第64話 その陰キャ、茶化される

「うし、これでいいな?」


 薬丸を倒した走司は、詩織にそう問い掛ける。


「は、はい!! ほ、本当にありがとうございます!!」


 対し、詩織は大声で感謝を述べ頭を下げた。


「それにす、凄かったです!! まさかこんな一介の不良オタクの私が秋名走司さんと【牙狼丸】さんの戦いを見ることができるなんて!! 最高に光栄です!! 今日の光景を思い出してご飯を食べるだけで何杯でもお替りできます!!」


 興奮気味に、オタク節全開で走司の元へ走りグイグイと喋る詩織。


「ん!? お、おぉそうか!! 分かってんじゃねぇか嬢ちゃん!! アンタ良い奴だなぁ!!」


 それに気を良くした走司は高らかに笑いながら彼女の肩を叩いた。


「んで、嬢ちゃんはカシラのなんなんだ?」

「へっ!? わ、私ですか!?」

「おう」


 え、えーとなんて言おう……? 別に友だちじゃないし、というか友だちなんておそれ多いし……!!

 考えてみれば唯ヶ原君は私のことどう思ってるんだろう……? っていやいやいや何言ってるの私!! 唯ヶ原君との関係なんて言い方まるで友達以上恋人未満みたいなことをぉ!!


 高速で脳が回転する詩織。頭から煙が出そうな思考の末彼女が出した答えは……。


「ゆ、唯ヶ原君とは同じ高校に通ってるだけの知り合いです……」


 何とも平凡なモノだった。


「なんでそんなしょぼくれてんだよ?」


 やるせない様子で答える詩織に走司は首を傾げる。


「まぁいいか。そんで? カシラと知り合いの嬢ちゃん、どうして頭は嬢ちゃんに俺の連絡先を教えたんだ?」

「あ、えとそれは……」


 そこから、詩織は事細かな経緯を話し出した。


 迅が高校に入学してから二度、不良絡みの事件に巻き込まれたこと。

 今回のオリエンテーション合宿でも巻き込まれる可能性があること。

 だから危険が及んだ時危害が及ばないよう、詩織が走司との連絡手段を教えてもらったこと。


 詩織から全ての説明を聞き終えた走司は、ニヤリと笑う。


「おいおい、どこがタダの知り合いだよ嬢ちゃん」

「え……?」


 あまりにも想定外な走司の言葉に、詩織は声が出た。


「アンタ、相当カシラから気に掛けられてるじゃねぇか」

「い、いや! そんなことないですよ!」

「あるっての。頭と数年の付き合いの俺が言うんだ。間違いねぇよ」

「……」


 ゆ、唯ヶ原君が……私を……。


「ふ、ふへ」

 

 自然と顔がニヤける詩織。

 直後、彼女は自身の頬を叩いた。


 ってなに喜んでるの私ぃ!! 推しから特別扱いされてるなんてそんな自惚れたことを思っちゃダメ!! たしかに私はガチ恋勢だけど!! それはオタクの禁忌タブー!! 一歩間違えれば暗黒面ダークサイドに転落!! 例え【悪童十傑】の秋名さんが言っても、それだけは認めちゃいけないの!! 認知されてるだけで幸せなの私はぁ!!


