第17話 ドラゴン
A級モンスター、ドラゴンとの戦闘を開始して小一時間が経過した。
依然として、空を飛び回るドラゴンがファイヤーブレスを打ち込んでくる。ギリシア神殿を思わせるフロアはファイヤーブレスの応酬によって地面の真っ白な床がボコボコとした荒れ地に変わっている。
俺は依然として逃げ回りながら紺碧の弓をドラゴンの翼目掛けて応射していた。
一撃で大ダメージを及ぼすような攻撃スキルがあればと、これまでに何度思ったことか。でもそれは俺にとって儚い夢物語に過ぎない。
モンスター食で培った魔力量。そして、各武器において、いくらほどの魔力を込めれば、どれほどの効果を発揮できるのかを、<ナビゲーション>を使ってコツコツとシミュレーションした。効率的に戦うために。非力な自分に出来るのはどこまでも現実的な戦略だけだった。
想定されるドラゴンの体力に対して、自分の魔力量と武器による攻撃を<ナビゲーション>で幾度も計算。当然、魔力が足りなくなるため、道中に採集した薬草から調合したポーションを大量に持ってきた。ポーションで、体力と魔力を補い、時が来るまで、コツコツとダメージを重ねる。
『案内人』から『探索家』にクラスチェンジした際に、気づいたことがある。どうやら俺の持っているハイクラス武器は、クラスチェンジを経る度に、真価を発揮していくようだ。当然のことながら、一ツ星レベルに扱えるような武器ではない。二ツ星レベルでも扱いきれないのは承知のことだが、一ツ星だった頃に比べて、武器ごとの攻撃バリエーションは増えている。
真紅のダガーも、当初はダガーに火を纏わせるだけだったのが、ファイヤーボールのようなスキルを使えるようになってきたのだ。
ドラゴンを倒すためには、翼を破壊し、地上に下ろすしか道はない。限られた矢で翼を破壊するため、紺碧の弓に大量の魔力を注ぎ込み、氷の矢を強化する。大量の魔力を注ぎ込んだ氷の矢は、もはや槍ほどのサイズになって、ドラゴンの翼を穿つ。
「ピギャアッ!!」
バランスを崩し、落下していくドラゴン。この隙を逃すわけにはいかない。すぐさまリュックから鉄粉の入った布袋を取り出し、落下予想地点に投げ込む。
ドラゴンの着地と合わせて、破れた布袋から鉛色の煙が巻き上がる。
――条件が整いました
魔力を込めた双剣を振り抜き、『粉塵爆発』を起こす。
「ドッゴォォォオオオォン!!」
爆発によって大きな砂煙が巻き上がる。砂煙の中のドラゴンの影に向かって、残り少ない矢を雨のように放った。全開の魔力を込めて。
「うおおおぉおおおおおおお!!」
対抗するようにドラゴンもファイヤーブレスを放つ。攻撃に夢中になっていたが、ギリギリのところでそれを躱した。
これまでの氷の矢と粉塵爆発によって、ドラゴンの翼は無残にも破れている。ドラゴンは再び翼をはためかせるも、飛ぶことは敵わないようだ。
「グルルルルルルルルル」
時は来た。
ここからが本番。地上戦が始まる。
枯渇した魔力を補うためにポーションをぐいっと一気飲みし、用済みの弓をその場に置き、残りの布袋を四方に放り投げる。そして、両手には真紅と鼠色のダガー。両方の拳を敵に向け双剣を構える。
端から地上戦を望んではいたものの、これまでのモンスターとは比べ物にならないサイズ感。それに加えて強力なブレスを有している。飛べなくなったとはいえ、過去最強であることは間違いない。
「はぁっはぁっ……」
小一時間も逃げ回ったせいか、本番前から息が切れている。緊張と疲労から心臓が大きく脈打つ。
「いくぞぉぉぉおおおぉお!!」
