ディアーナの行方 2

「ケイティアーノ嬢は今どこに?」

「玄関に一番近い応接室にお通ししてます。侯爵令嬢にはふさわしくない場所ではありますが」

「それでいい。イルヴァレーノ付いてきて!」


 椅子の背にかけていた上着をとり、羽織りつつ図書室を出る。万が一パレパントルや母の侍女に見つかっても怒られない程度の早足で廊下を進み、玄関前の階段を降りて応接室へと向かった。

 いきなりドアを開けたくなる衝動を抑え、カインはドアをゆっくりとノックする。誰何があり、カインが名乗れば内側からメイドがドアを開けてくれた。


 部屋の中には、応接ソファーにケイティアーノがちょこんと座り、その背後に護衛の私兵が一人立っていた。ドアを開けてくれたメイドが、お茶の用意をしてくれていたらしく、失礼にならない程度にもてなしが出来ていた。


「やあ、ケイティアーノ嬢。夏休みがあったから、久しぶりですね」


 部屋へ入り、カインが紳士の礼をする。


「カインお兄様。お久しぶりです。先触れもない訪問で申し訳ありません」


 ケイティアーノも立ち上がり、カインに向かって淑女の礼を取る。うしろで護衛も小さく頭をさげていた。


「ケイティアーノ嬢、今日はどのようなご用件で?」


 ケイティアーノへと座るように勧め、カインも向かい側のソファーへと座る。イルヴァレーノからディアーナに会いに来たというのは聞いていたが、念のために直接用件を聞いてみる。


「あの……。先日、夏休みの終わりに我が家にお茶会に来てくださったときの忘れ物をディーちゃんに届けにきたんですの。私、朝が弱いせいでいつも学園に持って行くのを忘れてしまうので、休息日ですけど覚えているウチに届けてしまおうって思ったんですわ」


 あわよくばディアーナのお誘いでお茶会など出来れば幸運だわ、ぐらいは考えていたケイティアーノだが、それは顔に出さないでおく。


「そうなんだね。ありがとう、ケイティアーノ嬢。ところで、実はディアーナは今留守にしていてね」


 ディアーナの忘れ物が入っているらしい箱を、ケイティアーノの護衛からイルヴァレーノが受け取っている。カインの言葉に、ケイティアーノはとても残念そうな顔をしてゆっくりうなずいた。


「お約束のない訪問でしたから、仕方がありませんわ」

「そのディアーナの行き先が、サラティ侯爵邸だって言っていたんだけど、何か知らない?」

「ウチですか? お約束はしておりませんでしたが、ディーちゃんでしたらいつでも歓迎ですし、そのように使用人にも言い含めておりますから、急に思いついて遊びにきてくださったのかしら」


 それなら、入れ違いになってしまったわ。とケイティアーノが小さくため息をつく。

 カインは背中に冷や汗が流れていくのを感じた。ディアーナは、「前期の復習を皆でやってくるね」と言って出かけたのだ。

「ケーちゃんとやってくるね」なら、思いつきで出かけた可能性もある。貴族令嬢としてはあるまじき行動力ではあるが、ディアーナとケイティアーノは幼い頃からの親友で屋敷も良く行ったり来たりしているのでいつものことではある。

しかし、


「ディアーナは、『皆で』って言ったんだ」


 皆で、ということは他にも友人が集まると言うことで、約束も無しに複数人で押しかけるというのはさすがに貴族令嬢として度が過ぎている。ディアーナは今では世を忍ぶ仮の姿を完全に演じることが出来る。そんな常識外れな事はしないだろう。


「ケイティアーノ嬢。一緒にサラティ侯爵邸へうかがっても良いだろうか?」

「ええ、もちろんですわ。アイビー、帰りますわよ」

「はっ」


 ケイティアーノも話がおかしいことに気がついた様で、急いでディアーナの所在を確認しようとソファーから立ち上がった。

 ケイティアーノがやってきた馬車と、エルグランダーク家の馬車でサラティ侯爵邸へと到着してみれば、やはりディアーナはいなかったが、白くて大きなディアーナの馬車と御者のバッティがそこには居た。


「バッティ! ディアーナは? ディアーナはどこに行ったの?」


 カインが詰め寄ると、慌てたように一歩下がるバッティ。困った様にイルヴァレーノへと視線で助けを求めるが、イルヴァレーノは首を横に振って拒否した。


「えぇー。えっとですねぇ。ディアーナお嬢様は学園へ行きましたよ」

「じゃあ、なんでバッティはここに居るの!」


 焦るカインが、さらに一歩バッティに詰め寄り、その腕を掴んだ。


「学園までお送りした後、お帰りの時間にお迎えに上がりますって言ったら、お家には帰らずにサラティ侯爵家で待機していてって言われたんですよ。『ケーちゃんなら、良いって言ってくれるから』って言われまして」

「まぁ」


 バッティの言葉を聞いてケイティアーノが後ろでくねくねと体をくねらせて照れていたが、カインはそちらを気にしていられない。


「イルヴァレーノ、学園へ行こう。ケイティアーノ嬢、慌ただしいですがコレで失礼いたします」

「ええ、ディちゃんを見つけてあげてくださいまし」


 とりあえず、サラティ侯爵邸にはディアーナは居ない。アリバイ作りなのか時間稼ぎなのか、ディアーナが馬車を隠したのだから、何かあるに決まっている。



 カインは急ぎ足で自分が乗ってきた馬車にのると、学園へと向けて走らせた。

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