第16話 地下大迷宮 - 第45階層

 一条凪が、地下大迷宮に潜り込んで1ヶ月が経過した。


 階層が深くなっていくのに比例するようにモンスターの強さもダンジョンも難易度が増している。最近では、ボスにはB級モンスターが複数体出てくるし、徘徊しているモンスターもC級ばかりだ。

 低層階に比べると踏破する速度が遅くなっているものの、これまで大きな怪我もなくこれているため、順調と言っていいだろう。


 そもそも40階層もあるダンジョンは通常、5〜8人パーティを10パーティ以上派遣して攻略するようなもの。2週間以上潜り込む前提で入念な準備をして挑むものなのだが。

 それを丸腰の一ツ星ハンターが潜り込み、クラスアップはしたものの、それでも二ツ星ハンターがソロで挑むなんて、普通はありえない。俺の場合、<探知>から進化した<感知>スキルのおかげで、なんとかやっていけている。


 本当にこの地下大迷宮は、一体どれほどの深さがあるのか……。

 考えると精神を持っていかれそうになる。ただただ、いま生き残ることだけを考えてやってきている。


 食料は相変わらず、獣系モンスターの肉ばかり食べている。味を感じることがなくなったので、何を食っても同じなのかもしれないが、人型モンスターを食べるのはまだ気が引ける。

 そういえば、モンスター食ばかり食べていて、ひとつ気づいたことがある。どうやら、モンスター食は、食べる度に魔力の総力が上がっていくようだ。恐らくモンスター自体が魔力を体内に留めているため、それを食すことでモンスターの魔力を身体に取り込んでいるみたいだ。これは嬉しい誤算。

 低層階にいた頃は、スキルの熟練度アップや戦闘による経験値獲得だけによって、ステータスが上昇していると思っていたのだが、二ツ星になりステータスが落ち着いてきたこのタイミングで、はじめてモンスター食の効能を実感することができた。


 このダンジョンにいる限り、俺はまだまだ強くなる。


■■■


 地下大迷宮、第45階層に到着した。

 ダンジョンの形式は変わらずギリシャ神殿を思わせる真っ白な空間。


 第45階層に到着してすぐにフロアボスを感知した。これまでとは比較にならない強大な魔力を感じる。A級モンスターがとうとう現れた。案の定だが、二ツ星ハンターがA級モンスターをソロ討伐するなんて、やっぱり無謀だ。本来であれば、四ツ星、三ツ星を中心とした3パーティほどで挑むようなレベル。それをソロ攻略するなんて、四ツ星の中でも限られた上位ランカーでないと無理だろう。


――スキル発動、<広域感知>


 常時発動型スキル<感知>だけでは、ダンジョンの全体像を把握することは出来ないため、<広域感知>を発動する。

 どうやらフロアボスであるA級モンスターの正体は、ドラゴン。

 そろそろA級モンスターが来るだろうとは思っていたし、手に入れた武器からも薄々と感づいてはいたが……やはりいたか。ドラゴン。


「今回は、マジでヤバいかもしれないな……」


 まだ見ぬ最大の敵を感知したものの、実感がわかない。ただ冷や汗だけが流れ落ちる。


 さすがに無策のまま戦うことは無理なレベルだ。

 ドラゴン戦に向けて、今日一日かけ作戦を練ることにした。


■■■


――翌日。


 ボスの佇む部屋の前に到着した。

 予め入念に作戦を練ってきたが、それでも勝機は薄い。

 旅の大きな荷物はその場に置き、戦闘の準備をする。


 今回のメイン装備である弓を手に持ち、腰に双剣。そして、作戦の要である大きい布袋をリュックに詰める。

 30階層を越えたあたりからモンスターが強くなっていった。これまでのメイン武器、真紅のダガーと薄紫のダガーだけでは不利になる局面が増えてきたのだ。荷物は増えるが、途中でそれを補う武器も幾つか獲得してきていた。


 二ツ星ハンター『探索家』になったものの攻撃スキルは、依然として皆無。

 豊富な武器を揃え、<ナビゲーション>による演算能力を駆使して、戦うのがここ最近の俺の戦闘スタイル。それも板に付いてきた。


 準備はすぐに完了した。今自分に出来る準備は万全。

 かつてない強敵。これまで、一撃でも喰らえば殺られる状況なんて幾らでもあった。それでも今回はこれまでとは桁違いだ。


「ふぅ……海未……必ず、お前の元に帰る」


 地上で待つ生死不明の妹を想い、勇気をひねり出す。

 そして、死地に向かうが如く、意を決して扉を開いた。


 扉を開くとそこにはA級モンスター、ドラゴンが待ち構えていた。


 頭から尻尾まで赤黒い分厚く鋭利な鱗で覆われ、巨大なトカゲを思わせる。鋭い牙に燃え盛る炎のような獰猛な眼は、こちらに敵意を向けている。腕代わりの両翼にも鋭い爪を有しており、コウモリを思わせる。翼を広げると威圧感は倍増。そして、巨大な体躯を支える脚の筋肉は非常に発達しており、脚の鉤爪に捕まれば一巻の終わり。最強の捕食者。


