第4話

 おれは自分が須藤隆であることを告げ、代わりに女の子が篠田夕子というのだということを突き止めた。おれも、篠田夕子も、ボス・ギャングスタの命を狙い、この犯罪都市名古屋の平和な暮らしをとり戻すことを目指していた。

「だが、おかしいじゃないか。ボスが捕まらないから、人気の出た犯罪結社なんだぞ。ボスが作ったから出来た犯罪結社なんだぞ。そのボスが存在しないということはありえるのだろうか。考えるに、誰かが嘘をついている。あるいは、ボス・ギャングスタはすでに死んでいる」

 おれは一連の推理を披露した。篠田夕子はそれなりに気に入ったらしくて、おれのことをお気に入りの共犯者だとみなすようになっていった。

「ただね、あたしも聞いたことはあるんだよ、ボス・ギャングスタの声」

 それは、どういうことだろうか。

「組織の幹部か誰かがボス・ギャングスタの声をボイスチェンジャーか何かで作って、架空のボスを実在するように演出している、それが最も合理的な推理だ」

 おれは反論する。

 結論は出そうにないので、それを安田さんに報告した。篠田夕子のことは協力者ということにして、性別も話さなかった。

 安田さんは、おれの報告を受けて、第一次ボス・ギャングスタ討伐部隊に参加することを勧めてくれた。おれは市民の有志として、警察のボス・ギャングスタ討伐隊に参加した。篠田夕子も参加した。

 第一次ボス・ギャングスタ討伐隊の突撃。ボス・ギャングスタがいると思われる箇所三カ所への同時ガサ入れだった。

 けっこう過酷な戦いになった。それは、ギャングスタ・ファンタジスタの兵隊が銃火器を使って警察に抗戦したからだ。警察も銃火器をしようして討伐を行った。

 そんな銃撃戦の中で、おれと篠田は銃を触らせてもらえないので、棒切れで戦っていたのだが、たいそう危険であった。しかし、おれと篠田はお互いが銃に棒切れで戦いを挑む命知らずなことに満足して楽しんでいる感じがあった。

 その中でおれは確かに聞いた。ボス・ギャングスタの声を。

「ガオオオオオオオオ! おれに逆らうやつは生かしちゃおかねえ。抵抗は無意味だ。警察はとっとと降伏しろ。皆殺しだ。皆殺しだ。皆殺しだ」

 無茶苦茶、怖いだみ声で叫んでいた。これで居場所がわからない方がおかしい。

 だが、どこにも、警察が調べたかぎりでは、音響機器もボス・ギャングスタも発見されなかったのだ。

「音に関しては得意です」

 とおれは名のりでた。

 警察は始め理解できなかったようだった。

「ああ、つまり、簡単にいうと、おれは音や声を操ることができます。探知音を使って音でその場の状況を知ることもできるんです」

 警察は少し何をいわれているかわからなかったようだったが、ある時、飛び跳ねたようにおれを理解した。

「まさか、おまえ、能力者か?」

 そうだろう。普通は特殊能力をもっているなど、ありえない出来事だが、おれは音の能力者なのだから仕方ない。

「それじゃあ、ボス・ギャングスタの声がどこから発せられているのかわかるの?」

 篠田が聞いてきた。

「わかる。おれは音の能力者だからね」

「それじゃ、どこから聞こえてくるの。ボス・ギャングスタって本当にいるの? 存在するの?」

 おれは篠田や警察をがっかりさせることをいわなければならなかった。

「それが、音の能力者として断言する。ボス・ギャングスタは存在しない。ボス・ギャングスタの声などどこにも発生していない。それはただの空耳だ。他の音はすべて聞こえるが、ボス・ギャングスタの声だけは決して音波として発生してはいない」

 篠田はうんざりした表情でおれを見た。いいたいことはわかる。突然、能力者などと言い出すやつがどんな目に会うか。それはたいていこういう目に会う。

「あたしの耳には確かにボス・ギャングスタの声は聞こえたんだよ。あなたが音の能力者だってのがまちがっているんじゃないの?」

 おれは言い返すこともできずに耐え忍ぶしかなかったのだが、それは日常と戦う孤独なソルジャーなら当然のことなのだが、嬉しいことに警察からの助けがあった。

「能力者といわれる人たちが存在することは警察でも知られています。そして、警察の音響捜査班によっても、ボス・ギャングスタの声はまったく録音できないというのが現実なのです。どのようなボス・ギャングスタの声に防壁があるのかはっきりしませんが、須藤くんのいってることは警察の見解と一致します」

 篠田はそれでおれを認めざるを得なかったようだった。

「ガオオオオオオオオ! 無駄だ、無駄だ。警察ども。おれ様の声を記録するなど無駄なことだ。おれ様は絶対に逮捕されない。死ね死ね死ね死ねえ」

 警察はギャングスタ・ファンタジスタの兵隊との銃撃戦でいくらかの負傷者は出しつつも、相手の戦力をあらかじめ把握していたこともあり、最終的には征圧しかかっているところだった。

 警察が必死になって求めているのは、声だけ聞こえてくるボス・ギャングスタの身体の確保だった。

「くそお、今度こそ、逃がすわけにはいかない」

 警察はかなり頑張っているようだったが、ボス・ギャングスタがどこにいるのかはさっぱりわからなかった。

 おれが気付いたのは、ギャングスタ・ファンタジスタの兵隊の異常さだった。みんな、目が死んでいる。疲れ切った疲労困ぱいした目をしている。

「ボスの声が二十四時間聞こえてくるんだよお。あいつらを殺せ、あいつらを殺せってなあ。逆らえば殺される。もう逃げられねえんだよ」

 姿の見えない犯罪結社のボス。それに従い、幹部も兵隊も動いている。謎の命令主、ボス・ギャングスタ。

 結局、ボス・ギャングスタの正体は見つからないまま、ボス・ギャングスタ討伐は終わった。目的地を征圧したということでは成功だが、肝心のボス・ギャングスタの正体についてまったくわからないままだった。

「くそっ、また、逃げられた」

 警察がいっていた。

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