第84話 その陰キャ、コミケ戦線に立つ ①

 8月12日、朝8:30

 僕たちはコミケが開催される会場、『東京ビックサイト』の前に立っていた。


「それにしても凄いな……あれ、皆参加者か?」

「うむ! 拙者たちと同じくあの戦場で戦果を上げようとする戦士たちでござる!」


 会場前に並ぶ長蛇の列を隼太は指し示す。


「つか何気にウチ、こーやってちゃんとビックサイト見んのハツだわ」

「私も~。意外と来る機会ないよね~」

「あーしもっとっさい会場トコでやんのかと思ってた。完全にナメてたわこりゃ」


 と、そこで真白と黛、来栖が口々にそう呟いた。

 

「いやー、やはり未だに信じられないでござるな。このコミケというオタクの主戦場に、まさか夢乃殿たちのようなギャルが参戦するとは」


 真白たちを見ながら、隼太は落ち着いた口調でそう漏らす。


「なんか……悟り開いてないか隼太?」


 その様子を見て、思わず僕はそう言った。


「ハハハ。ここ一週間、彼女らと関わることが多かったでござるからなぁ。ギャル三人に対しオタク一人、なんとか適応した結果でござる」


 乾いた笑いを浮かべ、目を細める隼太。その様は仏と言って差し支えない。

 どうやらこの一週間で、隼太は進化(?)したようだ。


「ささ、こっちでござる」

「あれ? そっちなの隼たん? 皆あっちに並んでるけど」

「あちらは一般参加用の入場口でござる。サークル参加の拙者たちの入場口は別でござる」

「あ~なる」


 隼太の説明に納得する黛。

 

「さ、行くでござる……ってあれ!? ま、牧野殿は何処いずこへ!?」

「あぁ。牧野さんならあそこだ」


 疑問に答えるように、僕は視線を向けて示す。

 牧野さんは約十メートル先の壁の後ろに隠れるようにして、こちらを伺っていた。


「牧野殿!? なぜそんなところに!?」

「……」


 隼太の問いに応えるように、牧野さんはどこか怯えたような目をこちらへ向ける。

「こちら」――それは真白たちだ。


 事前情報として、牧野さんには真白たちがコスプレイヤーの売り子として参加することは伝えてあった。

 だがそれはそれ。実際にこうして真白たちと対面することに、緊張感を覚えているのだろう。


「あれあれ~? なんでそんなトコいるの~」

「主役は堂々としてないとー」


 しかし、そんな牧野さんの心情を気にすることも無く、黛と来栖はズカズカと踏み込むように、彼女の元へと走って行った。


「ひっ……あ、あのぅ……」


 近距離で黛と来栖と対面した牧野さんは視線を逸らし、おどおどとした様子を見せる。


「なに言ってるかわかんなーい! とりあえずこっちこっちー!」

「れちゅごーれちゅごー!」

「はひぃ!?」


 そして黛に手を引かれ、来栖に背中を押される形で、牧野さんを無理やり連れて来た。


「てなワケでぇ! 今日はあーしらがばっちしコスして本売りまくっから、よろしくね『ずんちゃん』」

「え!? あ、あのぉずんちゃんっていうのは……」

「杏ちゃんの本描くときの名前って「ずんだ餅」なんでしょ~? だから、ずんちゃん!」

「そそ! いや~、やっぱりアイのネーミングセンス爆発してるわぁ! 聞いた瞬間「それだ!」ってなったもん」

「えへへ~褒めてもなにも出ないよ~。それよりこの前のパフェのお金返して~」

「えへへ~もうちょっと待って~」


 盛り上がる黛と来栖。

 それを見て牧野さんはただただ困惑する。


「ねぇ」

「は、はひっ!?」


 と、その時。今度は真白が牧野さんに声を掛ける。


「……」 

「あ、あの……な、なんで、しょ、しょうか……?」

 

 しかし、声を掛けたもののそれ以降言葉を発さない真白に対し、牧野さんは恐る恐る問い掛けた。


「……」

「ふ、ふぇぇ……」


 が、それでもただまじまじと牧野さんを見つめるだけの真白。

 見かねた僕は、その間に割って入ることにした。


「あ、あの夢乃さん。牧野さんが困ってるので、その辺で……」

「……」


 ん? な、なんだ真白のやつ。ジト目でこっちを見て。


「え、えーと……? ど、どうかしましたか……?」

「……別にー、なんでもない」


 真白はそう言うと、僕の問いをはぐらかした。


「ちょいちょいちょい。なぁにびみょい空気なってんのそこ〜」

「楽しくいこうぜぇー?」


 と、そこに介入してくる黛と来栖。

 二人の存在はまるで清涼剤のような役割を果たし、僕と真白と牧野さんの間に流れていた空気を一瞬にして浄化した。


「ごめんね〜ずんちゃん。ましろんはずんちゃんのこと、ちょ〜っと意識しちゃってるだけなんだよ〜。でも嫌ってるとかじゃないから安心してね〜」

「へ? そ、それはどういう……」

「わぁぁぁぁ!!?? な、なななななに言ってんのアイ!!」


 黛の言葉に、真白は手をブンブンと振りながら慌てふためいた。


「あのバカの言うことは全然気にしなくていいから! あとそれはそれとしてジロジロ見てごめんずんちゃん!!」

「ひゃ、ひゃい!?」


 鬼気迫る表情で詰め寄る真白に、牧野さんは反射的に声を上げる。


 てかコイツも今サラッとずんちゃんって呼んだな……。


 などと思ったのも束の間、


「さ、さぁ! 気を取り直して、拙者たちの設営場所に向かうでござる!」


 隼太の一声によって、僕たちはようやく設営場所へと向かうのであった。



 直接設営場所へ向かう迅、隼太、杏。

 彼らと途中で別れた真白と亜亥、りりあはコスプレ衣装に着替えるため、女子更衣室に向かっていた。


「アイ、あんたねぇ……」

「ふふふ〜、嫉妬ジェラってたねぇましろん」


 更衣室に向かう道中、半眼を向ける真白に亜亥はほがらかに笑う。


「まぁ見た感じ、ずんちゃん別に迅たんのこと恋愛ラブに見てなかったから心配しなくてもいいと思うよ〜?」

「そんなのわかんないでしょ!? 迅が大好きなVtuberを描いた子なんだから!! コロッと好きになっちゃうかもしれないじゃん!!

「お、おぉ〜……迫真マジだねましろん」


 鬼気迫る真白の表情に、思わず亜亥はたじろぐ。


 そう、真白が杏を見つめていた理由。それは彼女が小鳥遊くくるの絵師ママであり、迅が敬愛し崇拝する人物だからである。

 

「まぁまぁ、落ち着きなってましろー」


 と、そこでりりあが真白の肩を叩く。

 

「もしずんちゃんが恋敵ライバルになっても、やることは変わらないっしょ?」

「……たしかに、それもそっか」


 りりあの言葉に、顔をしかめるも納得する真白。

 そして、彼女は拳を握りしめた。


「よぉし! 気持ちリセット! アタシは負けない! 絶対じんを落とォす!」


 その眼にはたしかな闘志が宿る。


「「おー」」


 パチパチパチ。


 そんな彼女に対し、亜亥とりりあは棒読みで拍手をするのであった。

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