第81話 パワハラ勇者カール4

「ひひひぃ!」


と勇者カールから情けない悲鳴が漏れて、騎士達は内心ほくそ笑む。


「待ってださい! 勇者カール様!!」


「勇者カール様! そんなに早く走らないでください!」


「勇者様! せめて戦ってから逃げてください!」


勇者カールが逃げたものは何だったあったろうか? 巨大! 極大! いや、黒龍だ! 漆黒の鱗に蔽われた高さ10mもある龍がただ一匹、鈍く光る瘴気をまといながら血走る両眼に獲物を見据えて走る!


勇者カールは戦う前から逃げ出していた、何故なら、騎士達の戦力の低下が著しく、彼一人が努力しないと中ランクの魔物にすら劣勢を余技される。アルザス王国勇者パーティは過去最低の戦力へと落ちぶれていた。原因はもちろん勇者カール!


以前なら、黒龍とはいえ、勇者カール達の敵ではなかったが、今の勇者パーティは烏合の衆だ。全てはカールが次々と優秀な麾下の騎士達をクビにした為だ!


とっくに気が付いても良さそうだったが、ここに来て、ようやく弱くなった事に気がついた彼は、心が折れて、強敵である黒龍を見た途端、遁走に入った。


「ヤバい! ヤバすぎる! とても黒龍討伐なんてできない!」


勇者カールは絶唱しながら、魔物が巣くう森を駆け抜ける。大勢の他国の冒険者や騎士団が見ているにも関わらずにだ!


「勇者様! 仲間を置いていかないでください!」


「黙れ! 貴様らが弱いから悪いんだろうが!!」


遁走する勇者パーティの先頭を走るのはもちろん、勇者カールだ。騎士達がそれに続くが、カールにかなり遅れている為、他者から見れば、カールが一目散に真っ先に逃げた事は明白だ。


勇者カールは自身の悪行の末、このような事態を招いたのだが、もちろんそれを自覚する程の知能は有していない。彼が考えたのは…


「アルベルトめ! 魔物を強くしたなぁ!!!」


「「「……」」」


そんな訳はない…そもそも他の騎士団や冒険者団には何も変化がない。単に自身が弱くなったのだ。それも、自分自身が原因で…。愚かな勇者カールは筋違いの呪詛を吐き続けながら遁走を続けるのだった。

「ちくしょう! こんな筈じゃなかった!」


彼は魔王討伐後も敗走する魔族を討ち、少しでも栄誉を手に入れようと考えていたが、弱体化してしまった今のパーティでは魔族はおろか、中級クラスの魔物にすら苦戦する始末だ。


それどこらか、当面彼は目の前の黒龍から逃げおおす必要にもかられていた。 


このままでは大地を俊足で駆ける黒龍に追いつかれる! 或いは大空に飛び立てば、立ちどころに追いつかれるだろう! このままでは積む…となれば…彼は少ない知恵で考えた。


「おい、騎士109号! 土魔法で、壁を作って、足止めしろ!」


「そ、そんな! こんな処で、立ち止まって、呪文詠唱していたら、黒龍に!」


「いいから、壁を作れ! そうでないと、退職金も年金も無いぞ!」


「そ、そんなぁ!」


騎士109号はやむ終えず立ち止まり、呪文を詠唱する。しかし、


「ふぎゃ!!」


黒龍に蹴飛ばされて、気を失ってしまい、使いものにならない! 当たり前の事が起きただけだが…。


「この愚図! 役立たず!!」


いや、カールの指示が悪いだけだろう? 当たり前の事が起きただけ…むしろ、こんな無茶な命令を年金と退職金惜しさに勇気を出して立ち止まった騎士だけが賞賛されるべきだろう。


「騎士209号! 睡眠の魔法を唱えろ! 今すぐ唱えないとわかっているよね?」


「そ、そんなぁ!」


哀れな騎士209号は立ち止まり、急いで睡眠の魔法を唱える、しかし、


「ふぎゃ!!」


またしても、呪文の詠唱が完了する前に黒龍に蹴飛ばされてしまった!

「マジで役に立たたずだな! お前ら!」


「た、大変申し訳ございません!!」


騎士209号が跳ね飛ばされて空中を慣性で飛びながら謝罪をする。


こんな主でも尽くす騎士達のなんと健気な事か?

しかし、幸い、勇者カールの遁走するスピードは人外で、もう街が見える手前まで来ていた。


「よし、もうすぐ街だ。流石に街に近づけば黒龍も諦めるだろぉ!」


そして、もう少しで、街の近くまでという処で、突然勇者カールの姿が消えうせた。


「カール様? 何処に消えられたのか?」


「勇者カール様 何処へ?」


このような状況、こんな上司にも関わらず、真面目にカールの心配をする律儀な騎士達。


カールはとある施設に落ちていた。街の近くには必ずあるもの…それは畑で、畑に必ずあるもの…人糞を蓄える野壺…彼はそこへ落ちていた。


「カール様が野壺にぇ!」


「ひぇ! 臭いぃ!」


「えんがっちょ!!」


それでも騎士達はカールを野壺から引き出して、背負って逃げる。置いていけばいいものを、何処までも健気な騎士団であった。


そして、我先にと街の大門をくぐり抜けて、命からがら逃げ込む。


その時に誰かが怒鳴った!


「何処の馬鹿だぁ! 街に龍なんて、誘導するんじゃねぇ!!」


街の守備隊は突然の強力な魔物の襲撃に定時前にも関わらず、迎撃戦を強いられる事になった。


「残業規制がでているんだよぉ!!!」


「ふざけんな!」


守備隊から怨嗟の声が上がる。後日、街の指揮官よりカール達は出撃停止…という判断を下された…というより、頼むから何もしないで欲しいという嘆願だった。

☆☆☆ 


「この、足手まといがぁ!!」


「た、大変申し訳ございませんぇん!」


カールは我先に逃げだして戦線を崩壊させた主原因にも関わらず、部下の騎士を叱咤していた。最初は壁を作る魔法を唱えられなかった騎士。


「お前はクビ! 退職金も年金も無しだぁ!」


「そ、それだけはお許しくださいぃ!!」


情け容赦ないカールは次々と騎士達にクビを宣言していった、それも退職金や年金も出さないと言い切った。もちろん、違法で、後日大変な事になる。


しかし、カールは気がつかない、多くの人がいる街中で、騎士達に次々とクビを宣告する勇者が街の人々の目がどう映ったのか? しかも、野壺に落ちて、クソまみれの彼は普通に迷惑な存在であるし、見苦しい。


彼が後日懲らしめられる時にはたくさんの人の目が証拠となるのである。それは、後日…

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