ!!」
そしてそのままフォーレンさんは白目を剥いて後ろに倒れた。
覚醒のおかげで、頭頂部に感じる痛みは小さい。
……触ってみよ。
…………あー、こぶになってるわ。『
内出血ぐらいすぐに、体力も魔力も消費しなくても治る。
『そこまで、勝者はライン!!』
ふう。故郷に錦を飾るってのはこのことかな。大歓声。
「さて、と。──『
「…………ん、あ……あぁ。あー、負けたか。強くなりすぎたな、ライン」
「ふふ、そりゃどーも」
強くなったな、じゃなく、強くなりすぎた、か。悪くない評価だ。
「まさかラーファーが負けるとはな。私たちが束になっても勝てなさそうだ」
「『
あらら、肋骨に罅入ってたのか。上に吹き飛ばされる前の反撃のときだろうな。
「そういや、あのとき使ったのは何?」
「反撃のとき」
あの瞬間、ラーファーさんの魔力が減っていた。
「ああ、あれは『重撃』。ぶっちゃけて言えば、攻撃が重くなる。あまり使う機会はないんだがな」
なるほど、攻撃力に補正をかける技か。これはなんとしても習得せねば……!
棍との相性はいいはずだ。
「ラインの主武器は棍だし、相性もいいかもな。こっちにいる間に教えようか?」
「お願い」
1週間はこっちにいるつもりだから、その間にマスター……最低でも、コツは掴んでおこう。
「1週間ほどいるんだろ?」
「その予定だね」
「なら、毎日特訓しようか。ラインなら、この期間中に習得できるさ。『飛撃』よりも簡単だからな」
へーー。『飛撃』よりも簡単なのかぁ。『飛撃』は……たしか1か月も経たなかったかな。
『晶弾』とか『晶拳』と同じ感覚だったからな。
1週間後
「まさか、わずか6日で『重撃』を習得するとは……。近衛騎士育成学校で習うはずだったんだが」
「ま、いいんじゃない? 予習だ予習」
「にしても、6日は……」
いや、だって簡単だったし。
魔法と変わらない。
物理ダメージだから消費魔力量が少ない。
生活魔術とほぼ同じぐらい。
「ライン、またいつでも帰っておいで」
「帰れるときは帰るよ」
「って言って、数日しか帰ってこなかったじゃないか」
「兄さん……バイトがあったり、鍛錬の付き合いだったり……って言わなかったっけ?」
離婚寸前の夫婦みたいな会話だな。オレのは事実だけど。
いや、その発言をする人全員が全員噓吐いてるというわけではなくて…………。
誤解を招く発言、お詫びします。
厳密には口には出していないからセーフか。
「ライン、そろそろ出るぞ」
「わかった。それじゃ、また!」
「「頑張っておいで!!」」
3年ぶりだな。こうやって見送られるのは。
長期休暇で帰省したときは「行ってきま~~す」「いってらっしぇ~~い」って感じだった。
…………いよいよオレも近衛騎士か。
今思えば、ここまでいろんな信条の変化があったな……。
感慨深いものがあるな。
村に来た冒険者パーティーを見て、冒険者を志した。
冒険者学校に通ううちに近衛騎士も悪くないと思えた。
まあ、近衛騎士が嫌だと思っていたのは、近衛騎士はお堅いっている偏見が理由だったんだけどな。
近衛騎士の方が給料いいし。
近衛騎士の方が楽しくなりそうだし。
そして、オレは今。
近衛騎士の卵となった。
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