うつ病の先生

 その先生は、僕と同じフリークラス担当で、ものすごくベテランで、全てのことからサボろうとする先生だった。外車を乗り回し、コーラが大好きで、見た目はジャバザハット(わかるかしら?)にそっくりだった。


 その先生はうつ病の診断をもらっていて、よく仕事を休んだ。遅刻も早退も当たり前だった。

 しかも当日の朝に急に休むから、僕が他のクラスに入る日なんかは人手が足りなくなり、主任が代わりに保育に入ることもあった。


 保育士はうつ病に理解がある。きっと学校の教員の人たちも同じように理解があるはずだ。それくらいうつ病と身近な職種なのだ。


 なので、その先生に対する寛容さが職場にはあった。


 しかしその先生、よく保護者からいろいろな所で目撃されていた。

「動けない」と休んだ日に、遊園地にいたり、ホテルでランチをしていたりなんてことがざらにあった。ほんとに。

 究極はディ〇ニーランドにいるところを保護者に目撃されるという奇跡も起こしている。


 その先生の当日休みで一番の被害を受けたのが僕だった。その先生の代わりに予想していないクラスで一日担任をすることになるからだ。時には時間を分けてクラスを掛け持ちする日もあった。


 担任からの当日の引き継ぎはその先生がしている。せっかくの休日を過ごしている担任に電話をして、今日やっておいてほしいことを聞くわけにもいかない。

 僕はそのクラスの前日までの保育日誌を読み、「これしとけばいいのかな」くらいの感覚で戦場に行く羽目になるのだ。


 あまりにもその先生がよく休むので、担任は休む前日に、ほかの先生がわかるように引き継ぎ内容を紙に書いておくようになった。


 その先生は保育についても、子どもを全く見ず、ずーっと保育士に話しかけ続ける。しかもずーっと自分の話。子どもを見ているこちらとしてはとにかく迷惑。


 保育スキルはなく、特に幼児と関わろうとしなかった。0歳児クラスにしか入りたがらなかった。


 一番印象に残っているのは、年中(4歳児)クラスの担任が節分の日に休むことになった。

 普通はイベントの日に担任は休まないけど、どうしてもその日にしか休みの振り分けができなかったのだ。


 そして、その先生が年中児クラスの節分を担当することになっていた。その頃はその先生も調子が良く、更には有休も残っていなかった。


 当日、その先生はちゃんと来た。


 そして、遊戯室で節分だ!というまさにその時、その先生が急に職員室へ来て、僕にさらっと言った。


「私、無理だから。しゅう先生、よろしく」


 全く悪びれることもなく、「そこの哺乳瓶とって」くらいの感覚で言われた。

 

 うおおいっ!と僕はなったが、その間も子どもたちはクラスで放置されている。文句を言っている場合じゃない。


 僕は光速で年中児クラスへ行き、その先生の節分の日案を一瞬で読み込み、意図を理解し、子どもたちには「今日何するの!?」と聞いた。


 年中児クラスになると、みんなとってもしっかりしているので、はりきって教えてくれる。特にこういう時の女の子は女神だった。


「みんな、並んで!遊戯室に行くわよ!先生のおしりについておいでアヒルちゃんたち!」

 僕が叫ぶ。年中児くらいになると、「いや、人間だし!」と返してくれる。


 あとは勢いで乗り切った。鬼役は園長だった。ぴったりだった。


 その後の給食では、子どもたちだけで太巻きを作るという激ヤバなイベントもあったが、それも子どもたちのおかげで何とかなった。ほんと幼児って助かる。

 

 こんな話をすると、僕のその先生に対するイメージは悪いと思われるかもしれないけど、僕はその先生のことが大好きだった。


 なぜなら。僕としては、乳児クラスよりも幼児クラスの方がはるかに楽で、楽しかったから。

 その先生はとにかく複数担任の乳児クラスに入りたがったので、僕が幼児クラスを受け持つことが多くあった。まさにウィンウィン。


 うれしいことに、僕は各クラスの子どもたちから非常になつかれていたので、クラスも荒れない。みんな話をよく聞いてくれるし、よく助けてもくれた。


 そして幼児はしっかりしている。おむつを替えることもないし(たまにおもらしはあるけど平気)、かたづけも、手洗いも、食事もきれいにしてくれる。けんかの仲裁なんかもしてくれる。


 ちなみに僕の周りの女性保育士は、乳児クラスがいい!という人がベテランや若手を問わず圧倒的だった。乳児の方が楽らしい。


 次に、その先生は僕のことを好きでいてくれた。僕だけに内緒でコーラをくれたり、お土産でお値段のたかーいスイーツなんかもくれた。

 その先生のおいしいという店は本当においしかった。値段は高いけど。そして「教えてくれた店に行きました」とその先生に伝えると、すごく喜んでくれた。


 そして、何よりもお互いに映画好きということが大きかった。

 その先生はジャッキーチェンの映画が特に好きで、僕が子どもの前でたまたま酔拳2のマネをしていたら大喜びしてくれた。そこからお互い話すようになり、仲良くなった。


 その先生は「定年まで、のらりくらりとやっていく」とこっそり教えてくれた。担任だったら間違いなくハズレだけど、人間としてはかなりおもしろい人だったと思う。


 当時は「うつ病で大変なのはわかるけどさぁ・・・。」なんてイライラする時もあったが、今ならその先生の気持ちがわかる。

 僕は上から目線でうつ病を理解していたつもりでいた。というか、うつ病になったことのない人はみんなそんな感じだよね、と今では思う。


 この後、「うつ病は、経験者にしか理解できないことがいっぱいある」ということを、僕は身をもって知ることになる。


 しかし、それはまだ先のお話。

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