第14話 地下大迷宮 - 第30階層
獲得した新スキルのおかげで道中は順調。下へと続く階段への最短ルートを進むことを基本方針に、経験値を稼げそうな手頃な相手と武器装備コレクションの隠された秘密部屋を寄り道していくという感じで、ダンジョンを一気に進む。
しかし、このダンジョンが一体なんなのか? という疑問が拭えない。
本来ダンジョンはダンジョンコアの出現から四八時間以内に、実在する建造物がダンジョンへと書き換わる。ダンジョンコアの魔力規模によってダンジョンの難易度が設定される。そのためダンジョンのサイズは、基本的に書き換わった実在する建造物の大きさと比例関係にある。
これほどまでの規模のダンジョンが発生するとなると、少なくともA級、あるいはS級規模のダンジョンコアが出現したはずだった。A級、S級クラスのダンジョンコアが出現したとなれば、ハンターギルドやギルド連盟のみならず、マスコミも大騒ぎとなり、ダンジョン災害を予防する点からも、多くの人がダンジョン出現前に避難する必要がある。
だが、ここ最近、そういった事例はなかった。
さらに気がかりなのは、『地下』という点だ。
もしかすると、地下鉄か何かが書き換わる際に質量を地面の土が補った可能性がある。山小屋にダンジョンコアが出現し、山全体がダンジョンに書き換わった事例は過去にあるため、地中という点からも、使われていない地下鉄か何かにダンジョンコアが出現したというのが濃厚だと思われる。
そこで懸念されるのが、地中という点。
使われていない地下鉄にダンジョンコアが発生し、地中の土を媒介としてダンジョンに書き換わったとしたら……その規模は未知数だ。
このEX級ダンジョンがどれほどの規模なのかは、想像できない。
地下大迷宮を下へ下へと進むにつれて、徐々にモンスターも強くなってきた。同様に凪自身も着実に力を付けているため、なんとか対応できている。
地下大迷宮、第三〇階層に到着した。
これまで洞窟のような雰囲気だったのが、ギリシャ神殿を思わせる。真っ白な石材を匠の技で切り出したかのように構築された空間が広がっていた。ところどころに円柱の柱が立っており、壁は白い石のレンガを積み重ねているようだった。地面も綺麗な白い石畳。ダンジョンというには勿体ないほどに、見事な建造物。
常時発動型スキルのおかげで三〇階に入った瞬間、周囲の情報は既に取り込んでいる。ただ、常時発動している<感知>スキルでは、半径五キロメートル程度しか認識することができない。
――スキル発動、<広域感知>
それを補うのが<広域感知>だ。スキルを発動すると階層全体の構造、モンスターの位置、採集アイテムや隠し部屋、そしてボスの所在まで、事細かに把握することが出来る。このダンジョンはどうやら五階毎にフロアボスが居るようで、到着したこの三〇階にもフロアボスが居るのを感知できた。
フロアボスは、B級モンスター、ハイグレートハウンド。感知した瞬間に凪の心臓が跳ねる。C級モンスター、グレートハウンドとD級モンスター、グレーハウンドの存在も確認できた。
あの日、凪が地下大迷宮に突き落とされるきっかけとなった、あのC級ダンジョンと全く同じ相手だ。
いくら自分が成長しているからといっても、まだ二ツ星ハンター。あの日のC級ダンジョン攻略は、四ツ星に三ツ星を含めたパーティで挑んだレベル。ソロで攻略できるのか一抹の不安が過ぎる。
傍から見たら、二ツ星ハンターがソロで、C級ダンジョンを攻略するなんて無謀だ。それでも凪は、それなりの自信を有していた。ハズレ
「ナビさん、フロアボスまでの最短ルートを算出。目的地に設定」
――設定を更新しました
凪の視界にすぐさまフロアボスまでの最短ルートを示す矢印が表示された。
■■■
常時発動型スキル<感知>のおかげで、ダンジョンの構造を確認し直すために度々立ち止まって<探知>を繰り返す必要がなくなった。これまでは近くに敵が近づいていないか確認するために、不安であればあるほど<探知>を繰り返してきた。以前に比べて精神的にかなり楽になっている。
