第3話 その陰キャ、学園のアイドルに迫られる

 やっちまった……。


 くくるちゃん限定モデルのスマホカバーを傷つけた野郎を殴り飛ばした翌日。僕は激しく後悔していた。


 無論、男を殴り飛ばしたことについてではない。それに関しては一片の悔いもない。


 やってしまったというのは、僕があの男を殴り飛ばす様を、あの女に見られてしまったということだ。

 あの時は後先考えずすぐにその場を立ち去ったが、冷静に考えればそんなことでどうにかなるはずもない。


 あの女は僕と同じくこの学校の生徒。もし昨日のことを言いふらされでもしたら、僕の平穏な学校生活は壊れてしまう。

 それだけは何としても避けねばならない。


「おはようですぞ迅殿」

「ん?」


 そう新たな決意を胸に校門をくぐった僕に、声を掛ける男がいた。


「おぉ隼太はやた。おはよう」


 僕はそう挨拶をする。

 男の名前は柿崎隼太かきざきはやた。僕の掛けているモノとは違い、ちゃんと度の入っているメガネを掛け、かなり肥えた体型が特徴のクラスメイト。学校での唯一の友人だ。


「いやぁ、昨日は災難でしたな」


 心底気の毒そうな目を隼太は僕の向ける。


「そう思うんだったらあの時助けてくれよ」

「ははは! 何を言っているんですかな迅殿! 陰の者であるこの拙者にそんな芸当ができるとでも!?」

「冗ー談。言ってみただけだよ」


 予想通りの隼太の発言。僕にとって、こういうタイプの人間と関わるのはコイツが初めてだ。

 そして、何故コイツとつるんでいるかと言えば……。


「分かっているようで何よりですぞ。それよりも、見ましたかな昨日の配信」

「勿論だ!」


 コイツが僕と同じ、くくるちゃんのファンだからだ。

 まぁコイツの場合は彼女だけではなく、彼女が所属するVtuber事務所【ハウンズ】に所属するメンバー全員を推している……いわゆる『箱推し』なのだが、それでもくくるちゃんを推していることには変わらない。

 僕と隼太はくくるちゃんを応援しているオタク仲間である。


「所持していたアイテムを全ロスした時のドスの利いた叫び声……眼福ならぬ耳福でしたな」

「あぁ。そんでもってその後めげずにアイテムを集めて直していく様子には感動したよ」

「そうですな。更にくくるちゃんを助けるためにリリスちゃんやみるふぃちゃんも参加する突発コラボ。あの配信をリアルタイムで観れたことは拙者の誇りですぞ」


『如月リリス』、『折原みるふぃ』。

 共にくくるちゃんと同じ【ハウンズ】に所属しているVtuberだ。

 この事務所は今最も勢いのあるvtuber事務所と言っても過言じゃなく、所属するメンバーのチャンネル登録者数は軒並み100万人を超えている。

 ちなみにくくるちゃんのチャンネル登録者数は115万人(今朝の僕調べ)だ。


「この前の配信で、あの三人のユニット結成の報告もありましたし、これはオリジナル曲の配信や開催告知のあったユニットでのイベントが楽しみですな。予告のあった物販のバリエーションも豊富ですし、迅殿は誰の商品を買うか決めているのですかな?」

「おいおい隼太。分かりきってること聞くなよ」

「はは、そうでしたな。くくるちゃん単推し迅殿には、意味の無い質問でした」


 楽しい――同じ趣味を持つ者同士での弾む会話に対し、純粋にそう思う俺だが、


「っ!?」


 咄嗟に、隼太の影に隠れた。


「む? どうしたんですかな迅殿?」


 俺の突然の行動に隼太は目を丸くする。


「いや、ちょっとな……」


 そう言って、俺は目線を歩いているに向ける。


「ん? あぁ、坂町詩織ですな」

「え、知ってるのか隼太!?」


 まさかの隼太からその名前が出てことに驚いた。


「勿論。ただの同級生ならまだしも、学園のアイドルを知らない人の方が珍しいですぞ」

「学園の、ア、アイドル……? ていうかちょっと待て同級生? 僕たちと一緒で高校に入ったばっかりなのにいきなりそんな大層なあだ名があるのか?」

「ここらで彼女は有名人ですからな。当然この学校でも彼女を知っている者は多くいる。それが原因でしょう」

「へぇ……一体何者なんだ? あの女」

「あぁ、そう言えば迅殿は東京に来てまだ日が浅いんでしたな。ならば拙者が説明いたしましょう。彼女の名前は坂町詩織。あの美しい容姿に加え文武両道、両親は共に大企業の重役です。おまけに幼少期は天才子役としてテレビで引っ張りだこ。ここまで要素がてんこ盛りだともう笑うしかないですな」

「は、はは……」

「む? どうしたのですかな迅殿。随分と乾いた笑い声を出して」

「い、いやぁ……」


 くそ!! よりによってそんな奴なのかあの女……!!

