第6話 カムライール様について ハーマウェイ視点
私はハーマウェイ・マルムスティン伯爵夫人と申します。王太子殿下の侍女長を勤めさせて頂いております。年齢は35歳。
伯爵夫人であった母親が殿下の乳母でしたから、私は殿下の乳姉弟ということになります。その関係から私は殿下付きの侍女となり、結婚して一時期お側を離れていた事もあったものの、殿下が立太子されてお屋敷を構える事になった時に呼び戻され、お屋敷で侍女長になったのでございます。
殿下は幼少の頃より勤勉で優秀で、容姿も端麗でいらっしゃいました。成長して文武両道の素晴らしい貴公子にご成長なさった時には、これで王国も安泰。素晴らしい名君になられるだろうと誰もが期待したものでございます。
しかしあまりにも素晴らしい若者にお育ちになってしまったのが問題の原因になるのですから世の中理不尽に出来ているものでございます。年頃になった殿下には縁談が殺到。ご令嬢が常に群がり、収集のつかない事態と相成りました。
王太子殿下は当初は困惑を笑顔で隠して辛抱強く令嬢方に接しておられましたが、令嬢方の行動がエスカレートすると共に困惑をお怒りに変えているようでした。殿下はあまり主張の強い人物は男女問わずあまりお好きではありません。しかしながら求婚者たちは自己主張の塊のような者たちばかりで、とても殿下のお気に召すような者たちではありませんでした。
しかしながら殿下は王様の一人子でしたから結婚して子供を作るのは義務でした。殿下は誰も気に入らないなら、と一人の伯爵令嬢を選びお付き合いを始めました。ちなみに、その令嬢は私の長姉の娘で私の姪です。乳母である母の孫という事で、殿下と幼少の頃から遊んでいて気心が知れていたというのが選択理由だったようですね。
ところがこの姪が殿下と寝た事を公言し、社交界で触れ回ったのです。いや、姪の気持ちも分からないではありません。なにしろ殿下の恋人の座は物凄い争いでしたから、勝利宣言がしたかったのでしょう。その事で競争相手を追い払おうとしたのかも知れませんね。
しかしそういう行為は殿下が一番お気に召さない行為です。殿下はお怒りになり、即座に姪に絶縁を言い渡しました。その親である私の姉夫婦にもかなり強い調子で怒ったようで、あわれ姪は王都から追われ、地方の領地で結婚させられました。
影響はそれだけでは済みませんでした。姪と別れた殿下は何を思ったか、自分に言い寄る令嬢と片っ端から寝始めたのです。それはもう豹変と言っても過言ではありません。一番多い時には毎日毎晩令嬢を部屋に連れ込み、あるいは令嬢の部屋に出向いて一晩だけ彼女らを抱いたのです。私はあまりの事に驚き、もちろんお諌めいたしましたが、殿下は聞き入れて下さいません。
「子供を残さなければならないなら、いろんな女と寝るのが一番ではないか」
などと嘯く始末です。当初求婚者の令嬢たちは想いが叶ったと喜んでいたものの、同じように手をつけられた令嬢が何人もいる事に気が付いて愕然とします。しかも殿下は令嬢を1度抱いたら見向きもしません。これは「抱いてみたが気に入らなかった」という意味になりますから令嬢たちにとって最大級の侮辱になります。侮辱されてもそれでも男にすがる事は恥ずかしいことですし、貴族令嬢のプライドが許さないでしょう。彼女たちは殿下に付きまとえなくなりました。
もちろん、処女を奪われ傷物にされた挙げ句に侮辱された令嬢とその親はたまったものではありません。殿下本人は勿論、国王様や王妃様に抗議しますが、令嬢が殿下を誘ったのは事実ですし、殿下が女性を振るのも自由ですし、恋愛に振った振られたは付き物です。殿下にだけ責任を問うのは公平ではありませんし無理があります。しかも被害者が多すぎるため、殿下に責任をとって結婚しろとも言えない状態です。
結局令嬢たちは泣き寝入りするしかありません。これが殿下の自分を争奪戦の賞品扱いした令嬢への意趣返しなのだとすれば完璧ですね。殿下の評判の暴落を気にしなければ。