<ナビゲーション>の示すルートを進むとすぐにフロアボスの佇む扉の前に辿り着いた。
この扉の先に、あの日と同じ、あの日の再現となる光景が広がっている。そう思うと脈が早くなっていくのを感じる。
「……大丈夫。今の俺なら、できる」
凪は胸辺りを掴み、そう自分に言い聞かせた。やれる。できる。
呼吸を整えて意を決し、扉を開く。
目の前に広がった光景はスキル<感知>で、認識していた通りだった。
D級モンスター、グレーハウンドが一二体。C級モンスター、グレートハウンドが二体。そして、B級モンスター、ハイグレートハウンドが一体。
フロア内は強烈な獣臭に包まれている。あの日と同じだ。
あの日、初めてB級モンスターと対峙した凪は、萎縮したまま一歩も動けずにいた。その時の苦い記憶が頭に過ぎり、身体が固くなる。
「グオオオォォォオオォオオオオ!!」
「ウオオオォォオオオオン!!」
獣たちの雄叫びと共に、狼に似たグレーハウンドが一斉に飛び掛かる。
耳を劈く雄叫びに我に戻った凪は、すぐさま真紅のダガーと薄紫のダガーを取り出し、双剣のスタイルで構える。そして、スキルを発動した。
――スキル発動、<集中感知>
<集中感知>は、<広域感知>の逆。つまり、範囲を限定してより詳細な情報を取り込むスキル。<集中感知>を発動すると、目の前のモンスターの情報が視界にポップアップで表示される。種族、弱点、スキルといった様々な情報が目に入る。情報のデータソースは凪の記憶に基づいているようだ。そのため何でもかんでも視ることはできない。
続いて――
(ナビさん!視界に<行動予測>を表示!!)
――設定を更新しました
<ナビゲーション>に最短ルートの算出が出来た時、一つの仮設が浮かび上がった。どうやら<ナビゲーション>には、少なからず演算能力があるようだった。
試行錯誤の上、編み出したのが<行動予測>。<集中感知>によって<感知>する範囲を限定し、モンスターの詳細情報を取り込む。取り込んだ詳細情報を元に、演算能力を使って相手の行動を予測するのだ。
<行動予測>が視界に表示された瞬間、迫りくるグレーハウンドの群れが、予測された行動先とダブって視える。
凪は行動の予測先に居るグレーハウンドの首に向けて、真紅のダガーを振り抜く。と、タイミングはドンピシャ。グレーハウンド三体とすれ違う内に、鮮血が雨のように降る。瞬殺。
同胞があっという間に死んだことに萎縮しているのか、硬直していた残りのグレーハウンドにも容赦なく双剣を振るう。今夜は狼肉でパーティだ。
グレーハウンドを全て片付けると、C級モンスター、グレートハウンドが迫ってくる。オーガに匹敵するサイズの人型狼。力こそオーガに劣るも、それを補って余りあるスピードを誇る。
怒りに燃えるグレートハウンド。人を紙切れの様に切り裂く鋭い爪と、岩をも噛み砕く強靭な歯と顎が凪を襲う。人型でありながら四足で駆けることで、目にも留まらぬ速さで攻撃を繰り広げてくる。
だが凪の<行動予測>にとって、この程度のスピードは関係がない。
グレートハウンドの連撃を予知しているかの如く躱し、行動の予測先に向けて魔力を込めた双剣を振り抜いていく。一撃で腕を両断するほどの力は有していないが、以前のオーガ戦に比べれば、一太刀一太刀に手応えを感じる。
ほどなくして、二体のグレートハウンドは力尽きて膝を地面についた。とどめだ。すぐさま双剣をそれぞれの首に突き立てる。
残るは、B級モンスター、ハイグレートハウンドのみ。
「オオオオォォォオオオオォオォオオオン!!」
あっけなく死にゆく同胞を嘆いているのか、それとも凪に向けた威嚇なのか。ハイグレートハウンドは、今日一番の雄叫びをあげる。
あの日、神崎は一太刀にして奴の首を落とした。そんな芸当は出来ない。しかし自分の戦闘スタイルというものが、ここ三〇階に至るまでに完成されつつある。今なら、殺れる。確固たる自信が闘争心を掻き立てる。
