両想いだった女の子が義妹になったんだが同棲したら毎晩のように僕を誘惑するようになった件について。そしていつの間にか親友に寝取られてしまった件について。

kattern

プロローグ

第1話 ハロー、残念なお兄ちゃん

「あれ? 咲ちゃん?」


「お兄ちゃん! 駅で会うなんて偶然だね! 今帰り?」


「うん。今日はバイトないから――うぷっ!」


 自宅最寄りの駅前で学校帰りの義妹とばったり出会った。


 そしていきなり抱きつかれた。


 黒いショートボブの髪を揺らして笑顔で飛びついてくる美少女。

 子犬みたいに僕に甘えてくるのに体つきはちょっと大人びた感じ。170㎝の身長に、すらりと伸びた手足はまるでモデルか俳優さんのよう。

 関西の華、宝塚歌劇団の男役のような色気がある。


 丁寧にアイロンがけされた黒いセーラー服。上等な生地にお嬢様学校の品格が感じられる。白い襟元のスカーフや、膝まで隠す長めのスカートも一周回ってお洒落だ。


 中身も服装も正真正銘の「お嬢様」。

 そんな女の子に抱きつかれて、嬉しくない男がいるだろうか。


 僕はいないと思う。


「やった! 今日は一緒に下校デートだね! うれしい!」


「そんな喜ぶことかな?」


「えへへ。一度してみたかったんだ。駅で待ち合わせして、セブンやイズミヤに寄ってお買い物したり、くずはモールでお食事してそのままレイトショー見に行ったり」


「ずいぶん具体的だなぁ」


「ふっふっふ、お年頃の女の子の妄想っていうのは逞しいのだよ謙太くん?」


「うれしいけど、兄妹でデートっていうのはおかしいでしょ?」


「うれしいならいいじゃない。それに、私たち義理の兄妹なんだよ?」


 いつもの台詞を吐いて咲ちゃんは僕に怪しく微笑んだ。


 整った顔でせつなげに目を細める。

 ただそれだけで僕の胸がずきゅんどきゅんと収縮する。

 この破壊力よ。


 イケメンは悩み顔こそ画になる。


 そんな僕の義妹は今日も義兄に密着すると甘い誘惑をしかけてきた。


「知ってる? 義理の兄妹は結婚できるんだよお兄ちゃん?」


「知ってる、知ってる。何度も聞いたから」


 決め台詞の続きを言わせないように僕は彼女の胸を押す。

 全身がお年頃状態な咲ちゃんだが、唯一胸だけは安心するくらいのツルペタだ。


 彼女の弱点にそっと触れると、僕は忠犬属性が強めの義妹を身体から離した。


 ぷっくり咲ちゃんが頬を膨らませる。

 尻尾の代わりにプリーツスカートの裾を握って揺らすと、彼女はわざわざ屈んで僕を見上げて抗議してきた。


 いちいちかわいいんだからもう。


 けど、ここは駅前。

 しかも人通りの多い夕方だ。

 駅前広場でいちゃつく高校生に浴びせる視線はちょっと痛い。


 ちらりと僕は辺りを見回す。


 今をときめく人気アイドル――三島杏美の化粧品広告。その前にたむろしている学生の姿が見える。よく見なくても僕と同じ学校の制服だ。

 顔に見覚えはないけれど、どこから噂が立つとも分からない。


 心を鬼にして僕は咲ちゃんに背中を向けた。


「ほら、バカなこと言ってないで暗くなる前にお家に帰ろう」


「バカなことじゃないよ。私は本気だよお兄ちゃん」


「今日はちょっと寒いからクリームシチューにしようとおもってたんだけれど」


「すぐに帰ろう、すぐ帰ろう! お兄ちゃんの手作りシチューだ! ばんざーい!」


 ワンコ義妹の咲ちゃんは、そう言うと僕を健気に追ってきた。

 ただし、歩くのは後ろでも前でもない。

 ちゃっかり僕の隣。


 追いつくなり、僕の顔を覗き込んで彼女はえへへとはにかんだ。

 どこまで本気でどこまで冗談なのかもう分かんないや。


 咲ちゃんがちょっとでも歩きやすいようにと僕は縁石に上がる。

 底の薄いスニーカーには日中の熱が抜けた縁石がちょっと冷たい。気がつけば、もう街には冬の気配がほのかにただよっている。


 カシスオレンジみたいな空を見上げて、ぼくは「ほぅ」と意味もなく息を吐いた。


「お兄ちゃん。途中でコンビニ寄ってもいいかな?」


「いいよ。何を買うの?」


「……ほら、そろそろストックが心許ないでしょ?」


 そういえばそうだったな。

 勉強机の棚の中を思い浮かべて僕は数勘定をする。


 すると油断した僕の耳をひんやりと冷たい感触が襲った。


 軽い悲鳴をあげて立ち止まり、慌てて僕は横を向く。隣を歩いている咲ちゃんが手にイヤホンを持って嬉しそうに笑っていた。


「えへへ、一緒に音楽聴きながら帰ろ?」


「なんでさ」


「あれ? そのために登ってくれたんじゃないの?」


 身長高め女子の咲ちゃん。

 対して、身長控えめ男子の僕。

 縁石の高さで、ちょうどその視界の差――頭一個分くらい――が埋まる。


 そういうつもりじゃなかったんだけれど。

 まぁ、いいや。


 僕は咲ちゃんのイヤホンを黙って受け取った。

 下校デート中の義妹から「恋人聞き」のお誘いを断れるようなら、僕はもうちょっと彼女から扱いにくいお兄ちゃんとして警戒されてるさ。


 なんてね。


 2022年10月28日金曜日。


 僕が兄になり、咲ちゃんが妹になり、一緒の家で暮らし始めてから三ヶ月め。

 そして、親に内緒で「とある関係」を持ち始めてから二ヶ月めの帰り道。


 カナル式。ゴムのついたイヤホンのヘッドを僕は右耳に押し込む。

 耳に広がるのは「DECO*27」の「シンデレラ」。

 共通の趣味であるVOCALID楽曲を聴きながら、僕たち兄妹は家路を急いだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 2022年8月19日金曜日。

 久しぶりに顔を合せた父から「紹介したい人がいる」と言われた僕は、おおいに狼狽えた。母に浮気されてから逃げるように仕事に打ち込んでいた父が、そんな人を作れたのがちょっと信じられなかったのだ。


 その日のうちに梅田でお食事会。

 高層ビルにあるレストラン。大阪湾が望める個室に現れたのは、記憶の中にある生母とはまるで正反対な『バリキャリ』という感じの女性だった。


 それと、お嬢様学校の制服を着た美少女。


「河北咲と言います。私立精心女学院の高等部一年生です。えっと、中学まではバスケット部だったんですけど、今は何もやってません」


 品よく頭を下げると目を伏せて頬を赤く染める。

 隣に座っていた継母は顔をしかめていたけれど、継父の息子の挨拶と比べれば上出来だと思う。同席した男の子の心を奪ってテンパらせるくらいには、咲ちゃんの挨拶にはちゃんと魅力があった。


