第42話 勇者エルヴィンの素敵な仲間

「俺が底辺奴隷だと! ふざけるな!! 俺は勇者だ! 唯一無二の存在だ! それを奴隷に落とすななど、頭がおかしい行為だ!」


奴隷となったエルヴィンは尚も自身の醜悪さを理解できず、周りがおかしいと決めつけていた。いや、国王の処分は妥当だろう。エルヴィンのした事は殺人未遂であり、アルの命があったのは不幸中の幸いだったのだ。勇者だからと言って、殺人を容認する訳にはいかない。


ましてや、この際、勇者のエルヴィンなどよりアルのステータス2倍(現在は10倍)の能力の方が重要である。その上、アルは魔剣使いとなり、直接魔族や魔王を傷つける事ができる。


どちらを優先すべきかは自明の理だ。誰にとっても…わからないのはエルヴィン位だろう。


「見てろ! 必ず成り上がってやる!! 正義は必ず勝つんだ!!」


お前の何処に正義の要素があるのか? と突っ込みたい。しかし、エルヴィンの自己都合のよい方向にしか働かない脳に、届く筈もないのであった。


エルヴィンが怒りに任せて、牢獄の壁を叩きつけていると…


「…エルヴィンよ。迎えに来たぞ」


それはみすぼらしい恰好をしてはいるが、あの貴族ダニエルであった。


「おお、ダニエル様! 俺は信じていました。あなたが必ず俺を救ってくれると!」


さっきまで、全く、これっぽっちも、そのかけらすら、記憶の隅にすらなかったダニエルに感謝の言葉が溢れんばかりに飛び出てくるエルヴィン。この二人の脳の構造は似ている。ダニエルの実の娘より、むしろ、エルヴィンの方がそっくりなのである。


「エルヴィン…あまり期待するな。今の私はお前と同じ底辺奴隷だ…」


「な、なんですと!」


エルヴィンは心底驚いたが、直ぐにダニエルへの関心はなくなった。他人の不幸などどうでもいいのである。


「それで、私は今、グナイゼナウ子爵様の元に身を寄せている。少々コネがあっての」


「流石ダニエル様、やはり、高貴な身分…例え不当に落とされても、他者がほおってはおかない訳ですね。俺は感服しました」


ダニエルは国王陛下に与えられた一日を有意義に使った。急いで、かつての子分、グナイゼナウ子爵と連絡を取り、奴隷となった自分を保護してもらった。その見返りは人として最低なものだったが、それは後日…


エルヴィンは牢からだされ、身なりも少しマシなものに着替える事ができると、早速調子に乗っていた。


「それで、ダニエル様、俺はこれからどうやって、あのアルベルトのヤツに復讐すればいいのですか? ダニエル様もあの惰弱者に制裁を加えたいのでしょう? 任せてください。どんな汚い事でもしましょう。例え実の母親の命を差し出してでも実行してご覧にいれます」


もう、実の母親ですらどうでも良くなっているエルヴィン。彼の心には人らしいものは既にカケラもないのだろう。お母さんが聞いたら、さぞかし泣いてしまう事だろう。 いや、彼が人の親から生まれてきた筈がない! きっと木の股から生まれて来たに違いない!


「いや、エルヴィン、今はそんな事をしている場合ではない。私もお前も何とか最低な奴隷生活から逃れるには、魔王戦で働き、武勲をたてるしかない。お前には魔王戦に行ってもらう」


「わかりました。俺は既にレベル80です。支援するパーティが優秀なら、即、武勲をたててご覧にいれます。アルベルトへの制裁はその後という事ですね?」


「ま、まあ、そんな処だ…」


実はダニエル、既にアルベルトへの復讐など考えていない。彼が信じられない能力を持っている事は明らかだ。そして、エルヴィンが大した武勲をたてられない事も承知している。


彼が、エルヴィンを助けたのは…いや、別に助けに来た訳ではないのだ。たまたまグナイゼナウ子爵を頼ったところ、奴隷のエルヴィンを魔王戦で使役する担当を子爵が国王より賜り、子爵が前任のダニエルを担当にあてただけである。


しかし、上手くいかなかった男を再度同じ仕事に充てるのだなど、子爵もダニエルと同様無能なのは確かだろう。彼の身も風前の灯と言える。


「エルヴィン、お前には、この国最強の冒険者をつける。安心しろ、SSS級だ。だが、国費で徴用したから、前のように冒険者を粗末にするでないぞ」


「わかりました。ダニエル様。俺も同じ過ちはしません。今度は十分使い処を極めて死んでもらうようにします。確かにあまり簡単に死地に追い込んでも効率が悪いですな」


「…うむ」


ダニエルはエルヴィンに言っていない事があった。それは新たに雇った冒険者の事だ。このパーティはかなり粗暴で困っていた。そして、遂に悪事を働き、逮捕されたのだが…この冒険者の悪事は主に性犯罪だったのである。男性への…もちろん彼らは女性ではない。心は女性かもしれないが…


「では、エルヴィン、これが新しいお前の仲間だ。仲良くしろよ」


「もちろんです。ダニエル様、明日までには懇意になっておきます!」


うむと頷くと、何故かダニエルはそそくさと立ち去ってしまった。すると、


「あら~。勇者ちゃん、とっても可愛いぃわぁ! 食べちゃいたい!」


「いやね。あなた、そんな事を言ったら勇者ちゃんが怯えるじゃないの」


「えっ? あの、あなた達…」


エルヴィンは明らかに男なのに、女の様な言葉の冒険者達に本能的な恐怖を感じる。


「いやね。そんなに怯えないでよ」


「い、嫌だ! お、おかま~!!」


「なんだとてめぇ! 今すぐ、さっさとケツ出せやぁ!!」


その夜、エルヴィンの悲鳴がこだましたとか、しないとか…


明日までには懇意になるという約束を守ったようだ。エルヴィンが約束を守るのだなど、珍しい事だろう。

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