魔王討伐隊 2
「さっきまで居なかったのに」
ぼそりとクリスがつぶやく。黒いドレスの女の後ろには、大きな狼の姿をした魔獣が二匹侍っていた。
「みんな子どもばかりねぇ。もうちょっと大人の男性が良かったんだけど……。一番魔力が大きい子は女の子二人ね……」
黒いドレスの女性は舐めるような嫌らしい目つきでディアーナとアウロラを見つめた。視線に気がついたクリスとアルンディラーノがかばうように前に立つ。
「あら、可愛いナイトさんたちだこと。でも、ごめんなさいね。貴方達はちょっと魔力が足りないかしら」
「お前は、何者だ!」
クリスが、大きな声で叫ぶ。帰ろうと振り返った瞬間に現れた女性、従えている二匹の大きな魔獣。人間とは思えなかった。
学園の食堂で、ディアーナが「魔王じゃないか」と言っていた、黒いドレスの女性が目の前に現れた事で、魔王討伐隊の緊張感は一気に膨れ上がった。
クリスは腰の剣に手を置き、左足を下げる。
アルンディラーノも剣の握りに手を添えて黒いドレスの女性をしっかりと視線に捉えている。
ディアーナは口の中で呪文を唱えはじめ、ジャンルーカは前方以外を警戒している。
「展開が……ちがうじゃない」
アウロラは、この状況で一番パニックに陥っていた。ゲームでは、魔王が潜んでいそうな洞窟を発見したところで、藪から黒い塊が飛び出してきて、それを避けきれなかったディアーナが体を乗っ取られる。そして、短いイベントムービーと簡単な選択肢が表示され、その後戦闘に入るという流れなのだ。
(黒いドレスの女が魔獣を引き連れて現れるなんて聞いてない!)
できるだけ早く森から撤退して、出来なかったとしても最悪藪から飛び出してくる黒い塊さえ気をつけてれば良いとアウロラは考えていた。
しかし、ここに来てまさかに知らない展開が始まったのである。
「アーちゃん。落ち着いて。あの大きさの魔獣なら領地で二匹ぐらい倒した。一人じゃなかったけど、四人いるからなんとかなるよ」
「アウロラ嬢、深呼吸して。とっさの時にちゃんと駆け出せるように、冷静に」
ディアーナとジャンルーカから声をかけられ、アウロラは深呼吸して心を落ち着かせた。
「そうだ。治癒魔法が使えるのは自分だけなのだから、落ち着いて。怪我をしたらすぐに直せばいい。ヒーラーの役目は全員生存させること。全体を見なきゃ」
前世ライトオタクでゲーマーだった血が騒ぐ。アウロラは「パァン」と小気味よい音を立てて自分の頬を叩くと、しっかりと目を開いて周りを見た。
「ディアーナ様、ジャンルーカ殿下。落ち着きました。大丈夫です。でも、牽制しつつ逃げる方向で行きましょう」
「そうだね。私もそれが良いと思う」
「倒せそうなら、倒そうね」
後方三人組は会話を終わらせると、改めて黒いドレスの女に向き合った。全員の戦闘態勢が整ったのを確認したアルンディラーノは、目に力を入れて黒いドレスの女性をにらみつけた。
「後ろの魔獣は、そなたが操っているのか?」
「そうよ。私の可愛い使い魔たち」
「ネルグランディ領で魔獣をけしかけていたのもそなたか?」
「さぁ? この国の地名には詳しくないの」
アルンディラーノが、外向き用の王子として言葉を発している。舐められないために、自分を大きく見せる為に。
「何故このようなことをしているのだ」
「あなたに言う必要はないわね……お話はもう良いかしら?」
黒いドレスの女性は、懐から黒い羽扇子を取り出すとばっと開いて口元を隠した。
「魔王を倒しに来たのでしょう? 貴方達のお話、聞こえていたわ」
扇子で隠れているのに、笑っているのがわかる。声が楽しそうに響いてくる。
「さぁ、倒せるモノなら倒してみるが良いわ! 私が魔王よ!」
女性がそう声を張り上げると、後ろに控えていた狼が二匹飛び出してきた。
「クソっ! クリスは右、僕は左だ!」
「了解!」
アルンディラーノとクリスは即座に剣を抜くが、勢いよく走ってきた魔狼は、近づくにつれて思った以上に大きく見えた。
二人はかろうじて一撃目の爪を剣ではじくが、狼が全体重を掛けた一撃は思う以上に重く、踏ん張りきれずに足がよろめいた。
「光を遮る闇よ! 我が手に現れ、狼の視界を奪い取れ! 暗転!」
二人の間をすり抜けるように、黒い霧のようなものが飛び出していき狼の顔全体を覆った。突然の闇に包まれた狼たちは、戸惑うようにその場でうろつき、前足で一生懸命闇を振りほどこうと顔をこすり始めた。
「あら! あなたは闇魔法が使えるのね! どちらにしようか迷っていたけど、あなたにしようかしら!」
「クリス、アルンディラーノ! 今のうちだ!」
黒いドレスの女性が嬉しそうな声を上げ、ジャンルーカが前衛二人に攻撃の指示を出す声で台詞の後半がかき消された。
女性の言葉を聞き、アウロラはディアーナを女性の視線から隠すように前に立つ。何をするつもりなのか知らないが、もし何らかの方法で体を乗っ取ろうとしているのであれば、今の台詞はディアーナに乗り移る、と取れる。
「させるか」
クリスとアルンディラーノがふらつく狼に斬りかかっている。ジャンルーカは最後尾から全体を見渡しつつ伏兵に備えている。
「カードゲームには、本体を直接攻撃できるルールもあるんだよ!」
アウロラは右手を鉄砲の形に握ると、人差し指の先から風の弾丸を撃ち出した。まっすぐに黒いドレスの女性へと向かっていったそれは、しかし扇ではたき落とされてしまった。
「うそでしょ。刀で弾丸切り落とす侍かよ!」
二発、三発と風の弾丸を撃ち込み、その度にパシンパシンと扇子ではたき落とされた。合間にディアーナも小さな炎の玉を打ち込んでいるが、そちらは扇子で扇がれて地面に落とされていた。
「ハァッ!」
ディアーナとアウロラの魔法を相手にしていた黒いドレスの女性に、クリスが斬りかかった。不思議な動作でぬるりとその剣を避けた黒いドレスの女性は、チラリとクリスの後方を見た。魔狼は地面に横たわっていた。
「あら、思ったよりも強いわ」
次々に切りつけてくるクリスの剣を、ぬるりぬるりと最小の動作で避けていく女性。合間に風の弾丸と火の玉が襲いかかってくるがそれも扇子でたたき落としていく。全く歯が立っていない。
「隙を見て撤退だ!」
アルンディラーノが叫んだ。アルンディラーノの足下にも倒れた狼が寝そべっている。
「撤退だ、なんて敵にも聞こえるように言っちゃだめよ」
そう言うと女性は鋭く扇子を振り抜き、クリスの首筋を叩いた。
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