ゾディアーナ・ロギア

如月アクエ

プロローグ 予言

「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」

 フランスの占星術師、ミシェル・ノストラダムスが残した『予言集』の一節。

 オカルトの一つとして、誰も本気で信じていなかった予言であった。

 少なくとも、1999年の6月までは。

 以前にノストラダムスの予言に関して考察された著作や誇張された文言、そして、世界を取り巻く不安定な社会情勢はあった。

 だが、まさか本当に恐怖の大王がやって来て、それまで噂されていた人間が滅亡することなど、誰も信じなかった。

 朝が来れば、いつもの日常が始まると。

 

 異変は急激には訪れない。

 唐突に訪れた『それ』は、最初に宇宙――人工衛星や宇宙ステーションを支配した。

 人類がそれを察知した時には、すでに地球の空、電波を完全に掌握された。

 そして、『それ』は海を制覇し、空と海での人類の分断を行った。

 その間に、人類は『それ』との対話を試みた。

 未知との遭遇。人類初となる異種族との交流になる。

 が、『それ』は人類からの歩み寄りには何の反応もしなかった。

 ただ、宇宙と空、海を支配し、沈黙を守っていた。

 人類も最初は頻繁に意思疎通を図ろうとしていたが、次第にその回数は減り、交流しようとすることが稀になった。

 ただ、世界の政府と国民は、次第に事の重大さに気づき始めていた。

 『それ』は空と海は支配している。

 『それ』等は空を飛ぶ飛行機を、海を往来する船を容赦なく破壊した。

 軍艦だろうと民間人の機体だろうと、政府の要人、権力者が乗る物であっても。

 軍艦や民間の物は多少の誤魔化しと無関心で切り抜けることが出来たが、さすがに身内である支配階級まで危害が及ぶと他人事ではなくなった。

 さらに追い打ちをかけるように、今まで輸出入などで賄ってきた必要物資やエネルギーが不足するようになる。

 人類は『それ』に対する交戦――排除を決めた。

 そのときに『それ』を『地球外生命体エイリアン』 と呼称し、各国が軍事力を行使した。

 空軍と海軍を使い、エイリアンの徹底的殲滅作戦を決行した。

 だが、攻撃を受けたエイリアンは、姿を変えた。

 ロボット――翼を生やした天使か悪魔のような巨大な人型の兵器に変化し、人類へ反撃した。

 結果は、人類側の戦力を大きく失って終わった。

 圧倒的な破壊力を持った光と、ミサイルや弾丸で傷つかない装甲を持った人型兵器は、いとも簡単に人類の兵器たちを粉砕する。

 度重なる戦闘によって、ただただ物資と兵力を失うだけの人類は、禁断の手への選択を迫られた。

 核兵器の使用。

 人類に残された最終兵器を使うか否か。

 大事な軍事力と経済力を失った列強諸国は積極的に核の使用を訴えた。逆に核を持たない国はおかしな刺激を与えたくないことを理由に消極的か沈黙の態度を示した。

 国連の決議で珍しく常任理事国が同じ意見で一致した。

 かくして、第二次世界大戦以降、初めて戦闘行為での核兵器使用が決まった。

 ただ、どこで攻撃をするか。

 それだけはかなりの時間話し合われた。

 使用する国はもちろん、どの地域も自分たちの住む場所に核の影響を受けるのだけは避けたい。

 長々とした議論の末、核攻撃の計画は策定された。

 機動兵器と化したエイリアンを攻撃する場所は、人類に被害が被らない海上の空が選ばれた。

 太平洋、大西洋、南極、北極近くにいるエイリアンの集団に核を発射する。

 全世界で統一された作戦名「アポカリプス」。

 類を見ないほどの早い国家間の連携で、作戦は進んでいった。

 エイリアンが地球にやって来てから数ヶ月。ついに作戦が発動された。

 アメリカやロシア、イギリス、フランス、中国が中心となって、標的となったエイリアンに対して核弾頭が発射される。

 核ミサイルは見事にエイリアンに命中した。

 海と空を焼き尽くすような光と熱が一面を覆いつくした。

 その火柱のような炎と煙で彩られたモニターを、食い入るように人々は見つめていた。

 しばらく続いた核が周囲を焼き尽くす様子を映し出していたモニターが、少し乱れた。衝撃と放射能の影響なのか、不安と期待が入り混じった数分間が流れる。

 そして、新たに映し出された映像を見て、人々は絶望した。

 核攻撃を受けたエイリアンは、何事もなかったようにその場に浮かんでいた。

 エイリアンはゆっくりと動き出すと、一瞬にして各国が使用いていたモニターが全て沈黙した。

 監視用に使われていた偵察機が撃ち落されたのだ。

 人類最後が考えうる最大の攻撃兵器が通用しなかった。

 このことは各国首脳に動揺と混乱を生んだ。それと同時にエイリアンの方も新たな活動と開始した。

 エイリアンは世界にある軍事基地のみを全て襲撃し始めた。

 抵抗することすら空しく、ただ今まで戦場の最前線で繰り広げられていた光景を後方にいた司令部が体験するだけだった。

 ただ、今までと違うことが一つだけあった。

 軍事施設を攻撃していたエイリアンは、そのうち、基地に残っていたあらゆる軍事兵器を身体に取り込み始めた。また、兵器に自分たちの身体の一部を埋め込んだ。エイリアンの肉体を埋め込まれた兵器は、たちまちに侵食され、エイリアンに似た形状をした兵器として、そのままエイリアンとともに彼方へと消えていった。

 人類はエイリアンによって、戦う力をほぼ奪われた。

 それから一週間ほど経ったある日、奪われていた通信から不可思議な音声が流れてきた。

 ある者は地の底から響くような、ある者は機械で加工された電子音のように、また、ある者は天から流れる歌声のような調べだったと、違う印象を与える音声だった。

 それ以来、エイリアンの襲来があるときは、その声が聞こえるようになった。

 その音声が聞こえるようになった時から、エイリアン側から接触があった。一方的な通信の形ではあるが、初の地球外生命体とのコンタクトが取れた。

 まず、エイリアンは自らを『アクエリアン・レギオス』と名乗った。

 それ以降は全世界間の通信が途絶えることになった。

 ただ、今まで通り、世界間を横断しようとする飛行機や艦船を殲滅する行為は続いている。


 それから、三十年の月日が流れた――が、状況は変わっていない。むしろ、悪化していた。

 ただ、悪化している中でも人類はアクエリアン・レギオスへの抵抗を繰り返している。


 2029年――人類は終わりの見えない戦争の最中にいる……。

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