幸せな時に約束をしないこと。

かなや わん

第1話


幸せな時に約束をしないこと。

怒っている時に返事をしないこと。

悲しい時に決断をしないこと。


8割方のことは記憶から抜け落ちたことすら分からないほどスっと忘れてしまうのに、7年前の自分がTwitterで見かけたこの言葉は、僕の中を今でもずっと、ずっと、噛み切れずに飲み込めない固いお肉のように喉を通らずに残っている。



13歳から14歳になる3ヶ月前。

僕と君は付き合った。

付き合ったなんて言うけれども中学生のそれはまるで今考えればおままごとの延長線。お友達の延長戦。

それでも今を生きる僕たちは至って本気だった。「好き」という言葉の意味が「君」、だと思うくらいには好きだった。何を聴いてもラブソングに思えてくるし、恋愛映画の中の主人公は僕で、もちろん相手は君。まあきっと恋をしている若者の大半はこうなる。例外なく僕もそう。いや僕ら、だ。


手を初めて繋いだのは付き合って1ヶ月経ったか経ってないかくらい。

12月に入り、日に日に寒くなる毎日。空気はカラカラで毎日火事のニュースが流れてくる。それでもこの日の僕の手はじっとりと湿っていた。たぶん雑巾ならまだ絞れるレベル。

火曜と木曜は一緒に帰ろう、だなんて決めて学校から駅までの急な坂をゆっくり喋りながら下る僕ら。僕の学校は高いところにあって、景色がとても良く、天気が良ければ富士山だってみえた。この日も綺麗な夕焼けと赤橙色に染まる街並み、そしてその背後にそびえ立つこの距離でもわかるほど大きな富士山を見ながら歩いていた。いや見ていた、というより見守られていた。

日曜の夜に固めた決意を未だ踏み出せずに歩く僕。何の気なしに横を歩く君。それでもきっと緊張は伝わって彼女も少し無口になる。この日一日の会話はきっと全部僕じゃない僕がしていた。それでも何とか場を繋げていた、と信じている。

先生に怒られている時とはまた違う静けさの中13年で1番の勇気を振り絞って、やっと今日初めて『僕』が口を開いた。


「今日も寒いね」


「冬、嫌い?」


「寒いのは好きじゃないな」


「私も。私、末端冷え性なんだよね」


「ガチ?どんくらい?」なんて言った時にはもう僕の手は君の手を包んでいた。よく覚えていないが、きっと今しかないって分かった。テストを解いていて進研ゼミでやった問題だ!ってなるくらいには、どうすればいいか体が分かって動いていた。

僕らのことを見守っていた富士山に夕陽が隠れようとしていた。

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