「はは、やっぱ嬢ちゃんおもしれぇな」


 目の前で激しく感情の波が行き交っている詩織を見て、走司言った。


 プルルルルルル。


「ん?」


 その時、詩織のスマホが鳴った。

 ポケットから取り出し、画面を見た彼女は目を見開くと即座にスマホを耳に当て応答する。


「も、もしもし唯ヶ原君ですか!?」

『あぁ。そっちは大丈夫か?』

「え、えぇとですね……」


 言いあぐねる詩織、それを見た走司は彼女からスマホを奪い取った。


「よぉカシラ。俺だぜ」

『……』


 発された走司の声に、迅はしばしの沈黙。

 だが数秒後、彼は『はぁ』と溜息を吐いた。


『今から位置情報を送る。そこで合流するぞ』



「ははは!! 頭ァ!! 会いたかったぜぇ!!」

「へいへい。分かったから俺の周りを走んのやめてくれ」

「おう!!」


 俺の言葉に従うように、走司はブレーキを掛けた。

 次いで、俺はもう一方へと目をやる。


「……」

「え、えぇーと」


 そこでは何故か坂町を不機嫌そうな目で見る真白と、困惑する坂町がいた。


「迅から聞いた。アンタが色々あって迅の秘密を知ってるって」

「そ、それは……」


 チラリと、坂町がこちらを見る。


「夢乃はもう知ってる。だから隠さなくていい」


 この状況下であれば夢乃に俺のことが露見バレていることは容易に分かるのだが、念には念を入れてのことだろう。

 いいんですか? という坂町の視線に俺は答えた。


「……う、うん。私は唯ヶ原くんの秘密、知ってたよ」


 俺の意思を確認した坂町は、真白に向き直りそう告げる。


「……」


 そんな彼女を、真白はジト目で見ていた。


「な、なにかな?」


 恐る恐る問う坂町。

 が、その問いに真白は明確に答えることはなく、ただ一言。


「別に、なんでもない」


 そう言った。

 

「……?」


 不可思議そうな表情をする坂町。

 俺はそんな坂町と、恐らく同様の思いを抱く。


 なんなんだ真白の奴……。


 が、それも束の間。


「はは、なぁんかオモロそうなことになってんなぁカシラぁ」


 走司が俺の肩に手を掛けてくる。


 イラッ。


 何故か無性に苛立った俺は、走司の服の襟首を掴み、持ち上げた。


「ちょっ!? 待て頭!! 俺が悪かったぁ!!」


 問答無用。

 慈悲も無く、俺は単車バイクから走司を無理やり下ろした。

 すると、


「ひぃぃぃぃぃごめんなさい迅さぁん!!」

『え?』


 突然みっともなく喚き出す走司に、坂町真白の声が声がハモる。


「うぅ……」

「あ、秋名さんが別人になったァァァァァァ!!?? ど、どうなってるんですかぁ!!??」 


 坂町が叫ぶ。まぁ無理もない反応だ。

 というわけで、俺は説明することにした。


「走司は単車バイクに乗ると性格が変わるんだよ」

「か、変わるっていうか……体格も変わってる気がするんだけど……」


 真白の言う通り。

 今の走司は単車バイクに乗っている時よりも明らかに痩せ細くなっている。

 俺もどういう原理かは分からんが、とにかく走司は単車バイクに乗っている時と乗らない時で人が変わるのだ。


「走司。一応でも挨拶しとけ」


 俺がそう促すと、走司はおずおずと二人の前に出る。


「え、えぇとそのぉ……あ、秋名走司、です。あ、改めて……よろしく、お願いします」


 言葉を途切れさせながら話す走司。


「えーと、よろしく」


 対し、真白は戸惑いながらも挨拶を返す。そして坂町は……。


「よ、よろしくお願いしまぅぅぅぅ!!」


 走司の手を握り、ブンブンと腕を振りながら興奮気味に叫んだ。

 

「うぇっ!?」


 突然の坂町の行動に、走司は顔を真っ赤にして戸惑う。


「ま、まさかあの【爆走番長】秋名走司さんにこんな秘密があったなんて!! 超エキサイティングです!!」

「エ、エキ? なに? よ、よく分からないけどやめて下さい……!」

「あ、あぁすみませんすみません!! 私としたことが不良オタクとしてあるまじき行動を!! 土下座してお詫びします!!」

「そ、そんなことしなくていいですよ!! た、ただあの……少し、恥ずかしかっただけ、なので……」

「ゴフッ……(吐血)」


 坂町は地面に倒れた。


「これが、ギャップ萌え……って奴か……」


 そう言って彼女はゆっくりと目を閉じた。


「ねぇ……?」


 坂町を指差し何アレ? とでも言いたげな表情を向ける真白。

 彼女にとっては走司の性格の変化よりも本性をさらけ出した坂町の方が衝撃が強いようだ。

 俺は額に手を当てる。


「はぁ……ったく、とりあえず話をまとめるぞ」

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