第4話 あたたかな夢
食べるものがなくなって、二人は一瞬黙り込む。
雪がちらつく暗闇の中で、お互いの息が白くなるのがかすかに見えた。
アリョンはその沈黙を破って、深く嘆息して遠くを眺めた。
「こんな戦争なんかやめて、地元に帰って亭子港のワカメのスープが食べたいよ」
「亭子港のワカメ?」
耳にしたことがない単語だったらしく、ヒョクが聞き返す。
アリョンは自慢げに、亭子港のワカメについて説明した。
「俺の地元、蔚山の名物だよ。厚みがあってしっかりした岩ワカメで、すごくいい香りがするんだ。出汁もよく出るし、煮てスープにすると美味いよ」
隣のヒョクに説明しながら、アリョンは母親が作ってくれたワカメスープを思い浮かべた。
朝鮮半島では、誕生日にワカメスープを食べることが多い。アリョンの家でもそうで、誕生日には毎年母親がカレイの入ったワカメのスープを作ってくれた。
お椀の中に並々と入るのは、たくさんのワカメとぶつ切りにされたカレイが具の透明なスープ。何時間も煮込んだワカメはとろとろで旨みがあり、スープに入った魚醤と塩胡椒でほどよい具合に味付けされてとてもおいしい。
ワカメと同じように蔚山の海でとれた新鮮なカレイは、さっぱりと淡泊な身がしっかりとつまっている。そしてそれぞれの味を一つにまとめる、具材の出汁がしっかりと出た磯の香りがするスープは、ごま油の風味が効いていて濃厚な味わいだ。
「なるほど。それは美味そうだ」
アリョンによるワカメスープの話を聞いたヒョクは、感心した様子でうなずいた。そして、今度はヒョク自身の好物について話す。
「俺は地元の名物ってわけじゃないけど、棒餅が食べたい。熱々に焼いて、はちみつをかけたやつだ」
「それもいいよな。俺は甘い物なら、
二人は暗く冷たい夜の雪山でわずかな食料を口にする現実とは真逆の、暖かな家で満腹になるまで食べた記憶を語り合った。
それは最期に見る夢のようなものだった。
アリョンが生まれた家は極貧ではないものの貧しかったので、当時は恵まれているとは思わなかった。だがこうして過去を思い出してみると、故郷で食べたものは何もかもがおいしく、生きた日々はとても素晴らしかったような気がする。
「間に漬物を挟んで、何杯も食べて……」
アリョンは、まだまだ話し続けようとした。ないものの話をしてもむなしいだけかもしれないが、それでも会話の内容だけでも幸せにしたかった。
だが少量でも食糧を食べたせいか、アリョンは猛烈な眠気を感じ出した。話の途中で寝るのはヒョクに悪い気がしたが、どうしても眠くてアリョンは目を閉じそうになる。
力を振り絞って隣を見ると、ヒョクは静かな横顔で闇を見つめ、アリョンの話に耳を傾けていた。
「それで、また食べて……」
最後の声は、ほとんど吐息のようなものだった。
そして重く深い眠気の中で、アリョンは意識を手放した。ずっと動かないでいたため体には雪が積もっていたが、とっくの昔に寒さは感じなくなっていた。
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