第26話 僕の幼馴染フィーネ
ミュラーと会って、リーゼの貴族復帰の目途、僕達冒険者団の勇者パーティへの昇格が現実味を帯びてきたせいか、その日の朝は早く目が覚めた。それで朝市を見に行く事にした。
この首都トゥールネには既にたくさんの人が帰って来ていた。魔王軍は押し返し、後はこの街の中央部のダンジョン最下層に潜む魔族を滅ぼすだけだ。
特に目的も無く、僕は朝市を彷徨った。
そして、注意力も散漫だったのか前を良く見ておらず、誰かにぶつかってしまった。
「すいません」
「ごめんなさい」
その声に聞き覚えがあった。驚いて顔をあげて相手を見ると、
「フィ、フィーネ!」
「アル!」
僕がうっかりぶつかった相手は僕の幼馴染で婚約者、そう、フィーネだった。
そうだ、エルヴィンがいたのだ。やはりフィーネもこの街にいたのだ。僕は懐かしい幼馴染の顔を見て、涙が出そうになった。
「ア、アル、生きていてくれたのね?」
「ああ、生きていたよ。行方をくらませてごめんね、だって、僕、エルヴィンに殺されそうになって…」
「そ、そんな……」
フィーネは顔色が悪く、何だか物憂げな表情をしていた。
「アル、ちょっと来て」
僕は腕を引っぱられて路地裏に連れていかれた。そして、フィーネは必死な表情で懇願してきた。
「私との婚約は破棄にして…」
「嫌だ!」
「お願いだから!」
どういう事だ? フィーネは僕よりエルヴィンが好きになったのか? 僕はフィーネに捨てられたのか?
「私はアルに相応しい女じゃないの」
「エルヴィンとの関係だろ? 知っている…でも、僕はそれでもフィーネを手放したくない」
フィーネは悲しそうな顔をしていた。僕も辛い、でもフィーネを見捨てる事なんてできない。
「…私、お腹にエルヴィンの赤ちゃんがいるの」
「……」
気が狂いそうだった。怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が混ざり合っていく。
「……私、アルに謝りたくて」
「……」
フィーネが僕に謝る? 一体何を言って…
「私はアルのレベルが上がるのが遅くて、必死に守ろうとした。でも、エルヴィンはいつも無理に突き進むから…何度か間に合わない時があって、そこをエルヴィンに助けられた…エルヴィンは抱かせてくれなければ、アルの事を助けないって…」
「…それはフィーネのせいじゃないよ」
「私を許してくれるの? こんなに汚れきった女を? お腹にはあの男の子供までいるのよ」
だからといって、フィーネを見捨てる事なんてできない…一番傷ついているのはフィーネだから、
「子は流石に堕ろすしかないと思う…でも、やり直そうよ。昔みたいに戻ろうよ」
「……」
フィーネは無言で下をむいていた。自責の念と戦っているのだろうか?
「フィーネにとって、今でも僕と故郷の思い出は大切?」
「大切に決まってる! アルやみんなとの思い出がいっぱい詰まったところ、絶対に忘れちゃいけない、大切な場所!」
「僕にとってもフィーネとの故郷での思い出は大切なものだよ、今でも」
フィーネが顔をあげると、一瞬だけ笑顔が垣間見えた。腰迄伸びた長い髪が美しく揺れて、フィーネの動きに合わせて上質な絹の様に広がった。
フィーネは僕の目を見据えた。だけど、フィーネの瞳から沢山の涙が溢れだした。
「例え、どんな事があってもアルを裏切った事には代わりはないの、だから私…ごめんなさい、ごめんさい、ごめんなさい。わ、私、取り返しのつかない事を」
フィーネはひたすらに謝っていた。そんなフィーネに僕は魅入られた。それでもフィーネは綺麗だ。どんな事があっても、フィーネはやはり美しかった。
「フィーネはどうして謝っているんだ?」
「私、馬鹿だった。アルを裏切る位なら、一緒にパーティを逃げるべきだった」
「それは結果論だよ。僕も君と二人で早く抜けるべきだったと反省している」
ホントだ。悪いのはフィーネじゃない。早くパーティを抜けなかった僕のせい、そして一番悪いのはエルヴィンだ。フィーネは何も悪くない。
「ち、違う、私、アルに釣り合う女じゃない。もう、アルの知っているフィーネはいないの、私、馬鹿だった。一番大切なものが何か、わかっていなかった」
「……」
僕は少し考えた。そして思っていた事を伝えた。
「フィーネ、君の事が好きだよ。いつまでも…」
僕は自分の心を伝えた。いつも言っていた事、そして、いつもの返事を期待した。
「わ、私も…好き…今でも…」
フィーネは顔をあげた。でも、瞳からは涙が溢れていた。でも、僕は何処か不安を感じた。
「わ、私、私、ああああああアル!」
フィーネは号泣し始めた。
「今すぐにパーティを抜けてよ。エルヴィンの処に帰っちゃダメだ」
フィーネは泣き続けた。泣き尽くしたあと、しばらく、沈黙していたが、
「シャルロッテも、一緒に…このままだとアルの妹もアイツの毒牙に…」
「ありがとう。妹の事も気にしてくれるんだね」
僕はフィーネを抱き寄せた。懐かしいフィーネの香り、フィーネの暖かみ。暖かい肌の温もり。フィーネの身体は温かく、柔らかかった
「帰ったら、シャルロッテを連れて、直ぐに僕達の宿舎に来て」
僕は優しくそう言った。フィーネがピクンと震える。
「あ、ありがとう。こんな私を許してくれて…」
フィーネが顔を上げる。潤んだ瞳は喜びに包まれている。
僕はフィーネに自分の宿舎の場所と名前を告げると、その場を別れた。
フィーネが僕の元に帰ってきてくれる。僕は久しぶりに懐かしい故郷での二人の思い出を思い出だして、笑みがこぼれた。幸せな未来を描いて、幸せな気持ちになれた。まさかそれが、幻になってしまうのだなんて夢にも思わなかった。
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