第12話 その頃勇者エルヴィンのパーティでは2

勇者エルヴィンは試練のダンジョンを一気に攻略するつもりだ。この試練のダンジョンはプロイセン王国でも有名なダンジョンで、この国の歴代の勇者はここで鍛え、魔王軍との戦いに赴く事になる。その試練のダンジョンを歴代最高の速度で攻略してきたのが勇者エルヴィンのパーティだ。


「今日は最終階層の9層を目指す。先ずは8層までサクサク行くぞ!」


「「「「……」」」」


「ちっ…」


どうも底辺回復術士のアルベルトが不幸な事故で亡くなり、皆意気消沈しているのだろう。あんなヤツの事は気にしなければいいのに、全く、足でまといの癖に、死んでからまで、足を引っ張るとはな…


「みんなアルベルトの事は早く忘れろ。彼は死んだのだ。死んだヤツの事を何時までも考えても仕方ない」


「「「「……」」」」


皆、やはり無言だが、第一階層からどんどん進んで行く。そして、第5階層だ。第5階層位から、急に強い魔物が現れるのが、このダンジョンの特徴だ。もちろん第8階層まで既に攻略済の俺達にとっては楽勝の階層だ。


「ロイヤルオークが現れました!?」


新人のナディヤが魔物の出現に警告する。


ロイヤルオークは5体だ。サクっと倒して終わりだな。


「皆、気軽に倒すぞ。こんなのは雑魚だ!?」


俺は皆に発破をかけた。何時までも意気消沈されてはかなわん。


アルベルトの妹シャルロッテがロイヤルオークに催眠の魔法を唱える。そして、バフ役のナディヤがパーティの強化魔法を唱える。


しかし、


「す、すみません。催眠の魔法が効きません…」


「構わん、力押しだ!?」


しかし、ロイヤル・オークに簡単に押される。


「ナディヤさん、回復魔法をお願いします!?」


前衛職のアンネリーゼが回復魔法を要求する。何故だ? 彼女の腕なら、こんな処で回復魔法を必要とする怪我などしない筈だ。


「いつもより力が出ないような気がします。ナディヤさん? 強化魔法は失敗したのですか?」


「いえ、ちゃんと成功しています。今は攻防1.2倍の強化魔法が付与されています」


前衛職、剣聖フィーネからバフ役のナディヤに質問が出る。


「フィーネ、きっと、たまたま運が悪いんだろう。そういう時もあるさ。気にするな」


普段ならこの階層の魔物相手にこんな苦戦をした事はない。一体どうしたのだ?


苦戦はしたが、何とかロイヤルオークを倒した。だが、まるで第8階層の魔物と戦っていたかの様な錯覚を覚える。


「おい、みんなどうしたんだ? 俺達は栄えある勇者パーティなんだ。みんなもっとやる気を出してくれ!?」


糞、アルベルトが死んでやる気が出ていないのだろう。全く、あの足手まといときたら!


しかし、第5階層で事態が好転する事はなかった。続いて現れたロイヤルゴブリンにも苦戦した。自身でも体感できた、普段よりダメージを与える事ができない。もらったダメージは大きい。


勇者パーティの苦戦は当然だった。パーティの強化魔法はレベル50の司祭ナディヤでさえ攻防1.2倍。レベル上限になっても1.5倍がやっとなのだ。アルベルトの常時ステータス2倍のバフは破格の性能だったのだ。ステータス自体が2倍になるから、後衛職の魔法使いの魔力も2倍になる、デバフの魔法をしくじる事なんて事はなかった。前衛も後衛も速度、力、魔力、その全てが2倍だったのだ。彼らの戦力は半分以下になっていた。たった一人が抜ける事によって…


それに、アルベルトの抜けた穴はそれだけではなかった。


「おい、この魔物、何て名前だったっけ?」


勇者エルヴィンは思わず聞いた。滅多に出現しないレアな魔物。この手の魔物は攻略法を考えて対処しないと、例え勇者パーティでも危険だ。


「お、お兄ちゃんがいないから…」


勇者エルヴィンは思い出した。だいたい、魔物の知識やダンジョンの様々な知識を持っていたのは、あの忌々しいアルベルトだったのだ。アルベルトが魔物の情報や攻略法を覚えていた。それ位しか、やる事がなかったが、今となっては、新たに知識面の人材がいる事は確かだ。


「明らかに戦力が落ちていませんか?」


前衛職のアンネリーゼが泣き言を言う。


「泣き言を言うな! お前たちの気合いが足らんだけだ!?」


勇者エルヴィンの叱咤がダンジョンにこだまする。


だが、結局、彼らが第5階層を突破する事はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る