ハイグレートハウンドは、人の二倍ほどのサイズ感。身体には所々、鋼鉄の鎧を身に纏っており、わずかながらも知性が伺える。攻撃手段は一本一本が長剣ほどもある爪。もしあの爪に当たれば、一撃にして殺られる。
グレートハウンドを有に超えるスピードで迫りくるハイグレートハウンド。振りかざした爪が、真っ白な地面を大きくえぐる。言わずもがなオーガを超えるパワーだ。
ハイグレートハウンドは、これまで凪が戦ってきたどのモンスターよりも強力。過去最大の敵に間違いない。
凪は<行動予測>によって、ハイグレートハウンドの攻撃をすれすれで避けることが出来る。寸でのところで通り抜ける爪や牙は、一撃喰らえば死ぬという極限の緊張感。<行動予測>で当たらないと、頭ではわかっていても死を連想せずにはいられない。
凪の視界に表示されるハイグレートハウンドの弱点は、関節の要所要所を示していた。まずは膝裏を狙い、動きを止めるのが先決。
B級モンスター、ハイグレートハウンドのスピードは想定よりも断然速い。更に獣特有の柔軟な筋肉が生み出す、不規則な攻撃を繰り広げてくる。凪は辛うじて攻撃を避けて、予測した行動先に攻撃を当てようとするのだが、柔軟で不規則な動きでカウンター攻撃を当てられそうになるのだった。
これを攻略するためには、相手のスピードに合わせて攻撃を当て、すぐさま繰り出されるカウンターを避けられるように、自身の態勢を整えておかねばならない。まさに針の穴に糸を通すような精度が求められる。
「厄介だな……」
思わず嘆息した瞬間、ふと神崎が一撃で仕留めた瞬間が頭に過ぎった。
「……ああ、なるほど」
ひらめいた。
凪は正面に相対するハイグレートハウンドに向かって無造作に突っ込む。
慟哭に似た咆哮を一身に受ける。
ハイグレートハウンドの振るう全力の一撃を躱し、目の前で全開の魔力を込めた真紅のダガーから大炎を発生させた。
すると一瞬ハイグレートハウンドが怯み、隙を見せた。凪はそれを見逃さずに股下へと潜り込み、勢いそのまま全開で魔力を込めたままの真紅のダガーをハイグレートハウンドの膝裏めがけて振り抜いた。
膝裏から出血するハイグレートハウンドが、あっけなく片膝をつく。立ったままだと絶対に届かない首筋が、片膝をついたことで凪の目の前に降りてきた。迷わず全開で魔力を込めた濃紫のダガーを首筋めがけて突き立てた。
首筋にヒュドラの猛毒を喰らったハイグレートハウンドは、目を見開いてもがき苦しみ、程なくして息絶えた。凪はそれを呆然と眺めていた。
しばらくすると全身を白い光が包み、経験値を獲得。それも過去一番の経験値を獲得した。経験値はパーティで戦った場合、戦闘への貢献度に応じて分配される仕組みだ。一ツ星ハンター『案内人』だった頃は、戦闘では役立たずだった。辛うじてダメージを負ったD級モンスターを倒せる程度。ゴブリンのようなE級モンスターでさえ苦戦するレベルだった。
それが今や、B級モンスターをソロで討伐できる。ソロ攻略の方が、圧倒的に経験値の獲得効率が高い。故に、成長も早い。
……やった。とうとうB級モンスターを倒すことができた。
あの日、何も出来ずに己の力の無さを嫌というほどに感じたトラウマ。過去苦い思い出を、少なからず克服できたような気がした。
今の自分はあの日の自分とは違う。凪は生まれ変わったかのような感覚に浸った。
(やった。やれる。やれるぞ。潰せる。俺なら出来る。
自信が確信に変わっていくのを感じる。
さぁ、どうやってぶっ潰してやろうか。
待ってろよ。必ずぶっ潰してやるからな。
しかし、それと同時に妹の
(潰す。助けなくちゃ。絶対にぶっ潰す。何としてでも救わなければ)
激情が海のように満ち引きする。
「早く地上に戻らなければ……」
少しの余韻に浸ったのも束の間、凪は先を急ぐ。
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