第2話 二人の兵士

 それからアリョンは散々歩いたが、家も人も見つけることはできなかった。

 しかもさらに悪いことに朝は晴れていた天候も悪化し雲が広がり、風が強くなってきたうえに暗く曇った空からは雪が降ってきた。

 元々寒かったのがまた一層寒くなり、耐えられなくなって身体が震える。


 何とか寒さをしのぐため、アリョンはかつて教練で習った方法で焚き木をしようとした。だがマッチで火を起こしても、上手く行かずに消えてしまった。

 そうこうしているうちに、夜は再びやって来た。深く重い闇があたりを急速に包み、光のない黒一面の世界が広がっていく。


(もう、やってられないな)


 アリョンは疲れて、雪をはらった木の根元に座り込んだ。

 気温はもうすでに日中の時点でだいぶ下がっていたが、寝袋などの防寒具は置いて逃げてきてしまった。このまま外套だけで寝て、生きていられる気はしない。

 しかしもう何か行動を起こす気にはなれず、アリョンは雪が降り積もっていくのをじっと見ていた。だんだんと、寒さも感じなくなっていた。


 そのまましばらくぼうっとしていると、誰かが歩いてくる音がした。味方かもしれないし、敵かもしれない。だがあまりに疲れていたので、腰のホルダーに収まっている銃に手を伸ばすのもだるかった。


 足音はアリョンに近づいてきて、止まった。


 目を上げて見ると、そこには青年が一人立っていた。青年は東洋人の顔立ちをしていて、着ているカーキ色の軍服は韓国軍のものではない。

 アリョンは中国兵かもしれないと思いつつも、攻撃する気配は感じなかったので話しかけてみた。


「道がわからなくなったんだけど、お前はわかるか?」


 寒空の中ずっと一人でいたので、第一声は舌がもつれてしっかりとは話せなかった。

 だが相手にはちゃんと通じたようで、青年は答えた。


「いや、こっちも仲間とはぐれて迷っている。平野育ちの俺には何もわからない」


 返ってきたのは、アリョンが話すのとは少し違う朝鮮語だった。どうやら青年は、北朝鮮の兵士であるらしい。

 青年も疲れ切って、青白い顔をしていた。敵同士とはいえ同じ境遇の人間を見つけたことで諦めがついたのか、アリョンの隣に身を投げ出すように腰を下ろす。

 アリョンは横を向く気力もなく、青年に名前を尋ねた。


「俺はアリョン。お前は?」

「……ヒョクだ」


 ため息交じりの声で、青年が名乗る。


「ヒョク、か」


 アリョンは敵兵の名前を繰り返した。

 今まで殺し合ってきたはずの侵略者が相手であるので、敵意を感じなくてもやはりどこか胸がざわつく。だがこのヒョクという名の前にいる敵兵もまた道に迷ったのだと思うと、状況は何もよくなってないのに安心した。

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