悪魔の先生

 僕が保育士2年目の時に、同じクラスで担任をしたs先生という人がいる。


 その先生はものすごくベテランで、ものすごく怖くて、誰にでも厳しい先生だった。子どもにも保護者にも、園長にも、ほかの保育士にも、容赦のない先生だった。自分の前世はフランス人だと言い、イギリスのバーバリーのコートを華麗に着こなす先生だった。

 そして、何よりも韓国と東方神起を愛していた。


 その先生とクラス担任をすることになった時、僕は仲の良かった主任の前で泣いた。絶対ムリだと。やっていけねえと。

 それくらい怖い先生だったのだ。


 s先生はとにかく口が悪い。何に対してもズバッとものを言う。言葉をオブラートで包まない。そもそも包む気すらない。

 あと子どもにめっちゃ怒る。とにかく怒る。子どもに怒鳴る。とにかく怒鳴る。こちらが見ていて辛くなるほどに。


 思ったことをとにかくはっきり言うので、特に保護者からは嫌われていた。本当に、グサッとくることを保護者にも言うのだ。一刀両断と言わんばかりに。

 なので、保護者からその先生の愚痴が僕にくる。僕も保護者に同意せざるを得ない。くらいに辛口な先生だった。

 おかげで僕は保護者から好かれ、s先生も保護者対応は基本的に僕に任せた。


 僕に対しても厳しかった。保育中に「なぜ!」と急に聞いてくるので、その度に僕はものすごくテンパった。


 しかし、このs先生、ものすごく仕事ができる人だった。そしてs先生の言うことはもっともなことが多かった。


 s先生が考え出した、「効率のいい保育」は革命だと思った。

 当時、一斉保育が主流の中で、どこよりも早くグループ保育を導入し、自由遊び以外は子どもを発達バランスを考えたグループに分けて行動する、という保育方法を編み出したのだ。


 その保育方法は、子どもや保育士の負担とストレスを大きく減らした。


 それと、S先生は考え方が柔らかかった。クラス会議でも僕みたいな新米の保育士の意見をきちんと聞くし、いい考えだと思うと、すぐに「そうしよう」と保育内容を切り替えた。

 自分が間違っているとわかるとすぐに認めるし、良いと思ったことは自分の嫌いな人の意見でも柔軟に取り入れていた。


 プライドが高く、決して謙虚な人ではなかったけど、だからといって偉そうにしたり、人を見下すこともしなかった。とても珍しいタイプの先生だと思う。

 好き嫌いは激しかったけど。「あの先生の保育、嫌い」とはっきり言う人だったけど。


 僕の保育園はベテランの先生ばかりだったが、s先生を始め、柔軟な考え方をする人が多かった。価値観が凝り固まった保育士たちは山のようにいる。今でもサービス残業をした方がえらい、という考えの園や保育士も多い。


 しかし、僕の園は「時間内に仕事が終わらない奴は仕事のできない奴」という考えがあり、よほどのことがない限り、みんな退勤時間には帰っていた。仕事のできる先生たちがたくさんいたのだ。


 そのおかげで、僕もたくさん学ぶことができた。

 そのせいで、この園と真逆な方針の園で働いたときにうつ病になったけど。


 とにかくs先生は、僕に保育のやり方を叩き込んでくれた師匠なのだ。保育士として僕に多大な影響を与え、今の僕を作ってくれた存在なのだ。


 ただ、めちゃくちゃ怖いので、僕は心身共にぼろぼろになった。


 唯一の救いはパートで保育補助に入ってくれていた先生だった。

 僕はその先生に愚痴や悩みや恐れを聞いてもらっていた。そのパートの先生は当時40歳で、百合漫画が好きだった。僕は百合姫という雑誌をその先生からよく借りた。


 しかし、秋ごろ。そのパートの先生が妊娠し、仕事を辞めることになってしまった。

 僕は、「おい!年度途中で俺を置いて辞めんなよ!」と心から言いたかったが、言えなかった。

 なぜならその先生、ずっと不妊治療をしていたからだ。僕もその悩みをよく聞いていたので、ご懐妊はめでたくて仕方がなかった。


 僕は号泣しながらその先生を見送った。子どもたちとプレゼントを作って渡した。


 もうだめだ…。と僕はそこで心がぽきんと折れたのだが、その先生の代わりに保育補助に入ってくれる先生が決まった。

 

 僕の心の友であるm先生だった。


 僕は喜んだ。m先生、その性格でもってs先生にも普通に話しかけるので、クラスの雰囲気が抜群に良くなった。今までは僕とパートの先生は二人で怯えているしかなかったからだ。


 m先生のおかげで、僕もs先生と少しづつ話せるようになった。

 今まではs先生の前で私語はしてはいけないと思い、保育のこと以外は話しかけることができなかった。


 そう考えると、休憩時間に休憩室で先生たちと世間話をすることは大事だと思う。僕は休憩室には入らなかったから。


 しかし、ある日。m先生が僕を子ども用のトイレに呼んだ。

「しゅう先生(僕の偽名)から聞いてたけど、s先生、本当に子どもに対する態度がひどいね…。見てて辛いんだけど」


 あのm先生が引くほどのs先生の保育。恐るべしだった。


 しかし、m先生効果はとてつもなく、僕は徐々にs先生と普通に話せるようになっていた。

 職員会議中にも、辛口なs先生に向かって「いま、刀を抜きましたね」と言ったり、「あ、s先生が切った。刀で切った」と軽口を言えるようになった。


 そうなると、僕は保護者に対しても「s先生は口が悪いだけで、本当はこう伝えたいだけなんです」「本当に口が悪いけど、悪気ないんです」「s先生はとにかく口が悪いけど、東方神起が大好きなんです」とs先生をかばうようになった。


 そして、s先生が僕のことをとても気に入ってくれていたこともわかった。全然気がつかなかったのだが、s先生は普段から僕にすごく気を遣ってくれていた。

 それは、僕がs先生に抵抗がなくなって初めてわかったことだった。


 要は、僕がs先生に対して壁を作っていただけだった。

でも、ものすごく怖い悪魔のような巨人が来たら、誰でも高い壁を作ると思う。


 僕が保育園を辞める時に、s先生はメッセージカードにこう書いてくれた。


「新しいところでもがんばってね。サランヘヨ、私のジェジュン」


 それからs先生とは僕がその保育園を辞めた後も、一緒に東方神起のライブに行く仲になった。

s先生の東方神起への入れ込み具合はすさまじく、毎回めちゃくちゃいい席を用意してくれた。


 s先生とはコロナでライブが無くなってしまってから、もう何年も会っていない。

 もう定年退職しているので、今頃は第二の人生を突っ走っていることだろう。


と、書いていたら、久しぶりにS先生と飲みに行くことができた。定年しても保育の仕事ではないけど、ばりばり働いていた。韓国の芸能事務所巡りに行ったそうだ。


「今思うと、保育士の人たちはすごく人間味があった。そういう人たちだから保育という仕事ができるのね」と、S先生はしみじみ言っていた。

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こどもかんけいのおしごと。~せんせい編~ 秋野 柊 @shun0923

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画