殿下の評判はそれはもう酷いことになりましたよ。当たり前ですが。数十人の令嬢をヤり捨てたエイマー王国の処女喰い王子の悪名は東西に鳴り響き、隣国からは縁談を断られ、国内では貴族令嬢から一般市民の女性に至るまで殿下を「女の敵」と呼びました。若い独身女性は誰一人殿下に近付かなくなりました。もはや結婚がどうとかいうレベルの話ではありません。殿下の王太子としての適性まで云々される大問題に発展し国王様や王妃様は対応に苦慮されておりました。噂には尾ひれが付き物ですから殿下は毎夜王都を処女を求めてさ迷っている事になっていますし、毎晩女性を部屋に連れ込んでいる事になっておりました。
私も王妃様も酷い噂に嘆き悲しみましたが、殿下ご自身は「清々した」と言ってはばかりません。本当に女性が嫌いになってしまわれたらしく、侍女がする着替えのお手伝いまで拒む有り様です。これはもうこのままでは殿下は結婚どころか恋愛すら出来ないでしょう。殿下にお子が出来なければ王家は断絶の危機です。しかし問題が問題だけに殿下に無理強いも出来ませんし、こうまで悪評が広まってはそもそもお妃のなり手がいらっしゃらないでしょう。めぼしい令嬢は殿下に「侮辱」されてしまいましたし。
いったいどうしたものかと悩んでいた頃の事でした。カムライール様が現れたのは。
カムライールは私の夫の親戚から紹介されてお屋敷にやって来ました。その親戚の親戚なのですが現在は平民身分なのだという事でした。なんでも親が商売に失敗してしまい職を探しているらしいのです。聞けば近い代に王族の降嫁があったような家柄で、現在は平民とは言え最近まで裕福な商人の娘だったために教養も作法も身に付いているということでした。
面接した感じ朗らかでよく働きそうな女性でした。血筋的にこれなら下級侍女として雇い、育てた後に上級侍女に格上げしても良いかも知れないと思いました。というのは現在の上級侍女は全員、殿下への嫁入り狙いで送り込まれた高位貴族の令嬢たちで、侍女を続ける気がある者がいなかったからです。殿下に全員が殿下を誘惑した挙げ句に喰われてしまっておりますし、いつ辞めてもおかしくないのです。ついでに言えば上級侍女が埋まっている頃に殿下狙いで送り込まれた令嬢の中には下級侍女で良いからと押し付けられた者もいまして、そのような者達は兎に角侍女仕事を馬鹿にし仕事をしないのです。
そしてカムライールは血筋も悪くありませんし、万が一殿下に気に入られお手つきになっても問題無いでしょう。まず無いでしょうが。殿下のお側に侍る上級侍女を雇う時にはそこまで考える必要があります。これはけして殿下が女たらしだからという訳では無く、一般的な配慮です。
雇い入れたカムライールは狙い通り良く働きました。真面目で責任感が強く、しかもいつも楽しそうに仕事をします。お陰で年配の下級侍女には気に入られ可愛がられています。彼女は背が小さく童顔で17歳なのに下手すると10歳くらいに見えますから、子供か妹扱いされていると言う方が正しいでしょうか。彼女が元気に働いているのを見るだけで誰もが頬を緩ませる感じです。
これなら上級侍女に格上げし、一通り仕事を覚えさせれば長く殿下の侍女として働かせられるでしょう。そうなったら私の後に侍女長をさせる事も考えましょうか。その際は爵位を与える事をお願いしなければなりませんが、まだ先の話ですし、血筋からすると問題無く頂ける筈です。
などと思っていたのですが・・・。
ある日、殿下は寝坊をいたしました。起こしに行った侍女にもう少し寝たいと言ったそうです。殿下はこの所不眠症気味でした。何時も忙しいのですから、たまには寝坊しても責められないでしょう。私は殿下の気の済むまで眠って頂く事にし、下級侍女のチーフに殿下のお部屋の掃除はしなくて良いと伝えました。
