第100話 日常への帰還、小鳥遊くくるのマネージャー

 PM12:35

 東京ビックサイト 東棟


「あ、迅たんたち戻って来た! おーい!」


 サークルスペースへと戻って来た俺たちを、黛は手を振って迎える。


「突然いなくなったからビックリしたぜ」

「はは、心配かけてすいません」


 来栖の言葉に、俺は乾いた笑いを漏らした。


「アレ? てか隼たんなんか痩せた?」

「あ、ホントだ。ちょっとスリムになっとる気がする」

『うっ!?』


 やっぱり勘付かれたか……。


 俺と隼太は目配せをする。

 

 サークルスペースに戻る道中、俺と隼太は重大な事実に二つ気が付いた。


 一つは隼太が上半身全裸になっていたこと。

 そしてもう一つは、あれだけ太っていた隼太がいきなりモデルのようなスリム体型になっているという異常事態である。


 会議棟にいた時は大して深く考えていなかったが、あの状態で黛たちの元に戻るワケにはいかない。


 そこで俺たちは会場内のショップに駆け込み、オタTを購入。これによって隼太半裸問題は解決した。


 そしてもう一つの問題について。

 俺たちは会場内にあるコンビニに駆け込み、所持していた金でありったけの食料を買い、隼太はそれを食べ、体内にカロリーを補給した。


 一種の賭けだったが、これが大当たり。

 隼太は体内の脂肪を即座に燃焼できるようになっていただけではなく、食べたものを即座に脂肪として蓄積させることも可能になっていた。


 だが俺たちの持っていた所持金で買える食料では隼太を完全に元の体型に戻すことは叶わなかった。

 今の隼太は、元のせいぜい70%ほどの脂肪しかない。


 よって、黛たちから見れば、隼太が大分痩せているような印象を受けるのは当然だった。


 ーーなので、ここから先は俺たちの腕の見せ所である。

 まぁ腕の見せ所と言っても……。


「い、いやぁ!? この炎天下の中走ったからでござるなぁきっと!! うん、そうに違いないでござる!!」

「そーそー! 隼太は代謝がいいなぁ!!」


 無理やりゴリ押すだけなのだが。

 

 正直なところ、この短時間で痩せていることを正当化する理由なんざどう取り繕ったところで不自然だ。

 だから僕たちはとりあえずそれっぽい理屈をこねて、あとは声量で誤魔化すことにした。


 結果は……。


「え、マジ!? なにソレ最強サイキョーじゃん!」

「うらやま過ぎ〜!」


 どうやら成功のようだ。


 よかった。コイツらがバカで……。


 俺はホッと内心で安堵する。 だがその時であった。


「う、うぅ……」


 黛たちの後ろで、鼻をすするような音が聞こえた。


「か、柿崎くぅん……よ、よかった。ぶじれよかったれすぅぅぅぅ!!」

「おぉふ!? ま、牧野殿ぉ!?」


 突如として大泣きする牧野さんに、隼太は動揺する。


「あ〜、隼たんがずんちゃん泣かした〜」

「こんなかわええ子泣かすと罪な男過ぎんかー?」

「えぇ!? い、いや拙者もなにがなにやら……」


 黛と来栖のからかいにさらに動揺を加速させる隼太。

 そんな中、真白が俺の方に近づいてきた。


 ーーそして、


「おつかれ」


 彼女は小声で、そう言った。

 その言葉は、今回の騒動が本当に終わったことを実感させる。


「あのーすみません。新刊ってまだ売ってますか?」


 そして次の瞬間、牧野さんの本を買いに来た客を見て、日常へ帰って来たことへの喜びを噛みしめる。


「あ、は~い! ありますよ~!」

「うへぇ、昼休憩終わって客足が戻って来たなーこりゃ」


 客の登場に隼太をいじることを止め、黛と来栖は持ち場に戻る。


「さ、さぁ! 後半戦でござる!! まずはこれを乗り切りましょうぞ!!」


 天からの助け。まるでその恩恵にあやかるよう、隼太は長蛇の列を背に、高らかと宣言する。


「あはは、隼たん調子上々テンアゲじゃ~ん!」

「うっし! あーしらも気張きばっかー!」


 黛と来栖はそう意気込む。

 それを見て、俺と真白は顔を見合わせた。


「ちゃんと働いてよね。アンタらがで抜けてた分、ウチらだけで回してたんだから」

「……了解です」


 ニヤリと笑いながら、俺の肩を叩く真白。

 俺はそんな彼女に対し、無理やり笑みを浮かべ、言葉を返す。


「ぶうぇぇぇぇぇん!!」

「ま、牧野殿!! も、もう泣き止んで下され!! 人が!! 人が見てます故!!」


 そうして、隼太と牧野さんの喧騒をBGMに、俺は持ち場へとついたのだった。


 その後、無事に……というか当然のごとく牧野さんの本は完売。

 この日、一般参加のサークルで一番大盛況のサークルだったのは、言うまでもない。



 東京都千代田区


 大人気Vtuberグループ【ハウンズ】。

 それを運営しているのは『EVOREAL株式会社』である。


 当然ながらVtuber業界の最大手。

 Vtuberに関するノウハウはもちろん、最先端の設備が揃っている。


「それじゃあ皆ー! コミケ楽しんでねー!」


 そしてここは【ハウンズ】所属のライバーが3D配信を行うため、EVOREALが保有している3Dスタジオ。

 快活な声をスタジオに響き渡らせた彼女は、そのまま配信を終了した。

 

「ふぅ」


 直後、彼女は一息をく。そのさまは一仕事を終えたプロといった感じだ。


「お疲れ様」


 そんな彼女に対し、ねぎらいの言葉を掛ける男が一人。

 彼は少女へタオルを手渡した。


「あ、マネージャーさん。ありがとうございます」

 

 マネージャー呼んだ男からタオルを受け取った少女は、額の汗を拭う。


「会場内をライブ映像で確認したがけど、【ハウンズ】の企業ブースは大盛況。そしてコミケ参加者に向けた限定3Dライブ配信も大好評だったよ」

「あはは、それなら良かったです」


 マネージャーからの報告に、たった今その限定ライブ配信を終えた【ハウンズ】のVtuber、その『中の人』である少女はそう口にする。


「あーあ、私もコミケ行きたかったです。せっかく『ずんだ餅』さんがサークル参加してるのに」

「それはごめんね。『ずんだ餅』さんのサークルは今回が初参加ということもあって、多くの方が足を運んでる。そこに君が行くことは身バレの危険性が非常に高い」

「むー、分かってますよ」


 頬を膨らませる少女。

 そんな彼女を見てか、マネージャーは口を開く。


「大丈夫。ああして表に出てきたということは、その内ちゃんと面と向かって話す機会があるさ」

「あ、そうですよね!」


 マネージャーの言葉に、少女は表情を輝かせる。


「ふふ、楽しみです!」

「あぁ、そうだね」


 少女とマネージャーである男はそれぞれ思い抱く。


 だがその思いの先は、異なっていた。


 大人気Vtuver『小鳥遊くくる』の中の人である少女は『小鳥遊くくる』の公式絵師ママである『ずんだ餅』に。


 そして……。


 再会が楽しみだよ、迅。


 そのマネージャー。

 かつて【悪童十傑】に数えられ、

【羅天煌】『壱番隊隊長』だった男は、

 

 自分が認めた数少ない友へと、思いを馳せた。

 


◆◆◆


 第四章まで読んでいただきありがとうございました。

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