第92話 ケーニスマルク家の最期

「えっと、これで最期かな?」


「そのようね、下僕は良く頑張ってくれたわ、ご褒美の鞭は期待していいわよ」


「ねえ? 最近、リーゼとアルって、近すぎない? ヒ、ヒルデ、2号さんなのに、キスもしてもらった事なくてぇ! はぁ! これはゎ! 優しさだけじゃ、ムリ! とか、おまえはしょせんつなぎだよ、とか、もう疲れた…とか、きっと、僕よりふさわしい人がいるよ、とか言われて、振られてしまうのね! お、お願い、アル! ヒルデを捨てないでぇ!!」


「えいっ」


僕はチョップをヒルデに入れておいた。ヒルデは壊れた時、こうすると古いブラウン管のテレビみたいに直るのだ。


「痛いよぉ~、でもアルにチョップしてもらえたぁ~」


珍しく、リーゼがチョップを要求しない。そう言えば、リーゼとは2回もキスしちゃったな。ヒルデとは一度もしてない。そもそも、僕はまだ、新しい恋を始める気力を取り戻しきっていないんだ。そんないい加減な気持ちで、彼女達と付き合いたくない。


それはおいておいて、ケーニスマルク家の手の者をあっさり捕縛して、ついでの直接の家臣も捕まえる事に成功していた。意外とあっけなかった。


「リーゼ、証拠はそろったけど、これからどうするの? このままこいつらを突き出せば、エミリアさん殺害の件は立証できるけど、麻薬の件は証明できないよ、家臣も麻薬の件は口を割らなかった、どうするの?」


「リーゼはケーニスマルク家を潰すつもりではないの。エーリヒと、家長のベルンハルトを滅ぼす事ができれば、それでいい。きっと、ケーニスマルク家では、今頃面白い事が起こっているわ、うふふ」


リーゼが笑う、僕には意味が解らなかった。それで、聞いてみた。


「一体、ケーニスマルク家で、何が起こるの?」


「多分、ケーニスマルク家では、今頃エーリヒは始末されている筈よ、リーゼはあんなヤツの為に自分の手を汚したくない。だから、ケーニスマルク家の事はケーニスマルク家で後始末してもらう」


僕は今、ケーニスマルク家で何が起きているのかを想像する事が出来て、うすら寒くなった。貴族世界では、おそらく、家族とはいえ、家を守る為に罪を犯したエーリヒを始末するだろう。しかし、平民出身の僕には、絶対できないと思った。


「でも、家長のベルンハルトは逃げ切るんじゃないの? 兄のエーリヒだけで、リーゼはそれでいいの? いや、僕はリーゼの手伝いをするだけだから、いいんだけど?」


「下僕は馬鹿ね、一人だけ家臣を逃がしたでしょう? それも、下僕が英雄だとわざわざ伝えて」


「うん、リーゼの言う通りにしたよ。でもそれがベルンハルトと関係があるの?」


リーゼは一瞬、僕が見た事がない悪辣な顔を見せた、これが貴族の世界のリーゼの悪の部分か、僕は見たくはなかったが、リーゼはやはり貴族の令嬢なんだと痛感した。


「リーゼのご主人様が英雄のアルだとベルンハルトが知ったら…リーゼは手紙を送ったの…麻薬の事を公表されたくなければ、自決しなさい…と…そうすれば、家族は見逃してあげると…」


僕はゴクリと唾を呑みこんだ。確かにそれだと、リーゼの親友や奥さんには被害は及ばない。


しかし、リーゼの目論見は脆くも崩れ去った。それは、クラウスさんからの使者で判明した。


「こ、国王陛下自らケーニスマルク家の麻薬密売の証拠を掴まれた?」


「そ、それだと、ケーニスマルク家は…」


「お取り潰し…イルゼも奥様も…」


あくる日、僕達はケーニスマルク家の裁判に参考人として呼ばれて、裁判の結果を聞く事になった。裁判の結果は信じられないものだった。麻薬密売も、リーゼの家を陥れたのも…リーゼの親友のイルゼだった。全てが判明して、リーゼの唇は真っ青になっていた。


ケーニスマルク家の処分は決まった。全員断頭台に送られる事になり、刑は10日後に執行される。リーゼはケーニスマルク家の奥さんと娘のイルゼと会ってきた。エーリヒはリーゼの言う通り、既に処分されていた。


イルゼに会って、帰ってきたリーゼは涙声で、こう言った。


「…復讐って、胸糞悪いものなのね」


僕はリーゼの言葉で、リーゼがとても傷ついていることがわかった。その日、リーゼは僕の胸で泣いた。僕はひたすらリーゼを慰めてあげた。

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