ところがどうやら連絡が上手く行かなかったようです。お昼頃起きて来た殿下は苦笑しながら「小さい侍女が掃除に来て起きてしまった」と言いました。小さい侍女と言えばカムライールでしょう。何で殿下がいる事に気が付かないのでしょうか。私は下級侍女のチーフとカムライールを呼んで不注意を叱りました。カムライールは神妙な顔で「申し訳ありませんでした」と謝ります。下級侍女のチーフ曰わく、カムライールはちゃんと殿下の部屋を掃除に行くと言ったのに彼女が聞き損ねたという事でした。ですが、カムライールが不注意だったのも事実です。
その次の日の晩餐の席で、殿下がふとしたように私に問いました。
「そういえば、この間私がいるのに気が付かずに掃除していた侍女の事は叱ったのか?」
私は叱っておきましたと答えました。すると殿下は苦笑して、それから最近には見ないような楽しそうなお顔で言います。
「あの程度の事で叱らずとも良いのに。なかなか面白かったぞ。こう、鼠のようにちょろちょろと走り回って掃除をするのだ。可愛らしくて面白くて、つい出そびれた。彼女は悪くないのだ」
私は少し驚きました。殿下は女性には厳しく、侍女にも厳しい方です。意に添わぬ侍女を叱責する事も良くあります。その殿下がうたた寝を起こされたのに機嫌が良いようなのです。
私はもしかして、と思いました。
「御気に入られたのですか?」
私の言葉に殿下は意外な事を言われた、という顔をします。そんな事は思ってもみなかったという表情です。しかし、殿下はしばらく考え込みながらも、頷きました。
「そうだな」
私は内心、これは、と感じました。幼い頃から王子として厳しく教育されている殿下はあまり自分のご希望をはっきりとはおっしゃいません。その殿下がはっきりと気に入ったとお認めになったのです。しかも女性の事です。
「では手配しておきます」
私はあえて何を手配するのかはぼかしました。殿下は不思議そうな顔をして頷きます。
私は翌日、カムライールを呼びました。カムライールは何事か?という顔をしています。彼女の無邪気な顔を見ていると罪悪感が湧いて来ます。私は彼女を騙すつもりなのですから。
「今晩、王太子様があなたをお召しです。お部屋に伺うように」
カムライールは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしました。無理もありません。
「今晩、王太子様のお部屋に行きなさい。何をお求めなのかは流石に言わなくても分かりますね?」
私の言葉に流石にカムライールは顔を青ざめさせました。
「何かの間違いでは無いですか?私は下級侍女ですよ?」
アワアワと慌てるカムライールに私は言いました。
「この間あなたをご覧になって、お気に召したという事です。光栄に思いなさい」
私の言葉にカムライールは顔を真っ赤にしてもじもじしています。ふむ。その態度を見る限り完全に嫌がっているわけでは無さそうです。
カムライールには申し訳無いとは思います。しかしあの殿下が女性を「気に入った」などというのは前代未聞なのです。殿下の歪んでしまった女性感を治すには義務的やヤケクソでは無く、気に入られた女性と付き合うのがやはり一番だと思われます。微かにでも気に入られたカムライールとお話し、肌を合わせられる事で、殿下に僅かでも変化して欲しいというのが私の狙いなのです。カムライールはその為の犠牲になって貰います。
殿下もカムライールを部屋で待たせている、と突然言われて驚いたようです。しかし怒るでも無く、言下に必要無いとも仰せになりませんでした。お部屋に戻られ、カムライールを見ると途方に暮れたようなお顔をなさいました。自分がお求めになった訳でも無く押し掛けられたわけでもない女性をどうして良いのか分からないのでしょう。
カムライールの方は緊張して震えていました。しかし殿下に促され、食卓に座り、食事を始めると表情が和らぎました。丁寧な所作でモリモリと食べ始めます。これには殿下も私も驚きました。殿下も表情が和らぎ、カムライールの生い立ちや日々の生活について和やかに会話をなさっています。これまで殿下と食事を共にした女性は一人残らず自分のアピールに終始しましたから殿下には新鮮だったようで、どんどん態度が柔らかく自然になって行きます。良い傾向です。
