第46話  体育祭⑤

 まだだ。


 まだ。


 だが、そろそろ体力が……っ。


 ターバも同じか。

 このまま長期戦になれば、根気での戦いとなる。それは、戦いとは少し違うと、オレは思う。


 ターバとの間に、3メートルほどの隙間ができれば……勝てるかもしれない。


 吹き飛ばすか、吹き飛ばされるか。

 選ぶのは前者だ。


 だが、ターバの息もつかせぬ連撃が、それを許してくれない。

 どこかで……そうだ! 水晶を忘れてたぜ。

 ターバの腕は2本しかないんだ。


 どうする。

 どれを選ぶ。

 いつやる。

 それに、生成物によっては時間がかかる。


 体と思考を分離させろ。


 まず、生成時間。

 実は、あまり大したことはないんだ。コンマ数秒にも満たない差しかない。だが、コンマ数秒でも・・・・・・・変わること・・・・・が、勝率を左右する。


 そして、何を選ぶか。

 『晶拳』、『晶鎖』、『晶盾・大』のどれか。


 『晶弾』。その中でも、機関銃タイプ、散弾銃タイプ……『晶弾・機関』、『晶弾・散弾』だな。

 『晶弾・乱』もあるが。『晶弾』にいろいろなタイプを考えたからな。


 ここは『晶鎖』でいこう。

 生成時間はプログラミングを使って短縮できる。プログラミング前は『晶弾』を上から下――『晶弾・雨』で。

 いや、数がバカにならない。……よし!


「そろそろ決着と行こうか!」


 あら? ターバからのお誘い。乗るっきゃねぇ。


「おう! お前も、体力が限界に近いんだろ?」

「お前もな」


 心臓の鼓動が、息がうるさい。


「「ふーーーーーーーっ」」


 呼吸を静める。冷静さを少しでも取り戻す。クールダウンだ。


「「おぉ!!!」」


 再びぶつかり合う。

 死の間際で発動する突然のパワーアップ。火事場の馬鹿力。これが発動している。

 発動してしまうような脳の状態だったということだ。脳のリミッターの一部解除だ。


 先ほどとは武器のぶつかり合う音が変わっている。

 今なら覚醒者相手でも少しは戦えるかもな、なんて。


 『晶弾・乱』でターバを撹乱……いや、足止めさせる。

 殺傷能力はなくしていたが、今回はギリギリの鋭さにしてみた。


 ターバもそれに気づいた。

 だから、足を止めて防いでいる。だが、全弾防ぐことはできていない。

 1割2割は通っている。


 その隙に『晶鎖』をこっそりとターバの左右の地面に2本ずつスタンバイしておく。

 気づかれたら終わりだ。


 『晶弾』を止め、2本の『晶鎖』で腕を1本ずつ固定する。


「な!? くそっ」


 足元に落ちた、ターバが砕いた水晶の欠片を操って生成時間を短縮した。

 プログラミングができなかったせいで、余計魔力を消費してしまったが、まだ余裕がある。


 ジャラジャラと『晶鎖』が音を立てるが、拘束は解けない。


「これで、攻撃はできまい。ふっふっふ……。あとは嬲り倒すだけだなぁ」

「ふんっ! ――ッ!!」


 ターバか鎖を引き千切った。

 な、なんだとぉ!? ……なんてな。


 オレが簡単に破壊できるようなものを生成するとでも?


 あえて、だ。剣を隙間に刺してしまえば梃子てこの原理で『晶鎖』は破壊できる。

 それに、あまり固くつくらなかったしな。


 つまり、そのタイミングで跳び膝蹴りを食らわせればいい。

 そして、棍を足と足の間に通し、回して転ばせる。梃子の原理、本日2回目だ。


「ぉわっ!」


 そのまま棍をターバの首元に押し付け、『晶弾』を10発、すぐに発射できるようにセットする。

 『晶弓しょうきゅう』をターバに当たらないよう地面に突き立てる。

 身動き? 不可。


「さて、どうする、ターバ?」


 これは降参しかないだろ。


「ふっふっふ……」


 ――ヒュヒュッ


 だ~か~ら~~。オレが、気づかないとでも思ったか。


 音の正体……ターバが投げたのは2本の剣だ。棍で薙いで遠くへ飛ばす。


 ここで、空になった腕を、待機させておいた『晶鎖』で地面に固定する。

 あれだ。ホラー映画でゾンビをベッドに固定するのに使う黒いベルト。

 あれと同じことをやってる。


「さて、終わりかな?」 

「ああ、使えるのは足だけ。だが、少しでも怪しい動きをしようものなら『晶弾』の雨が降り注ぎ、首には棍が突き刺さる、か。うん、俺の負けだ」

『ここでターバ・カイシが降参! たしかにこれはどうしようもない! よって、勝者は1組、ライン・ルルクス!!』


 ちゃんと「どうしようもない」って言ったか。

 八百長でないことの、客観的な判断か?