「グオオオォォォオオオオ!!」


 明確な殺意のこもった咆哮に空気が振動する。目の前に立つだけで精一杯の威圧感。

 絶望するには十分すぎる。


「……これは、やっぱヤバいかもしれない」


 一瞬、死を覚悟する。が、これまでの道中と同様、それに抗うしかないと自分に言い聞かせる。


――スキル発動、<集中感知>


 感知する範囲を限定して、より詳細な情報を得る<集中感知>をすぐさま発動。目の前のドラゴンの情報が視界にポップアップされる。


『個体名:ドラゴン』

『種族:ドラゴン』

『属性:火』

『ランク:A』

『弱点:水属性、翼、腹』

『パッシブスキル:状態異常無効、火属性無効』

『スキル:威圧、ファイヤーブレス、暴風、飛行、斬撃、噛みつき』


 ポップアップされる情報のデータソースは、自分の記憶が元になっている。地上にいる時に、戦闘では貢献できない分、日頃から図書館に通って、モンスターや採集物の勉強を怠らなかったのが、ここにきて功を奏す。


「ナビさん、視界を<戦闘>モードに変更」


――設定を更新しました


 戦闘の度に細かい設定を<ナビゲーション>に、指示するのは億劫だったので、特定の設定を一括設定することにした。<戦闘>モードは、戦闘に有益な視界情報に限定した設定で、<行動予測>、<状態異常>、他モンスターの接近に対するアラート、自身の体力や魔力量の表示、敵の予想体力等を設定している。VRMMOのようなゲームをやっている感覚。

 視界に表示される内容は、熟練度に応じてリッチになっている。


 ドラゴンは、腕のような翼を前脚にして、巨大な体躯からは想像が出来ないほどのスピードで突進してくる。この程度のスピードであれば行動予測で容易に対応できそうだ。問題は、サイズ感と攻撃範囲。


 咄嗟にリュックから布袋をひとつ取り出して、突進してくるドラゴン目掛けて投げつける。それと同時に、横へ回避。


 布袋はドラゴンに命中。ドラゴンはそのままの勢いで扉に衝突する。衝突した反動で布袋が裂け、キラキラと光る鉛色の粉が舞い上がる。

 俺はそれを確認するとすぐさま弓から双剣へ武器を持ち替える。


 S級武器テューポーンの短剣。全体を硬い皮膚のような鼠色の皮で覆われ、鍔には真紅の宝石が埋め込まれており、刃は黒い鉱石を切り出したようなダガー。テューポーンは、人間と同じ上半身だがヘソから下は大蛇で、肩からは百の頭の蛇が生えており、翼を有していると言われている。凄まじい風雨をもたらす台風。


 その鼠色のダガーに魔力を込め、ドラゴンの脚目掛けて振り抜く。距離はあるが問題はない。風を纏った真空のソニックブームがドラゴンの足元で炸裂。

土埃と鉛色の粉がドラゴンを包む様に巻き上がる。

 狙いはドラゴンに対する攻撃ではなく、撒き散らした粉にあった。


――条件が整いました


「ヨシッ!!!!」


 すぐさま魔力を込めた真紅のダガーを振り抜き、ファイヤーボールをぶち込む。


 ドゴォォオオオオン!!


 ファイヤーボールは撒き散らした粉塵に引火し、大爆発が起こった。


 粉塵爆発。

 布袋の中身は、ダンジョンで採掘した鉄鉱石を丹精込めて削った鉄粉だった。地上でも炭鉱で巻き上がった金属粉に静電気が引火し、粉塵爆発が起こる事故は少なくない。その原理を利用し、擬似的に大爆発起こしたのだ。


 粉塵爆発を起こす条件は3つ。『20%以上の酸素濃度』『爆発下限濃度以上の粉塵』『最小着火エネルギー以上の着火源』。先2つの条件が揃うのを<ナビゲーション>で測定。条件が揃うように粉塵の濃度と酸素濃度を、鼠色のダガーによる風で調整。条件が揃ったら、着火源である真紅のダガーの火によって粉塵に引火させる。


 全て計算通り。

 事前に<ナビゲーション>で、何度もシミュレーションしてきておいてよかった。


「グオオオォォオオォオォ!」


 しかし、この程度で殺れる程、ドラゴンも軟弱ではない。

 すぐさま翼をはためかせ空中へと逃げる。

 正直なところ、粉塵爆発で翼を使えなく出来たら儲けものだったが、そんなに上手くはいかないことを理解している。


 ドゴン! ドゴン! ドゴン!


 宙に浮かぶドラゴンは、こちらに向けて容赦なく火の玉を吐き出してきた。

 俺は火の玉を俊敏に躱していく。


 この状況を、最も恐れていた。

 双剣が基本スタイルの俺にとって、空を飛ぶ敵は相性が悪い。攻撃が届かないからだ。対抗策として持ってきたのが、今回のメイン装備の弓。


 S級武器リヴァイアサンの弓。全体を目が覚めるような紺碧の魚鱗に覆われいる弓。リヴァイアサンは、海中に棲む巨大な蛇のような見た目で、体は二重の分厚い鱗で覆われており、背には盾のような背びれが隙間なく並び、腹は小剣のような無数の棘に覆われていると言われている。その巨大さゆえ、泳ぐだけで大津波や大渦を生み出す。


 ドラゴンの攻撃の合間に、翼に目掛けて、紺碧の弓に魔力を込めた矢を応射する。30階層を越えてから携帯した武器に関しては、熟練度が低い。しかし、<ナビゲーション>により、弓のエイムは補正されていて、見事にドラゴンの翼に氷の矢が命中。

 ドラゴンはそれを嫌がるように飛び回った。攻撃はしっかりと効いている。


 『粉塵爆発』と『氷の矢』。この2つが今回の作戦の基本軸だ。

 これまでの戦闘で基本軸がドラゴンに対して有効だということは証明されている。後は、時が来るまでの長期戦。いつも通りの長期戦。


「ここからが正念場だ」

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