そしてつつがなくお二人は閨に入られました。カムライールも特に嫌がる様子も無く、殿下も何もおっしゃいませんでした。令嬢によってはここで一騒動起こる事が多かったので一安心です。不寝番の侍女の報告では普通に一回だけなさったという事でした。特に問題は無かったようです。
翌朝、私が出勤すると、侍女から「殿下が起きて来られない」という報告がありました。どうやら寝坊しているようです。様子を伺いますとカムライールと共に完全に熟睡しているようです。不眠症の殿下にしては珍しい事だと言えます。まして女性と同衾した時には早朝にさっさと起きて女性を部屋から叩き出すのが常でしたから。私はそのまま寝かせておくようにと指示しました。
殿下が起きたのは昼前で、大変スッキリしたお顔で出勤して行かれました。カムライールは対照的に疲れた顔をしていましたが、特に精神的なショックを受けたとか体調不良を感じさせる様子もありませんでした。一安心です。殿下が女性と過ごしてあれほどリラックスしているところは初めて見ました。これで殿下の女性への嫌悪感が少しは無くなれば良いのですが。
殿下とカムライールはその後、接触は有りませんでしたが、殿下は自分ではお気づきで無いでしょうが、カムライールを目にすると少し顔をほころばせていました。カムライールも殿下を見掛けると嬉しそうに笑っていました。いい雰囲気ですが、殿下は別にカムライールの事を口にするでも無く、カムライールも毎日楽しそうに働いていました。・・・カムライールを上級侍女にしてお側に寄せれば少し関係性が変わって来るでしょうか?
ところが、三か月後の事です。殿下はこのところ物凄く忙しくなったようで、お帰りも遅いのですが、どうも不眠が酷くなったようでほとんど眠れないようです。毎日辛そうな顔で出勤して行かれます。その日も遅くにお帰りになり、食欲も無さそうにもそもそと晩餐を食べておられました。
そして食べ終えると、お茶を飲みながら思いもよらぬことをおっしゃったのです。
「カムライールをまた呼んでくれないか」
私も侍女たちもこれ以上無いくらいに驚きました。驚天動地です。あり得ないことが起きたのです。殿下はこれまで頑なに同じ女性と二度寝る事はありませんでした。確かにカムライールとの夜はいつもと違いましたし、そもそもカムライールを送り込んだのは殿下の女性感に変化を持たせたかったからですが・・・。
殿下曰く、このと所寝不足が酷過ぎる。ここ最近でカムライールと眠った時だけはよく眠れたので、寝不足をどうにかするために試しに彼女と寝てみたい。特に他意は無いとのこと。要するにカムライールを抱き枕にしたいとの仰せです。それでも殿下自身に自覚は無いようですが、女性に対して「また会いたい」と意思表示をされる事自体が前代未聞なのです。
良い傾向です。私は了解の返事をしようと仕掛けて、気が付きました。不穏な空気を。殿下の後ろに並んでいる三人の上級侍女達が今にも殿下に襲い掛からんばかりの顔をしています。美貌が台無しです。私は気が付きました。この娘達も殿下のお手付きです。そして一回やれば良いだろうとばかりにその後は放置されている娘達です。その娘たちにとってたった今、ただ一人二度目のお召しを受けたカムライールは羨望と嫉妬の対象になるでしょう。いや、そんな可愛らしい物ではありませんか。この顔を見れば殺意さえ覚えているのが分かります。
カムライールは血筋は良くても身分は平民です。そんな彼女だけが二度目のお召しを受けても彼女に王太子妃の目はありませんし、そのままでは以降にもお召しがあるかも分かりません。単に特別扱いを受けた平民の下級侍女という立場になってしまいます。そうなればカムライールは他の手を付けられた女性たちの憎悪を一身に浴びて何の保護も無い状態になってしまいます。お屋敷の中だけでも上級侍女からの迫害を避ける事は出来ないでしょう。