勢いそのままにドラゴン目掛けて駆ける。『粉塵爆発』で硬い鱗を僅かに損傷させていた。視界に損傷させた部位をマーキングする。僅かに見える鱗の下の生肉に魔力を込めた真紅のダガー突き立てる。
「ギャアアアオオオオオオ」
『火属性無効』のドラゴンに対して魔力によって生じた炎はダメージとして入らないが、攻撃力アップの効果は効く。ドラゴンは蛇のように身体をくねらせ、ピッタリと張り付いた俺を振り落とそうとする。
ドラゴンの身体から離れると、かつてない衝撃が右腕と脇腹を襲った。
「がはぁっ……」
高速で振るわれた尻尾による攻撃。あまりの速度に回避することは許されず、辛うじてガードした腕にモロに攻撃を受け、吹き飛んだ。
幸い、腕の骨は折れてはいないが、筋肉がやられている。腕のガードで衝撃を受けきれず、肋も何本かいってしまったようだ。呼吸する度に胸が痛い。構えるだけで腕に激痛が走る。折れた肋や裂傷した筋肉はポーションレベルでは治癒できない。ハンデを負ってしまった。
突進とファイヤーブレスを繰り返すドラゴン。<行動予測>によって当たることはない、高速の尻尾も警戒していれば対応可能。さっきは完全に不意を突かれた。ドラゴンの応酬を躱し、鱗が脆くなった部位にコツコツとダメージを積み重ねる。
■■■
ようやく視界に表示されているドラゴンの予想体力が半分を切った。
他のモンスターに比べ、ドラゴンは知能が高く、こちらの攻撃にも対応してきているように感じる。あまり良くない展開だ。四方に散らした鉄粉の入った布袋を利用してどこか大ダメージを与えなければ……ぐるぐると思考を巡らせていると、再び突進してくるドラゴンが予期せぬ動きをとる。
<行動予測>の通り、ドラゴンが跳躍した。
脚の力だけで数m跳躍し、飛ぶことの敵わない翼を大きく広げ、強靭な両脚の鉤爪をこちらに向けて、低空飛行で滑空してくる。予期しないドラゴンの動きに思考が停止する。
迫りくる両脚の鉤爪。滑空のスピードと攻撃範囲から避けることは敵わない。ダガーで防御しようとするも鉤爪に捕らえられるカタチとなり、防御できていない肩や脇腹に鉤爪が深く食い込む。
「うがぁ……!!」
このまま握り潰されたら死ぬ……!
「あああぁぁぁあぁあ……!!」
身を捩りなんとか抜け出すことができた。
しかし、背中と脇腹が燃えるように熱い。鉤爪によって切り裂かれた箇所から血が滴る。
まだ意識はハッキリしているが、このままだと出血多量で、こちらが先に力尽きてしまう。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。活路はあるはずだ。走馬灯のようにあらゆる場面を思い返す。
と、ある場面が頭を過ぎり、ひとつだけ策が浮かんだ。これしかない。
(ナビさん、シミュレーションを頼む――)
浮かんだ策をベースに成功確率を上げるため、<ナビゲーション>で計算を繰り返す。
■■■
計算が完了し、実行に移す。勝機は、ある。
――スキル発動、<集中感知>
ボスフロア全体の情報を綿密に感知し、地形を確認する。ドラゴンのファイヤーブレスと突進によって、荒れ地のような地形に変わっている。そこに一箇所、ドラゴンも入るくらいの大きな穴を発見。深さは足りないが、なんとかいける。
突進にファイヤーブレス、そして滑空を織り交ぜたドラゴンのコンビネーションを回避しながら、条件を揃えるために奔走する。まずは、四方に放り投げた布袋を回収して、穴に投げ込む。
駆け回っていると、徐々に脚に力が入らなくなってきた。まずい。急がねば。
全ての布袋を穴に入れ、その穴にドラゴンを誘導する。タイミングよく、両脚をこちらに向けて、滑空してくるドラゴンを回避すると、穴にドラゴンが突っ込んだ。その衝撃で、布袋は裂け鉄粉が巻き上がる。