 いいことだ。八百長試合が過去にあったのかな?


 にしても、さすがに疲れた……。

 オレもターバも息が絶え絶えだ。

 傷も所々にあるし。選手控えテントがあったので、そこに行った。


「回復しましょうか? 救護係、3年の回復術師です」

「ええ、お願いします……」

「俺も、お願いします」

「この程度なら体力を消費することもなさそう……さて、では──『回復ヒール』」


 何か呟いていたが、身体強化と一緒に魔力探知、聴覚強化も切ってしまったからわからなかった。

 でも、何も問題はなかったんだろう。


 瞬く間に傷が癒えていく。

 打撲も癒してくれるってんだからいいもんだ。

 疲労は治しちゃくれない。傷から来る疲労は消えるらしいけど。


 さて、休もう。

 だが、邪魔された。


「すまない、ライン……だったか。今、少し話せるか? 副騎士団長様がお呼びだ」

「……はい、わかりました」


 先生を遣わすって、どんだけ副騎士団長様は偉いんだよ。

 まあ、貴族位を持ってるんだから、当たり前か。 


「疲れているところ、呼び出してすまないね」


 女だったのか……。男かと思った。ってか、兜で顔がよく見えなかったんだよ。


「いえ、お気になさらず」

「とりあえず、ここは公の場ではない。さぁ、席にかけてくれ。対等に話をしよう」


 ふむ……。

 ここで席にかけるべきか否か。一度は断って、二度目で従おう。


「いえ、このままで結構です」

「それじゃ、ターバと言ったか? 呼んで来てくれないか?」

「かしこまりました。すぐに戻ります」


 一礼して、選手テントに戻る。


「ターバ、来てくれ」

「え、なんで」

「副騎士団長様が呼んでんだ。相手は貴族様だぞ」


 貴族であることを告げるとついてきた。

 貴族ってすごいんだな。爵位は世襲の場合もあれば、一代限りの場合もあるんだったか。




「副騎士団長様、ただいま戻りました」

「疲れているのにすまない。さて、では話に入ろう。そんなに難しいことじゃない。これらの模擬戦が終わったら、私と勝負してくれないか?」

「2対1で、ですか?」


 2対1でも勝てるかわからないぞ。


「まず、言っておこう。ラインと私が1対1で戦うなら、互いに身体強化、覚醒はなしとしよう。そして、ライン、ターバ対私の2対1なら、身体強化、覚醒はありとしよう」

「では、俺はお断りさせてもらいます。2対1とはいえ、相手が覚醒者で、しかも近衛騎士の副騎士団長となると……。それに、どんな試合になるのか見たいですしね」

「なるほど。ではライン、よろしく頼むよ。それと、勝てると思わないほうがいい。鍛えてきた期間も、潜ってきた場数でも大きな……到底、覆せない差がある」

「承知しております。少しでも良い試合にできたらな、と思っているでだけです」


 経験値量が圧倒的に違う。

 これは本当にどうしようもないし、致命的だ。つまり、


 ――勝てない。


 だが、ただではやられない。

 骨の1本は折ってやりたいな。『晶装しょうそう』で手甲ガントレットを作れば、ワンチャンいける。


 ターバのときにそうしなかった理由?

 まず1つ。友達にそんなことするのに抵抗があったから。

 この世界の住人はそんなことは考えない──回復魔法のせい──らしいが、オレは前世の感覚があるからな。 

 2つ。オレの武器が、棍という中距離武器だったから。近距離で棍は振りにくい。


 水晶をフル活用していこう。

 オレの魔力量は既に、冒険者の平均以上あるらしいからな。


「さあ、話は終わりだ。ライン・ルルクス……どこかで……。あ!」

「どうしました?」

「アーグ・リリス。この名前に聞き覚えは?」

「えーと、確か最強の魔術師──【魔導師】でしたか。面識はありませんが」


 最強の魔術師。冒険者だったか。

 数々の場数を踏み、才能が開花した人だったか? 大器晩成だったんだろうな。


「いや、君は面識があるはずだ。面接試験でな」

「鼻まで髪が伸びた優男風の男……ですか?」

「そうだ。あいつは試験官を担当するが、ほとんど受験生を相手することはない。少し前、会ってな。君の名前を嬉しげに話していたよ」


 あれが、ねぇ。確かに、強者の圧はあったけど。


「あいつは覚醒していたか?」

「はい。鼻から顎にかけて線がありましたし、圧も感じました」

「そうか。ならいい。彼の目に狂いはないのだろう」

「それはどういう……?」

「さ、話は終わりだ。また後でな、ライン。ターバも、また会おう……いや、会うことになるだろう」


 会おう、ではなく、会うことになる?

 つまり、ターバが覚醒すると確信しているということ……か? ターバも同じ結論に至ったようだ。


「「では、失礼します」」


 







 


 



 

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