 はじまりはそんなありふれた感じ。


「謙太くんは、高校どこ行ってるの?」


「……へ?」


「ごめん。なんか、慌ててる君が面白くって、そればっかり気になっちゃって。ぜんぜん言ってることが頭に入って来なかったんだ」


 子供達を置いてきぼりに今後について話し込む両親。

 そんな中、咲ちゃんから僕に話しかけてきてくれたのはありがたかった。


 思いがけず僕たちは話し込み、そのままするっと意気投合。


 仲良くなった決め手は三つ。


 一つ、共通の趣味があったこと。


「私、ホラゲーが好きなんだけれど、謙太くんもやったりする?」


「プレイはしないけど、VTuberの配信は好きでよく見てるよ」


「え⁉ 謙太くんも、動画配信とか見るの⁉」


「意外だった? まぁ、ホロライブくらいしか見たことないけど」


「いいよね! ホロライブ!」


 二つ、どっちも似たような性格&学校での立ち位置だったこと。


「私ね、学校では『王子』って呼ばれてて。ほら、身体が大きいのに胸がないから」


「僕も学校では『メガネ』ってあだ名だよ。安直だよね」


「ほんとにね。困ったことがあると『王子! 助けて!』って頼られて。私、本当はそういうキャラじゃないのに」


「僕も『メガネなんだからなんとかしろ』って言われるな。知るかよ、メガネがなんでも知ってると思ったら大間違いだっての」


「だよねだよね!」


 三つ、咲ちゃんが微妙に僕の学年を間違えていたこと。


「あれ? 謙太くんって、同い年じゃないの? 高校一年生じゃ?」


「二年生だけど?」


 これは僕のポン。

 テンパって高校の学年を伝え忘れていたのだ。


 なので咲ちゃんは、僕のことを同い年だと思って、ちょっとパーソナルスペースを詰めていた。


 これが逆によかった。


 間違いに気づいて顔を真っ赤にした咲ちゃんは、急に膝の上に手を置くと、なんだか申し訳なさそうな上目遣いを僕に向けてきた。


「それじゃ、謙太くんじゃなくて、謙太さんだね」


「いいよ謙太くんで。そっちの方が、僕もなんだか嬉しいし」


「……そう?」


 縮まった距離がもったいなくて、僕は義妹の勘違いと気遣いを許した。

 まぁ、元はといえば僕が悪いしね。


 とまぁ、そんな感じで。


 食事が終わる頃にはすっかりと意気投合。

 むしろ両親がひくくらい場を盛り上げた僕たちは、二人の再婚に明るい見通しを与えて、その日の顔合わせを大成功に導いたのだった。


 その後、父さん達が籍を入れるのに一ヶ月もかからなかった。

 咲ちゃんが僕の住んでいるマンションに引っ越してくるのも。


「おじゃましまーす」


「そんな他人行儀やめようよ。これから一緒に暮らすんだから」


「……えへへ。そうだね」


 顔合わせから8日後の2022年8月27日土曜日。

 淡い水色のワンピースに白いキャスケット、藁編みのバッグに藍色のコンバースを着た咲ちゃんが僕の家をおとずれた。

 そして彼女はそのまま僕の同居人になったのだ。


 多忙な父は元から家に帰ってこない。

 蓮さんも同じ。


 高校生の男女が親の目を離れて二人暮らし。

 ラブコメみたいな状況のできあがった瞬間だった。

 もちろんヒロインは美少女。


 爆発しろ僕。


 以上。簡単な僕たち兄妹のなれそめである。

 なれそめっていう単語が、適切なのかについては今は考えないことにする。


◇ ◇ ◇ ◇