 い、いや落ち着け!! 向こうは俺がこの学校の生徒だってことしか知らないはずだ。暗がりで顔も良く分かってないだろうし、気付かれないように立ち回れば……。



「すみません。唯ヶ原君ってこのクラスにいますか?」

「……」


 うん、終わった。


 教室のドアが開き、昨日の女が僕の名前を呼ぶのを見て、そう思った。


「お、おいあの子!」

「あぁ。A組の坂町詩織だ」

「つーか今唯ヶ原のこと呼ばなかったか?」


 ざわざわと、教室内がざわめき立つ。


「あ、いた!」


 すると、そんな教室内の空気をものともせず、坂町詩織は俺の席まで駆け寄って来た。


「唯ヶ原君! 昨日はありがとう」

「は、ははぁ何のこと? 言ってる意味が全然分からないんだけど」


 他人のフリ、他人のフリだ……!!


 僕は知らぬ存ぜぬの一点張りで押し通す。


「いや! 私の目は誤魔化せないよ。今こうして会ってみて確信した。昨日の人は間違いなく君!」


 このアマァ……!! どうしてもの平穏をぶち壊してぇのかァ!?


「おいおいどーゆうこったよ坂町」


 と、俺の怒りゲージが上昇していく中、最近よく聞く声が聞こえてきた。

 昨日俺を殴った咢宮だ。そしてその両隣には取り巻きA、Bがいる。


 ……つーか、何でコイツ手に包帯巻いてるんだ?

 

 何故か巻かれている右手の包帯を見て、僕は冷静になった。


「こんな奴がお前を助けたなんてあり得ねぇだろ。どんな冗談だ」

「……」


 が、咢宮……お前。まさか僕を助けてくれるのか!? 昨日まで俺に敵意むき出しだったお前が……!! それなら殴られて甲斐もあるってもんだ!!

 ありがとう、ありがとう咢宮!! そして昨日まで名前も憶えてなくてごめん!


 まさに昨日の敵は今日の友。意外な所から現れた助け船に俺は感動する。


「咢宮さんの言う通りだぜ! こんなチンケなオタク野郎が詩織ちゃんを助けるワケがねぇ」

「そうそう! 間違いなく人違いだ!」


 更には取り巻きA、Bからも助け船が。

 まさにライバルや敵対していた者たちが一つの目的のために協力する王道の少年漫画みたいな展開だ。

 よし! 一緒に協力してこの局面を乗り切ろうじゃないか!!


 心強い援軍を得て、僕は坂町詩織に向き直る。


「百歩譲って、仮に助けたとしてもだ。どうせハンカチを貸したとかそんなレベルだろ? ンなモン近くにいる奴ならその気になりゃ誰でもできる。いつもいつも礼を尽くそうとし過ぎなんだよお前は」


 おぉ!! ナイスアシストだ咢宮!!


「そ、そんなことないよ! 私は昨日唯ヶ原君に……!!」

「あーそうだ思い出した!! そう!! その通りだよ咢宮君!! 僕は昨日、ハンカチが無くなって困っていた坂町さんにハンカチを貸してあげたんだ!!」

「え……?」

「はっはっはっは!! だろうなぁ!! そんなこったろうと思ったぜぇ!!」

「だから違うってば!」


 くっ!! しつこいなコイツ……!! 折角咢宮のおかげで勘違いで上手い感じに収まりそうなのにこのままでは面倒なことになってしまう……!!


 そう判断した僕は、


「わざわざハンカチを返しに来てくれるなんてありがとう坂町さん! ここじゃなんだしちょっと一緒に来て!!」

「え、ちょ……!?」


 多少強引だが坂町の手首を掴む。


 咢宮、この借りは必ず返すからな!


 そしてそう誓ながら、僕は坂町を連れ教室を出た。



 全く、坂町の奴とんだ勘違いをしてやがったな。


 心の中で咢宮誠ニは思う。

【終蘇悪怒】のメンバーである彼は、坂町が昨日同じメンバーのナンバー2である立川に迫られたことを知っていた。

 そして、その彼が無様に壁にめり込まされたことも。


 坂町を助けたってことは、アレをやったのが唯ヶ原ってことになる。

 ふん、そんなバカな話があるか。

 アイツはただのカースト底辺のオタク野郎。立川さんを一撃で倒すなんてあり得ねぇ。


 誠ニはそう結論づけた。


 にしても立川さんを倒した野郎か……へへ、そいつを見つけた差し出せばチーム内での俺の地位が上がる!! なんとしても見つけてやるぜ!!


 容疑者から犯人を除外するという愚行を繰り出した誠ニはそうほくそ笑むのだった。



◆◆◆


 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 もしよろしければ続きが気になる方は

 ★評価とフォローしてくださると嬉しいです!

 応援が励みになります!


※現在『ギャルにパシリとして気に入られた俺は解放されるために奮闘する。』というラブコメも連載中です!

かなりとても面白い感じになってると思いますのでよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです!

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330649946533267

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る