幾度となく『粉塵爆発』を見舞われたドラゴンも学習したのか、キラキラと光る鉛色の粉を振り払うように翼をはためかせ暴れる。
「させるか!!」
負けじと鼠色のダガー、テューポーンの短剣をかざし、ドラゴンに向かって、風を巻き起こし、振り払おうとする鉄粉をドラゴンの方に流し入れる。魔術であればそうでもないと思うが、ハイクラス武器で風を起こす程度の能力を使うだけでごっそりと魔力が持っていかれるのを感じる。
鉄粉を払おうとするドラゴンと鉄粉を穴に押し込めようと風を巻き起こす、少しの間のドラゴンとの攻防を経てーー
――条件が整いました
「おおおおらああぁぁああ!!」
<ナビゲーション>の合図と同時に真紅のダガーで、『粉塵爆発』の着火源となる火を放ち、鼠色のダガーで穴に入ったドラゴンを覆い塞ぐように空気の壁を生み出し、蓋をする。そう、あのC級ダンジョンで、山田が発動したスキル<巨人の盾>でパーティを覆ったように。
「ドゴッ! ドゴッ! ドドゴォォォオオオォォォオン!!」
鉄粉の入った布袋4個分。過去最大の『粉塵爆発』が巻き起こる。少し離れたところに居る俺も吹き飛ばされそうになるが、踏ん張り辛うじて耐える。
大穴に蓋をしていた空気の壁も爆発の勢いで破壊される。壁と言うにはお粗末な代物だが、空気を逃さないのが目的。破壊と同時に、幾度となく修復を重ねる。燃焼した空気を逃さないために。全開の魔力をダガーに込めて、空気の壁を生成し続けた。
しばらくすると、ドラゴンの佇む大穴が真っ黒な空気で埋め尽くされた。俺の狙いは、これだった。酸素濃度の減少、及び二酸化炭素の吸引による『窒息』。ドラゴンが窒息するのかわからなかった。だが、窒息するための条件を仮説立てて<ナビゲーション>で計算していたのだ。
ドラゴンの影が動かなくなり、空気の蓋を解いた。
枯渇した魔力を補うようにポーションを一気飲みするが、大怪我の治癒までは行えない。血を多く失い意識が朦朧とし始める。全身、激痛が走っていたのが、感覚が麻痺し始めた。
恐る恐る大穴の近くに寄り、ドラゴンの状態を確かめる。すると瀕死で気絶しているドラゴンがそこには居た。
赤黒の硬い鱗で守られていた全身は、爆発により半壊。そして、計算には入っていなかったが、鉄粉を撒き散らしていた攻防の際に、ドラゴンが鉄粉を吸い込んでいたようで、それが体内で爆発したらしく、口、喉、胸に渡って、少しばかり裂傷しているようだった。
それでもまだ息のあるドラゴン。その生命力に感服する。
致命傷を負ったドラゴン。勝利への確信にアドレナリンが脳を支配する。
「おらあああぁあああぁぁあ!!!!」
俺は大き飛び上がった。穴に横たわるドラゴンの心臓に向かって、両手のダガーを突き立てる。肉の裂ける鈍い感触がダガーから手に伝う。
ほどなくして、音もなくドラゴンは息絶えた。
「よっしゃぁああああぁあぁあぁぁあ!!!!」
やった。やったぞ!! A級モンスターをソロで討伐したんだ!!
ドラゴンとの死闘を制し、歓喜に震える。喜びも束の間、その場に倒れ込む。もう一歩も動けない。
すると、全身を白い光に包まれ、かつてない量の経験値を獲得、そして、<ナビゲーション>のような無機質な機械音に似た音声が、俺の頭に響き渡った。
――クラスアップ、『
二ツ星ハンター『探索家』から三ツ星ハンター『収集家』へクラスアップしたのだった。
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