魔王討伐隊 1
一方、魔の森へと入り込んだディアーナ達は順調に森の奥へと進んでいた。
森の奥の方から獣のうめき声のような音や、遠吠えの様な声が時折聞こえてくるものの、こういった森に入れば出くわす角ウサギや牙タヌキといった小型の魔獣が全然姿を現さないのである。
「魔獣が全然出てこないねぇ」
「騎士団の定期見回りの直後なのかも知れないな」
「父上が、魔の森の見回りは月末だと言っていたから、前回見回ってからひと月弱経っていると思う」
「じゃあ、もう少し居てもよさそうなものだが……居ないなぁ」
ネルグランディ領での騎士団の手伝いで小型の魔獣退治を経験しているクリス、アルンディラーノは気持ちに余裕がある。
サイリユウムで幼い頃から兄の魔獣退治に付き合わされているジャンルーカは逆に警戒心を解くこと無く緊張したまま後ろを歩いていた。
「そろそろ、時間的に折り返し地点じゃないですかね? 黙って来ているのですから、引き返す頃合いじゃないでしょうかね」
女の子だからと、ディアーナと一緒に真ん中の位置で歩いているアウロラは、ことある毎に「帰ろう」と提案している。その度にアルンディラーノとクリスに笑いながら却下されているが、平民であるが故にそれ以上強く言うことが出来ていなかった。
「アーちゃん、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。森を歩くのは学園内の魔法の森を探索したことだってあるし、私たちはこの夏休みに領地で魔獣退治のお手伝いだってしてきたんだから」
「そうだぞ。角ウサギや牙タヌキの他に、白魔狼も倒したんだ!」
グッと拳を振り上げて、アルンディラーノが振り向きながら声を上げる。その顔は自信に満ちていた。
「ちゃんと後ろに領騎士と近衛騎士が控えていたからね」
後ろから、ジャンルーカが苦笑気味にツッコミをいれるが先頭を歩いているアルンディラーノとクリスには聞こえなかったようだ。
(違う違う。倒すとか倒せないとかってことを心配してるんじゃないの。この中の誰かの体が乗っ取られることを心配してるのよっ)
ゲームのシナリオを知っているからこそ、アウロラは必死に帰ろうと声を掛けているのだ。
ゲームでは、五年生か六年生の秋に聖騎士ルートに入っていると発生するのが魔王討伐イベントだ。その時はクリスとヒロインとコッソリ付いてきたディアーナの三人で森に入り、魔王に体を乗っ取られたディアーナと対峙することになる。つまり、クリスとヒロインの二人だけで魔王を倒すことになる。
イベント発生フラグが立っているのであれば、スキルが十分に上がっているはずなので二人でも倒すことはできる。それを考えれば、まだ一年生ではあるが人数が五人も居る上に、本来悪役令嬢であるはずのディアーナも戦闘力として数えることができる現状なら、魔王に勝つことも可能かもしれない。
だが、問題は魔王が倒せる事ではないのだ。アウロラが心配をしているのは『誰かの体が魔王の魂に乗っ取られてしまう』事であり、それを『仲が良い同級生達で倒さなければならない』事である。まだ十二歳の子どもに、人殺しの、それも級友殺しなどというトラウマを植え付けるわけにはいかないのだ。
「お、お腹空きませんか?」
「さきほど休憩したときに食べたでしょう?」
「も、物忘れのひどい人みたいになってしまった……」
どうにもこうにも、夏休みの経験を糧に謎の自信にあふれてしまっている少年二人、という無敵の存在には敵わない。
「多分、小型の魔獣が出てこないのは奥の方に大型の魔獣がいるせいじゃないかな」
「大型の魔獣ですか?」
ジャンルーカが、少し距離を詰めてアウロラとディアーナの会話に入ってきた。
「遠吠えや、うなり声が時々聞こえるでしょう? あれを聞いて小型の魔獣が隠れてしまっているんだと思う」
ジャンルーカがスッと立てた人差し指を空に向けると、タイミング良く「オォーン」という遠吠えのような音が聞こえてきた。
「やっぱり帰りましょう。アル様もクリス様もジャンルーカ様もお強いのはわかってますが、もし多勢に無勢ってことになっちゃったら対処仕切れないと思うんです」
「アーちゃん。私も強いよ」
強いのはわかっている、のメンバーに自分がいなかったことに異議を唱えるディアーナに、アウロラは「そうですね、すみません」と小さく頭をさげつつ、話を続ける。
「一頭一頭が相手なら楽勝でも、三頭同時に飛びかかられるようなことになれば苦戦します。遠吠えの声やうめき声、先ほどから結構な数が聞こえてきているじゃないですか。ね、今のうちに帰りましょうよ?」
アウロラは必死に説得をする。
時々奇声を発したり、意味不明なことを言っていたり、よくわからないところに忍んでいたりするアウロラが、大真面目に説得する姿にアルンディラーノとクリスは漸く戸惑いを感じた。
何かと言えば「良いぞもっとやれ!」「けしからん、もっとやれ」等とけしかけるような事も言うし、かと思えば必要がなければ積極的には話し掛けてこない控えめなところもあるのがアウロラだ。本人としては、聖地巡礼スチル回収のつもりでコソコソしつつ、貴族の攻略対象にはなるべく近寄らない様にしているだけなのだが、それがアルンディラーノ達には控えめな女子生徒という風に映っていた。
「うーん。そうだな、何も一度で魔王を見つけて倒す必要も無いか」
「森の入り口からここまでの道すがらでは魔王は見かけなかった、というのも成果の一つとはいえますもんね」
アルンディラーノが諦めるようにため息とともに吐き出したのを受けて、ジャンルーカもほっとした顔で同意した。
「えー。せっかくここまで来たのに」
「ここに来るまでに、分かれ道も何度かあったし、今度来たときには別の道を探してみれば良いよね」
クリスは帰るのを渋ったが、ディアーナも出直すことに賛成したので、渋々きびすを返した。
その時。
「あら、帰ってしまうの?」
後ろから、しっとりとした女性の声が聞こえてきた。
びくりと肩を揺らしつつ一斉に振り向いた魔王討伐隊たちは、目の前に黒いドレスの女性が立っているのを見た。
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