有望な侍女であるカムライールを潰されるのは困ります。それを防ぐには彼女に後ろ盾が必要です。彼女に公的な身分があれば私も庇えますし、お屋敷の主人である殿下の威光で守る事が出来るでしょう。私は殿下に言いました。
「では、カムライールを愛人になさいませ」
殿下が目を丸くなさいます。私は殿下にカムライールを私的な、この屋敷の中でだけの愛人にするように勧めました。
「カムライールを正式に愛人としてしまえば、彼女はこのお屋敷で王太子様に次ぐ最上位になります。そうすれば彼女が上級侍女に虐げられるような事は無くなるでしょう」
殿下は私の正気を疑うようなお顔をなさいました。私は殿下に王族にとっての公的な愛人と私的な愛人の使い分けをお伝えして、その上でカムライールを私的な愛人にするように勧めます。
「外部には秘密でという事です。そして、飽きたら侍女に戻すなり、暇をやるなりなさいませ。もしも気に入ったのであれば、そのまま正式に爵位を与えてご愛人様にすればよろしい」
殿下は戸惑い、迷っています。まだカムライールにそこまでの情はお持ちでないのでしょう。私はあえて殿下が受け入れやすいように軽く真実をぼかしました。
「難しく考える事はございません。試しにやってみれば良いのです。ダメならすぐに戻せます。その際には彼女は上級侍女に戻しますから、元愛人の上級侍女として上位になりますから、いじめられる事は無いでしょう」
外部に住処を与えて隠すのなら兎も角、お屋敷に囲うのですから高位貴族の令嬢である上級侍女から社交界に情報はバレバレになります。秘密に出来よう筈もありません。自分のお屋敷で囲ったような愛人はほぼ妻と言っても過言ではありませんから、関係を終わらせるのは離婚レベルの大醜聞で、殿下の女癖どころの騒ぎではありません。そう簡単に終わらせる事は出来ないのです。
まぁ、例え寵が薄れても愛人と認定したままで置けば良いのです。王族や貴族にはそのような「終わった」愛人が結構いて捨扶持を貰っています。カムライールが直ぐに殿下に飽きられても彼女の生活は安泰です。なんならそのまま本当に愛人のまま上級侍女に戻しても良いのです。そういう例も実はたくさんあります。
ですが殿下は気が付かなかったようで、う~んと考え込まれた挙句、言いました。
「分かった。カムライールを愛人にしよう」
なんと!私は提案しておいて何ですが、殿下が受け入れるとは本気で思っていなかったようです。心底驚きました。で、殿下が、あの女性嫌いの殿下が自分に特別な女性を作る事を受け入れましたよ!これは大進歩です。
私は殿下に準備の時間を頂き、早速カムライールをご愛人様にする準備に取り掛かりました。
まず、上級侍女たちに徹底的に「カムライール様はご愛人様に決まりました。ご愛人様は爵位を得れば王太子様の事実上の妻になります。そうなればあなた達の実家よりも身分が上になります。そこまで行かない私的なご愛人様でもこのお屋敷では王太子様の次の序列であなたたちより身分が上になります。無礼な事をするとあなた達のご両親にまで及ぶ責任問題になりますから、そのつもりでご無礼の無いように接しなさい」と言い含めます。
上級侍女たちはとりあえず頷きました。後は事ある毎に繰り返し言い聞かせるしかありません。
お部屋は、本来お妃さまが使うべきお部屋を用意しました。お妃様が来る予定は当分ありませんし、この部屋を使ってカムライール様を本当に厚遇している事を見せる事で上級侍女を牽制してカムライールを守るためでもあります。
カムライールのための日用品も揃えます。侍女になる時に採寸してサイズは分かっていましたから、取り急ぎ既製服を数着と下着、化粧品など。ドレスの類は実際に部屋に入られてから作らせましょう。
そして私はカムライールを呼びました。カムライールの呑気な楽しそうな顔を見ると罪悪感が湧いてきます。ですがここは殿下のために犠牲になってもらいましょう。
殿下がお召しだと言うと、カムライールは目を点にしました。
「・・・何かの間違いでは?私、二回目ですよ」
