砂漠の生態系
砂漠と言えば、砂ばかりの世界を想像しがちだが、岩山だったり礫地帯だったりする場所もある。今回私たちはナビブ砂漠の北部にある砂礫地帯に来ている。そこは岩山の窪みに砂礫と砂が貯まり、雨が降れば野球場ほどの池が出来る場所なのだが、近年雨季に雨が降らず、この池は10年間もの間、干からびた状態なのだ。
その10年間も乾燥した池に水生動物の調査に来たのだ。
「今年は雨が降りますかねえ。」
「温暖化のせいで世界的に雨量が増えているんだ。今年は降ると期待しているんだよ。」
「で、降らなきゃあ日本に帰るんですよね。」
「まあそうなんだがね・・いや、この研究は命の進化を探るうえで欠かせない研究なんだよ。この乾燥した池には過去10年間、一滴の雨も降っていないんだ。こんな乾燥した熱い砂漠で10年間なんて、植物の種でも発芽するのは難しい。ところがその環境で動物の卵が生きているんだよ。」
「でも10年間も雨が降ってないって・・過去に例が無いのでしょう? 本当にまだ生きていますかねえ・・」
「それを確かめに来ているんだ。まだ生きているかどうかをね。」
「で、いつ雨は降るんですか?」
「もう雨季に入ったからね。あと10日以内には降ると思うよ。」
「まさか、ここで雨を待つ気じゃあ無いですよね?」
「まさか、ここじゃあ待たないよ。雨が降るまではホテルで待機するんだよ。まあ心配は要らないよ。ナミビアは動物も多いし、珍しい多肉植物も多いから。のんびりと構えて待とうよ。」
砂漠の動物と多肉植物か・・
何でこんな所に来てしまったのか・・
私はアフリカが好きなわけでは無いし・・
教授とは別に彼氏とかの関係でもないし・・
「ナミビアは政治的には安定しているのだけど、何と言っても貧困が酷くてね・・窃盗とか強盗が多いから一人では外出しないでね。」
ひとりで、それは無い・・
1人で外出なんて絶対無理・・
「私があの池に拘っているのはね・・あれはまだ学生の頃だったんだ。まだあの頃はあの地域は枯れた灌木があって。その枯れ木の穴の中に干からびたカタツムリを見つけたんだ。当時3年ぶりに雨が降ってあの池にも水が満ちていて、周りには草も生えて草原が出来ていたんだ。ところが灌木の穴の中は雨が掛からずカタツムリはミイラになっていたんだよ。私はそのカタツムリを持ち帰って大学の標本室に保管したんだ。近年DNA解析が発達しただろう・・だからDNAを調べようと思ってね・・カタツムリのミイラを水でもどそうと思って、水に浸しておいたんだよ。ところが次の日に見たらさ、カタツムリが生き返って動いていたんだよ。学生の時に標本室に保管したんだよ。わかるか?15年も経っていたのに、標本室のシャーレの中でカタツムリが生きていたんだ。カタツムリは生命を停止して生きていたんだよ。解るか?卵じゃあ無いんだよ、成体でだよ。凄すぎるだろう?」
ミイラの復活・・
確かにそのカタツムリは凄い・・
しかし・・
今の時代にカタツムリのミイラの蘇生を夢中になって話す教授は、可愛い・・
生き物に対するその熱さと言うか・・
でも・・
教授は私には興味が湧かないのかしら・・
私も生き物なんだけど・・
でも・・
私にはミイラになって蘇生するような技は無いし・・
アフリカまでついて来れば何とかなると思ったのに・・
まさかカタツムリのミイラに勝てないとはね・・
「先生、ここは何が美味しいのですか?」
「ナミビアでも大都市に行けば日本食は食べられるんだ。明日、食べに行こうか。知り合いの日本人がやっている店が有るんだよ。ああ・・この国は以前はドイツが統治していたので肉料理なども美味しいけどね。」
「先生・・先生はどうして私をナミビアまで連れて来たのですか?」
「いや・・君は僕の研究に・・いや・・」
教授はしどろもどろになって慌てている。
でもアフリカまで付いてきたのに何も無いなんて許さない。
「私の事を好きですか?女として・・」
「私のような無名の教授でも・・権力と言えば権力と言えるんだよ。つまりそれは強制力が有るという事なんだよ。」
「そうですね・・でもそれがどうかしましたか?」
「もし私が君を誘えば、それはまずいだろ?」
「まずいかどうかは私が判断するんですよ。もしまずかったらナミビアまで付いてこないですよ。」
私はじっと教授の目を見る。
教授は苦笑いをしながら言う。
「じゃあはっきり言わせてもらう。僕は君が好きだ。」
そう言って教授は私の肩を抱きキスをしてくる。
待たせやがってこの野郎・・
ああ・・これでナミビアは素敵な国になる・・
次の日目を覚ますと雨だった。
「教授!起きてよ!雨が降ったよ!」
「雨か!予定どうりだな。」
教授は早速、現地ガイドに電話している。
「現地はまだ雨が降ってないそうなんだ。降ったら直ぐに出かけるように頼んでおいたから・・たぶん3日ぐらいは後になるだろうと言ってたよ。」
「雨が降ったら何が現れるんですか?」
「先ずはミジンコのような微生物だね。それからそれを食べるエビの仲間が現れる。そしてそのエビを食べる小魚が出てくるんだ。そして魚が現れるとそれを食べるペリカンがやってくるんだ。雨が降って1ヶ月もすると、ちゃんと食物連鎖が成立するんだよ。凄いだろう?」
「そうか、生態系が生き残らなければどの種も生き残れないですからね。そうかそうか、それは凄い。でもその池はそのうち蒸発して無くなるんですよね。」
「そうだね、数か月で全ての生き物が卵を産んで、そして元の砂漠に戻るね。」
「そして砂の中で次の雨を待つんですね。卵はどのくらいの期間乾燥に耐えられるの?」
「それなんだよ、知りたいのは。10年も雨が降らなかったのは初めてなんだ。果たして生き物は現れるのか、それとも絶滅したか・・それを知る為にここに来たんだよ。」
教授の思いが見えて来た・・
あの池では、1種類だけではなく生態系として乾燥した環境に適応しているのだ。例え魚の卵が何年も乾燥に耐えられたとしても、食物連鎖が無くては生まれてきても生きていくことは出来ない・・
食物連鎖は強い者のためにではなく、全体が生きる為に必要なのだと。それをナミビアの偏狭な、10年も渇いた池で知らされるのだ。
ああ、エビに会いたくなった・・
魚やペリカンにも・・
「私のライバルのカタツムリもあの池に居るのかなあ・・」
「池の側の、岩場の隙間にミイラ状になっているかも知れないな。君のライバルって??」
あと数日で砂漠に雨が降る・・
乾ききった砂漠には水が染み込まない・・
川が出来、広大な湖が出現する・・
エビや魚が湧き、ペリカンが飛来する・・
それを見たら私は泣くだろう・・
きっと・・
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