「お兄ちゃん。ストロベリーとチョコ、どっちがいいかな?」


「うーん、どっちって言われても。使うのは咲ちゃんでしょ?」


「えーっ! けどやっぱりムードがあるじゃない! そういうことしてる時に、お菓子の匂いがしたら嫌とかないの?」


「……まぁ、その、あると言えばあるかな」


 手にストロベリーとチョコの『それ』を持って義妹は悪い顔をする。

 いや、エッチな顔と言うべきかもしれない。


 肘でこつりと僕の脇腹をけば「あるんじゃないですかお代官さまぐへへ」という含み笑い。リアクションに困って、とりあえず「へへぇ」と笑っておいた。


 場所はコンビニ。

 僕たちが住んでいるマンションの真ん前。

 マンションの住人を狙い撃ちにしたようなお店。


 入り口向かってすぐの列。トイレとATM手前の位置に僕たち兄妹は立っている。

 幸いにも店内に人は少ない。


 さて。

 咲ちゃんに「お兄ちゃん」呼びしてもらえるほど仲良くなるには、僕たちの間にもう一悶着あるのだけれど――それは一旦置いといて。


 まずは目の前の問題だ。


「僕はどっちでもいいよ。咲ちゃんが好きな方にしなよ」


「うーん、そうだなぁ。じゃぁ、形の似ているストロベリーかな?」


「かたちがにてるとかやめて」


「どっちでもいいって言ったじゃない。女々しいって言われない、そういうの?」


 某歌謡曲のポーズを決める咲ちゃん。

 文句を言いながらノリノリだ。お客さんがいないからって踊っちゃだめだよ。


 そんなお茶目な妹の手から、僕はピンク色の箱をひょいと奪い取る。

 それから――シルバーの箔押しになった商品名を見つめて眉をしかめた。


『剛力ストロベリーうすうすMAX0.02』


 なんかゴテゴテに要素を足しすぎて頭悪くなったような商品だな。

 かろうじて「それ」だとは分かるけれども。


 僕が手にしているのは他でもない。

 親密なお年頃の男女に必要なアイテム――『コンドーム』だった。

 それもちょっとお高め、プレミア感で夜を盛り上げるタイプの。


 お目当てのものとはこれのこと。

 僕と咲ちゃんは、家の前のコンビニにコンドームを買うために立ち寄っていた。


 SEXをするためではない。


「それにほら。丈夫な奴の方が、お兄ちゃんが一人でするとき破れにくいし」


「僕のことはそんなに気にしないでよ」


「気にするよ。サキュバスの義妹のためにシコシコ頑張ってくれるお兄ちゃんを、私はとてもありがたく思っているんだからね」


「咲ちゃん、ここお外だから」


 義妹に新鮮な『食事』を提供するためである。

 ぼかした用語がなんなのか、追及するような野暮はやめてほしい。


 そう。


 僕の義妹はこんなですけれど「サキュバス」なんですよ。


 「シンデレラ」でも「ヴァンパイア」でも「アニマル」でもなく、ね。


「どうせ出すなら、お兄ちゃんには気持ちよくいっぱい出してほしいの。道具も、場所も、おかずも、いいものを使って欲しいのよ」


「ちゅうもんのおおいさきゅばすだなぁ」


「えへへ! だって『食事』は美味しい方がいいもの!」


 残された「チョコレート」フレーバーのコンドームを棚に戻すと、咲ちゃんは僕の手からピンクの箱を取り戻す。扇情的な色をした箱に頬ずりをして、こてりと首を傾げると、彼女は小悪魔っぽい笑顔を僕に向けた。

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