第25話 恩師との別れ



 私は同窓会に行ったことがありません。


 人嫌いと言う訳ではないのですが、親の仕事の都合で転校が多く、地元と呼べるものがないのです。地元の子たちは高校を卒業した後も実家に帰ると必然的に友達の情報が親伝いに耳に入るでしょ?でも私は全く分かりませんでした。


 今のようにSNSがあるわけでもないし、ポケベルも相手の番号を知らないとメッセージを送ることもできません。


 そんな私でも、思い出に残る町が1つあります。小中学生の頃過ごした酪農が盛んな町です。


 そこで出会ったのが「てつ先生」でした。てつ先生はおじさん先生です。頭には整髪料のポードを塗りたくり、いかにもおじさんの匂い!


 背が高く、ダジャレをよく言い、ゴルフが好きで、巨人が好きで、顎が出ていて、スーツはピチピチ!


 今では考えられないのですが、てつ先生はクラスの子にあだ名をつけます。


 声が太い子には「大工」、頭が大きな子には「仮分数」、野球が得意な子には女の子なのに「ガリクソン」(当時のプロ野球の外国人選手です)


 でも、そんなてつ先生を嫌う生徒はいませんでした。


 てつ先生は年配だったため会議も多く自習の時間がたくさんありました。でも、会議が終わると急いで帰って来てくれます。


「ドッジボールするぞ~」


 自習のプリントそっちのけで体育館に連れて行ってくれました。


 国語の時間も、私たちが書いた作文をたくさん褒めてくれました。


 そうなんです。てつ先生はたくさん褒めてくれるんです。声が太くて大工とあだ名をつけられた子も、「声が太くてかっこいいなぁ、高倉健みたいだ」と褒めていました。それを聞いて私たちも、確かに皆と違う声だけどカッコいいかも?と思うようになりました。


 頭の大きな中島君も仮分数と呼ばれていましたが、中島君のおかげで分数の勉強で誰もが「分母よりも分子が大きい場合→すなわち頭でっかちの数」それは中島!中島は仮分数!と意味を理解することができました。


「中島のおかげでテストできた」と中島君はクラスの子に感謝されていました。


 もう何十年も前の話ですが、つい最近これらの記憶を久しぶりに思い出してしまったのです。てつ先生と過ごした1年間!


 


 それは私の働く小学校の校長先生のお話がきっかけでした。


 その日、校長先生は円周率の話を全校朝会で話しました。校長先生は円周率を50桁暗記していると言うのです。


 校長先生はアイマスクをし、円周率を暗唱し始めました。子どもたちはテレビ画面に映された50桁の円周率を目で追います!


 大成功!


 校長先生は何度も間違えることなく暗唱しました。これは5年生の時に覚えたそうです!


 このことから校長先生が言いたかったことは暗記をするのに適した脳を作るのは10歳がピークで、今が一番大事だということ。


 さらに、何度も繰り返し学習することで校長先生の年齢になっても忘れないと言うことを伝えたかったようです。


「ですから、たくさん繰り返し学習するのは」と締めくくられました。校長はちょっと時代遅れのギャクをかまし、笑うに笑えない小学生……。私たちも苦笑い……。

 

 それでです。話はここからなのですが、円周率を学習するのは5年生です。

3.14159265...永遠と続きます。


 私の5年生の時の担任はてつ先生。彼の授業を思い出しました。突然、黒板の端から端まで円周率を書き出し、先生はこんなに暗記ができると私たちを驚かせました。


 更に、てつ先生はこう言いました。

「この覚え方はちょっとなので、今は皆に教えられないけど、大きくなったら聞きにおいで」


 と言ったのです。誰もが興味津々でしたが、てつ先生は絶対に教えてくれませんでした。


 そして中3になり、私は友達と卒業した小学校へ遊びに行きました。するとてつ先生は教頭先生になり、その小学校へ赴任していたのです。


 私は先生にすぐさま質問をしました。


「円周率の覚え方教えて下さい!」


 先生は照れながら言いました。


「まだ早い。大人になってからだなぁ」


 仕方なく私は諦めました。


 そして8年後、私は大学を卒業し教員になりました。小さな小学校の教員です。秋に研究大会がありました。管内のたくさんの先生たちが集まります。そこで私は校長先生になったを見つけてしまったのです。


 私は意外と記憶力がよく、直ぐに円周率のエッチな覚え方のことを思い出しました。私は休憩の時間を利用し、てつ先生に挨拶に行きました。


「あぁ、しほちゃん大きくなったねぇ」


 てつ先生は孫でも見るような優しい目で言いました。私はすかさず、てつ先生に質問しました。


「円周率の覚え方を教えて下さい!」


 てつ先生は驚きの表情をしました。それもそのはず、その話をしてから実に15年が経過していたのですからです。


 てつ先生は思いっきり照れていました。


「大人になったら教えてくれるって言ったじゃないですか?」


「いやいやいや......」


 てつ先生はたじたじです。


 結局てつ先生は恥ずかしがる一方で教えてはくれませんでした。


 


 そんな話を今週の初めに思い出し、てつ先生を知っている同僚たちと話をしていたのです。


 そして2日後、てつ先生の訃報を知りました。76歳でした。


 数日前に急に思い出し、温かい思い出に包まれた私に悲しみが襲いました。


『てつ先生ありがとう!もう2度と円周率の覚え方を教えてもらえなくなったのが残念です。でも楽しかった~』


 ちょっと切ないけれど、楽しかった私の記憶です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る