パフェとサボテン

池田春哉

第1話

「僕の部屋が片付かない原因は『思い出』だと思うんだよね」

 私が床に落ちている謎のボタン電池をビニール袋に放り込む。

 彼は言った。

「ほら例えばこのカード。ちょうど10年前に僕がハマってたカードゲームのレアカードなんだけどね。これが何枚買っても中々当たらなくて、それでも諦めず買い続けてやっと当たったんだ。今でもこのカードを見れば、あの当たった瞬間の興奮が蘇るよ」

 私が床に落ちている謎の十円玉を豚の貯金箱に放り込む。

 彼は続ける。

「他にも、この金色のネジ。このネジは僕が小学校に入学した時、おじいちゃんに貰った腕時計のネジなんだ。『おまえにはこの腕時計が似合う』ってぶっきらぼうに言われたっけ。今はもう時計は壊れてネジだけになったけど、あの時の喜びは傷ひとつ付かないや」

 私が床に落ちている謎のプラスチックパーツをゴミ箱に放り込む。

 彼は息を吐いた。

「つまりそういうことなんだよ。今ここに転がってるものはすべて僕の思い出を何度でも呼び起こすためのキーアイテムなんだ。僕の歩んできた人生だと言ってもいい」

 私が床に落ちている謎のデザインのTシャツをクローゼットに放り込む。

 彼は頷く。

「君はさっき僕の部屋をゴミ山だって言ってたけど、これでもまだ同じこと言えるかな。10年経っても、この山があれば僕は何度だって昔に戻れるんだ」

 私が床に落ちている謎の言語のハードカバー本を本棚に放り込む。

 彼は私を見る。


「そう考えてみたらさ。ほら、捨てるに捨てられないでしょ?」

「10年ゴミのままなら捨てるよ」


 独り言のように「いや別に絶対10年ってわけじゃ……」とぼそぼそ言っている彼を無視して、私は散らばっている謎のレシートをゴミ袋に詰めていく。

「てか年末の大掃除を手伝って、って言ったのは廣井ひろいくんでしょ?」

「そうだけどさ。あまりに清水しみずさんが容赦なくて」

「こういうのは思い切りが大事なんだよ」

 私は足の踏み場もないほど物が散乱する床に目を向けたまま、彼に言う。乱雑に重なった衣服を動かすと、私たちが通う高校の校章バッジが見つかった。「これ失くしたら反省文書かされるよ」と彼にバッジを手渡す。

 掃除を始めて二時間が経った。

 ようやくレシートや空きビンのように明らかなゴミはほとんど無くなってきたけど、まだまだ必要なのかよくわからないものが沢山ある。

「この謎のオブジェは要るの?」

「うん。それは両親が一昨年、海外旅行に行ったときのお土産なんだ」

「じゃあこのボトルシップは要る?」

「うん。それは親友が去年、16歳の誕生日にくれたプレゼントなんだ」

「じゃあこのサボテンは?」

「うん。それは僕が小学生の時、お小遣いをこつこつ貯めて買ったサボテンなんだ」

「長生きしすぎでしょ」

 私は大きくため息をついた。

 これじゃ永遠にこの部屋は片付く気がしない。

「廣井くん。キミはなんで掃除をするかわかる?」

 私はサボテンを大事そうに抱えた彼を見る。

「本当に大切なものを見極めるためだよ。モノが多いと混乱するでしょ」

「でも僕は全部憶えてるよ」

 全部、と彼はそう言った。

 この足の踏み場もない部屋にあるもの全部を憶えていると言われても、にわかには信じがたいけれど。

 でも、私はそれが真実だということも知っていた。

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