「そうです。大変珍しい事です。光栄に思いなさい」
カムライールは頭を抱えてしまいました。しかし、表情は照れているだけで拒絶の意思は無いようです。まぁ、断らせませんが。この娘は殿下の女性観を正常に戻すためにどうしても協力してもらわなければなりません。
「今回はあなたにも拒否権があります。王太子様の愛人になるのが嫌なら、今回のお召しは断りなさい」
私はカムライールに愛人について何も説明いたしませんでした。世間では愛人は単なる金持ちの好きモノが金にあかせて女を囲うものだと思われています。カムライールもそう受け取るでしょう。実際、カムライールはさして悩んだ様子も無く受け入れました。
「分かりました。大丈夫です。お召しを受けますわ」
・・・いえ、どうやら、自分が愛人にされる事に気が付いていない感じです。二度目のお召しの事しか頭に無いのでしょう。もう一度自分が愛人にされても良いのか?と聞くべきでしょうか?・・・いや、断られたら困ります。私は「了承を得た」という事にします。それに、恐らくカムライールは愛人にされると言われても断らないでしょう。私は決断しました。
「では直ぐにお部屋に入ってください。ご案内させます」
カムライールは、いえ、この瞬間から彼女は私より上の御立場です。カムライール様は、物凄く戸惑ったようなお顔でお部屋に案内されて行きました。
騙された形でご愛人様にさせられたカムライール様ですが、彼女は直ぐに自分の御立場を受け入れて馴染んだようでした。殿下も「カムライールと眠ると本当に良く眠れるのだ」と大満足です。殿下は抱き枕としてカムライール様を扱っているつもりなのでしょうが、お二人の時のリラックスした態度を見れば単なる抱き枕で無い事は一目瞭然でした。
ただ、殿下はまだ遠慮があるのか週に一度程度しかカムライール様の所にお通いになりません。不眠が酷くなると通われます。あまり通って来られないおかげでカムライール様は「直ぐにクビになる」と思っているらしいと専属侍女に付けたコルメリアが言っておりました。そのコルメリアと気安い関係になったらしく、二人でお茶を飲んだり作法の練習をしたりして楽しく過ごされているようです。本来は侍女と同席してお茶を飲むなどあまり褒められた事ではございませんが、平民のカムライール様がいじめられるよりは余程良いです。
カムライール様はいつもニコニコしていますし、童顔でお可愛らしいので、ピンク色のドレスでも着て子供のように見せると、周囲の者はなんだか力が抜けてしまうのです。最初は敵意をむき出しにしていた上級侍女も、カムライール様が非常に腰の低い態度でニコニコ笑っているのを見て力が抜けてしまったようで、直ぐにカムライール様を可愛がるようになりました。
ただ、全く威厳が無いのも問題ではあります。特にカムライール様は商家の生まれだからか贅沢を全く好まれません。ドレスや宝石にもまるで興味が無いようで、ドレスの注文をした際に安い上にシンプルなものばかり選ばれました。カムライール様は将来的には殿下のお供をして社交界に出る可能性があります。その時に着るドレスが無いようだと困りますから、私は仕方なく私の見立てでドレスや宝飾品を注文したのですが、カムライール様は贅沢だと不満顔で、届いたドレスを見もしません。
カムライール様は下級侍女として働いていたくらいですからお屋敷に詳しく。お屋敷の中をちょろちょろと歩き回り、下級侍女や下働きとも気さくに話をしています。それでいてお嬢様然としてお茶や食事も出来るのですから変な方です。一カ月もすればお屋敷はすっかりカムライール様がご愛人様である事に慣れてしまいました。
一番慣れていないのが殿下という有様です。その殿下ですが仕事が忙しく帰りも遅く、疲れ果てていました。ある殿下がお通いになった次の日、カムライール様が珍しく私の所に来ました。いや、本来は来るのではなく私を呼びつけるべきなのですが。
カムライール様は私に紙を一枚差し出しました。
