第5話 烏龍ギルド
ダンジョンキーパーを討伐したことで、C級ダンジョンの攻略が完了した。帰り道の道すがら、各メンバーは各々採集に励んでいる。ダンジョンにしかない鉱石や植物、アイテムを持ち帰ると、高く売れることは間違いなく、それはギルドの財産になる。
凪が役に立てるとしたら、探知と採集くらいだ。黙々と採集を行っていると、どこからともなく、神崎がやってきた。
「一条くん、あの、聞いてもいいのか悩んだのだけれど、少し質問してもいいかしら?」
「えっ、はい。大丈夫ですよ」
先程の戦闘で鬼気迫る勢いだった神崎が、もじもじしている。なんだか複雑な心境だ。
でも、話し掛けに来てくれて、正直嬉しかった。
今まで気にかけてくれる人なんていなかったから、少し戸惑いもした。凪のところに寄ってくるのは、物好きな連中か下心のあるゲス野郎ばっかりだったからだ。
「えっと、君は良い人だ。それに才能もある。私は数多くのパーティに参加したことがあるのだけれど、君の能力はあまりに特別……」
神崎の思わぬ発言に凪は戸惑う。そんなことを言われたのは、
少し言い淀みながら、神崎は周りに聞かれないように小声で尋ねてきた。
「そんな君が、どうして、【
「――――」
【烏龍】ギルド。
国内屈指のハンター
そんなギルドの性質上、烏龍メンバーは個々人の戦闘能力が高く、競争も激しい。討伐系の依頼が多いため、他のギルドに比べて報酬も高い。
一方で、烏龍ギルドには悪い噂もある。社会の闇に精通していて、悪事を働いているとかなんとか。凪はそういった仕事を与えられたことがない。ただ根も葉もないところに噂は立たないと思っている。
そんな烏龍ギルドに、凪がなぜ所属しているのか? 所属できているのか? 神崎は疑問に思ったのだろう。
「俺は、二年前。東京タワーのダンジョンで、両親を亡くしているんです」
「……!?」
二年前……東京タワーに突如としてS級ダンジョンが出現した。避難が間に合わず取り残された被災者は二〇〇人を超えると言われている。その中に凪の両親はいた。凪はダンジョン災害の遺族だった。
「ちょうど高校を卒業するタイミングでした。俺には、残された妹がいるんです。妹を養うためにも、俺は、ハンターになりました」
凪は採集の手を止めずに淡々と語った。
「最初は
「龍騎さんには感謝しているんです。身よりもない俺達の保護者にもなってくれました。成果に見合う報酬もいただいていますし。恩を返すためにも、もっと実力を付けないと……」
烏龍ギルドに拾われていなかったらと思うと、ゾッとする。時の人となった凪が、仮に普通の職についていたとしても、きっと後ろ指さされていたことだろう。烏龍ギルドの後ろ盾で、マスコミも近寄れなくなったというのも事実だ。
凪が妹を養いながらも生活できているのは、烏龍ギルドと龍騎のおかげだった。
「そうなのか……君にとって、烏龍ギルドは、大切な場所なのだな」
「……はい」
ここまで身の上話を初めてだった。
凪は急に我に返り、恥ずかしさで紅潮してきた。
「す、すみません! 自分のことばかり話してしまって!」
「いや。質問したのはこちらだから。教えてくれてありがとう。私は君を応援している」
神崎が、屈託のない笑顔を見せた。
凪は初めて神崎が笑った顔を見た。
「神崎さんは、優しい人ですね」
「ふぇ!! そそ、そんなこと初めて言われた……」
相変わらず焦ると真っ赤になる神崎。普段は冷徹で淡々としているけれど、凪だけが可愛いところを知っているようで、少し得した気分になる。
「ナビくん! ちょっといいかい!」
「はい! すぐ行きます!」
山田に呼ばれ「それじゃ」と神崎に声を掛けた。が、俯いて膝を抱えながらダンジョンに生えている草を猛烈な勢いでプチプチと引っこ抜いている神崎の耳には届いていないようだった。……不思議な人だ。
「みんな! 聞いてくれ! 採集はそろそろいいだろう。みんなは先に外に戻っていてくれ。俺とナビくんは、大穴を見てくる」
「ういーっす」とまばらな声がして、他のメンバーは出口へと歩いていった。
このダンジョンの第一階層にある大穴。半分忘れかけていたが<探知>してみるに越したことはない。山田と並んで大穴へと向かう。
「ナビくん、烏龍ギルドに入って、もう二年が経つか」
「はい。その間、山田さんには何度も助けていただきました。感謝してます。今日も無事C級ダンジョンを攻略できて本当によかったです」
「そうだな……君が駆け出しの頃は、今でも覚えているよ。攻撃スキルも防御スキルもないハンターがどうやって生き残るのかと。すぐに辞めていくもんだと思っていたが、君は<探知>スキルの熟練度を上げ、自分なりにパーティに貢献しようと必死だったな」
山田からねぎらいの言葉をもらって凪は純粋に嬉しかった。C級ダンジョンをクリアして、また一歩成長することができたと実感した。山田とは何度も同じパーティを組んだことがある。いつもみんなに後ろ指さされている凪でも、見ていてくれる人はちゃんと見てくれているんだ……。
別に誰かに褒められようと思って頑張っているわけではない。それでも自分の努力を誰かが見守ってくれていたと思うと、不思議と胸の奥が熱くなり込み上げてくるものがあった。
すぐに大穴に到着すると、山田が呟いた。
「これが、大穴か……」
凪も大穴を覗いてみると、底を確認できないくらいに深くて暗い、あまりに大きい闇が広がっていた。
「山田さん、これは、深すぎて底を確認できないですね」
「そうだな……」
突如、山田の目から光が消えた。その目は、穴の底を映すように、深い闇に包まれていた。
「すまんがナビくん。君はここまでだ」
いつものように、ドンと背中を押された。
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