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わたしは自信満々だった。書生さんは明らかに焦っている。
「わたしが疑っていることというのがそのことですか」
「そうです。驚いたでしょう」
書生さんは汗をだらだらとかき続けた。
「ええ、驚きました。こんなに愚かな人がいるとは思いませんでした」
おや?
「外れですか?」
「外れです。なわけないでしょう」
しかし、そうではないという証拠もまたない。わたしがどう問い詰めてやろうかと考えていると、書生さんの方から話を持ちかけてきた。
「ちょっと歩きませんか」
「歩くって外へですか?」
「そうです。散歩しましょう。会わせたい人物がいます」
わたしに会わせたい人物とは誰だろう? わたしはまったくわからず、書生さんの促すままに外に歩き出した。書生さんが歩くに任せてついていく。
「いやね、事件の真相とは、否応にして単純なことであることが多いわけですよ」
書生さんがそういう。
「ふむ。そうですな。事件の真相とは、単純なものです」
「それでね、あなたがそういうのなら、どうしても会わせなければならない人物がいると思いまして、今、彼の方向へ向かっています」
「彼、というと男性なのですね」
「そうです」
「あの告白録にでてきますか」
「どの告白録です?」
「『こころ』ですよ。『こころ』に出てくる人物のもとへ向かっているのですね」
書生さんは一息ついて、間をおいて答えた。
「そうです。『こころ』に登場する人物のところへ向かっています」
「誰ですか」
「すぐつきますよ」
「誰だか気になりますね」
すると、一人の中年の男性の前にやってきた。
瓢風として、いかにも書物ばかり読んでいそうな青白い顔がそこにはあった。
「誰ですか」
わたしが書生さんに聞くと、書生さんが青白い顔の男にいった。
「この人は探偵さんでね。先生は自殺したのではなくて、わたしと将棋を指していた人物に殺されたというんだ」
すると、青白い顔の男は、げたげたと大笑いし始めた。
「あははははは。きみは、探偵で、『こころ』の先生は自殺したのではないというんだね」
わたしはその男に圧倒された。
わたしがしどろもどろになっていると、男はさらに笑いつづけた。
「あははははは、面白いじゃないか。きみの推理を聞かせてくれ」
わたしは気圧されてなるものかと、笑う男に宣告した。
「先生を殺したのは、書生さんと将棋を指していた相手だ」
「あははははは。まったく、とんまな探偵がいたものだ。わたしが誰だと思う」
そんなこと。
「そんなこと、知らないよ」
笑う男はいった。
「わたしがその先生だよ」
わたしはびっくりして、背筋がぞっとした。
意味がわかるまで、少し時間がかかった。
この男が先生。ということは。
「そういうことさ。先生は自殺したんじゃない。生きているんだよ」
先生と名のる男は笑いつづけた。
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