「これを取り寄せてもらってよろしいでしょうか」
丁重過ぎる言葉遣いですが、私はそれよりも紙に書かれている事に気を取られました。
「なんでしょう、これは?」
「異国から輸入される、疲れが取れるというお香と香油、それとお茶です。殿下があまりにお疲れですから何か出来る事は無いかと思って」
カムライール様が恥ずかしそうにおっしゃいます。私は不覚にも感動しました。正直に言いますと、私を含む使用人は殿下に快適に過ごして頂くことは考えられても、殿下がお求めで無い事を先回りしてやるという発想はあまりありません。カムライール様が殿下の事を本当に気遣っておられる事が分かって私は胸が熱くなりました。
殿下はカムライール様とのご関係を深める事に躊躇がおありのようでしたが、それでも次第にお通いの頻度が増えて行きました。カムライール様にお会いしてお話をして同衾なさるのが楽しみな事が態度からも伺えるようになってきました。素晴らしい事です。
しかしながら新たな問題も出てきました。殿下とカムライール様との房事がだんだん激しくなってきたらしいのです。最初は短く一回だけだったものが、段々と数度に渡るようになり、しかも殿下はカムライール様を責め立てて彼女が何度も嬌声を上げて達してしまうまで離さないとの事。最初は上級侍女を不寝番に付けていたのですが、あまりに激しい房事の声に彼女たちが耐えられなくなったので、年嵩の下級侍女を付けるようにしました。房事の事を記録するのは万が一お二人に御子が出来た時のために必要なのです。
最終的にはカムライール様が耐えられなくなったらしく、私にそれとなく訴えてきました。二日に一度であれは厳しいでしょう。殿下は騎士としての訓練もたまに行っていますから、非常に体力がおありです。小さいカムライール様には付き合い切れないでしょう。私がその事を殿下に伝えると、殿下はかなりがっかりしたように言いました。
「分かった。通うのを3日に一度にしよう」
私は思わず苦笑しました。
「別に通うペースは落とさなくても、房事のペースだけ落とせば良いのではありませんか?」
殿下は思いもよらぬことを言われた、というお顔をなさいました。
「そんな事をして良いのか?」
「世の中の夫婦は毎夜房事に励んでいるわけではございませんよ。普通に横に寝るだけならカムライール様の負担にはなりますまい」
「愛人は妻とは違うのだろう?」
「同じでございますよ。特に今はカムライール様しかご愛人様がいらっしゃらないですし、お妃さまもいらっしゃらないのです。このお屋敷の事実上の奥様はカムライール様ですから」
殿下の表情が輝きました。どうやらカムライール様は愛人という事でどれほど距離を詰めて良いのかと想像以上に戸惑っておられたようです。妻だと考えて良いと理解した途端、殿下のカムライール様への態度は一気に軟化しました。毎日カムライール様のお部屋に帰ると言い出して、日用品を移させたほどです。
殿下はもうカムライール様にデレデレになってしまい、人前で彼女に口付けすることすら憚らなくなりました。カムライール様を「イール」と呼び、普通の夫婦以上に仲睦まじく過ごされています。その豹変ぶりにびっくりです。殿下が女性を愛するようになるなど少し前にはあり得ない事だと思われていましたから。
これは、このままカムライール様を本当の爵位を頂くご愛人様にする事を考えても良さそうです。今のように殿下の評判が悪く、女性が近づかない状態なら平民身分のカムライール様に爵位を与えて事実上の妻に一人にするのに大きな反対は無いでしょう。私は殿下に提案することを決めました。
・・・しかし、まさか殿下が「カムライールを正式に妃にしたい」と言い出すとまでは思っていませんでした。しかし、確かに殿下にはカムライール様が必要でしょう。私は平民を王太子妃にするという前代未聞の計画に全力で挑戦することを誓ったのでした。
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