第93話 イルゼの処刑

アルザス王国国王は事態に苦慮していた。彼は自身の幼馴染、グリュックスブルクを陥れた貴族ケーニスマルク家の当主を断罪する為、多忙な執務の間を縫って、尽力した。


そして、遂にケーニスマルク家と麻薬密売の関係を暴き、そして、彼の悲願であったグリュックスブルク家の名誉回復、そして、最期の生き残りである、リーゼ・グリュックスブルク嬢の命の保全をようやく叶える事が出来た…筈だった。しかし、ケーニスマルク家の闇は国王の想像の遥か斜め上を行っていた。


その一つが当主ベルンハルト・ケーニスマルクの自決。彼は手紙を残し、全ての罪は自身にあり、家族には罪はないと、訴えていた。だが、ケーニスマルク家に調査員が入ると信じられない事実が明らかになった。


一つ目は兄エーリヒの非道…既にこの男はケーニスマルク家の意向で、アレへ送り、貴族世界から抹殺されていたが、その罪は信じられないものだった。


三人の性奴隷が解放されたが、二人共、身分の低い元貴族令嬢で、視力や聴力を失っていた。単に慰みものになるだけでなく、激しい暴力を受けて、治癒魔法でも完全治癒できないレベルまで、身体のあちこちに障害が生じていた。


二つ目は、かつてお取り潰しとなった男爵家の令嬢、クローディアを一旦は死の寸前のところをプロイセン王国の勇者エルフリーデによって救出されて、現在の王都の教会の聖女と称えられるエミリア女史となっていた事…聖女エミリアの求心力からもケーニスマルク家への憤りは最高潮に達した。


三つ目はエーリヒが性奴隷とした下級貴族の令嬢には共通項があった。それが、この事件のもっとも闇の深さを示すものだった。何故なら、全員、エーリヒの妹、イルゼの友人だったのである。イルゼの調書によると、エーリヒに性奴隷とする事を持ち掛けたのはイルゼだった。それだけではなく、麻薬密売の主犯は…ケーニスマルク家当主ベルンハルトではなかった。ケーニスマルク家の美姫、イルゼだったのである。それだけではない、イルゼは魔法学園の多くの貴族子弟と関係を持ち、行為においては麻薬を使用していた。麻薬が魔法学園にまで蔓延していたのだ。そして、全ての人を驚愕させたのが、兄、エーリヒとの関係…彼女は兄エーリヒとまで関係を結んでいた。


ケーニスマルク家の美姫はグリュックスブルク家の令嬢リーゼと並び称される美姫、その美しさから、多くの貴族の子弟が求婚を申し込んでいたが、彼女は誰とも婚約しなかった。


イルゼの多くの犯行の動機…それは全て、13歳の時の誕生日に兄エーリヒと関係を持ってしまった事から始まる。彼女はその日、自分の何かが壊れたと言った。兄、エーリヒは性に関しての倫理感、通常の常識や感覚がなかった。僅か13歳の実の妹を騙し、関係を持った、その日、イルゼは皮膚が割け、血が出るまで風呂で身体を洗った。彼女が失くしたものの代わりに宿ったのは、悪魔の心だった。


親友だった、貴族の娘を性奴隷へと落とし、兄エーリヒの慰みものにする…


やはり親友だった、リーゼの家、グリュックスブルク家を陥れたのもイルゼの犯行だった。


最期に彼女は犯行の動機を語った。それは…


『美しいモノを壊してやりたかった。そして、この腐った家を潰したかった』


彼女はいずれ罪が暴かれるのを承知で罪を犯し続けた。彼女が誰とも婚約しなかった理由が明らかになった。彼女は最期にこう言い残している。


『これで、綺麗な元の自分に戻れる。死んで輪廻に戻れる。次の人生ではまともな人生を送りたい』


――王都の中央広場。


その日の王都は秋晴れの快晴だった。


雲一つない空はイルゼから全ての罪が消えてしまったかのようだった。


広場には多くの民が見物の為に集まっていた。民にとって、貴族の処刑は娯楽だった。

半年前にはグリュックスブルク家の処刑があったばかりで、身分の高い貴族の処刑、それも美しい女性や子供の刑は好まれる。ある者は見物する事に罪の意識を感じながらも、目を離さずにはいられない。そしてある者は日ごろのうさを身分が高い者の没落を見物する事で晴らす。

ケーニスマルク家500年の歴史に終止符がうたれる。今日の刑が執行されるのは麻薬密売の罪で裁かれるイルゼ・ケーニスマルクだ。その美貌は王都の民の耳にも入っていて美姫の処刑は多くの人々の関心を呼んだ。


既にケーニスマルク家の罪は告知されて、全ての民に知れ渡っている。


そして、今日、コンスタンツの白鳥と評された美姫イルゼの死刑が執行される――。


広場の中央には、遠くからも見えるようにと、やぐらが組まれて、高くに設えられた死刑台。


手の掌に穴を穿たれて、紐を通されて、血を垂らしながら、白い貴族の死に装束を纏ったイルゼは街中を歩いて引き回されたが、誰も石礫などを投げない。あまりの美しさに誰もが気が引けたのだ。


死刑場に到着すると、掌に穿たれた縄を外されたイルゼは両脇を処刑人に挟まれて、その階段を一段一段と登っていった。


その目は空虚で、何も映されていない。ただ、背中を押されて、階段を進み始めるのみ。


イルゼの美しさは健在だった。だが、イルゼからは感情が抜け落ちて、その表情にあるのは唯の空虚だった


イルゼが死刑台に上がり、官吏が罪状を読み上げると、民から罵り、怨嗟の言葉が上がる。


そして昂った民の何人かが、遂に石を投げた。いくつかの石礫がイルゼを直撃し、イルゼから真っ赤な鮮血がその唇や頬から流れる。


そこで、民はハッとさせられる。この咎人の美しさに魅了される。


イルゼは血を流しながらも、声もあげず、ただ、黙って刑の執行を待つ。


そして、いよいよ刑が執行される。


処刑人はイルゼを乱暴に断頭台に押し付けるが、イルゼ一切の抵抗も声も出さない。


イルゼに付き添った処刑人はイルゼが気を失ったのかと確認すると、イルゼは意識がはっきりとあった。そしてイルゼは自ら、刑の執行を促した。


民達はその時を固唾かたずをのんで待っている。


そして、刑の執行の合図の笛がなり、執行人が断頭台のロープを斧で斬り落とす。


ギロチンがイルゼの首に落ちて来て…コロンとイルゼの首が転がった。


開いたままの両目は空を見つめるかのようだ。


……群衆の歓声と怒号と共に、イルゼの命は奪われた。

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