ディアーナの行方

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 ディアーナを中心に食堂で魔王討伐隊が結成されて数日、夏休み明けて初めての休息日がやってきた。

 ディアーナは朝から


「前期の復習を皆でやってくるね。場所? ケーちゃんのお家だよ」


 と言って出かけている。

 カインは、夏休みをネルグランディ領とアイスティア領で過ごした事でたまっている領地関係の書類整理に取り組んでいた。


「うう。領民や地方官からの嘆願書、エクスマクス叔父様が魔獣騒動で忙しいせいかあんまり整理されてないままこっち回ってきてる……」


 半泣きになりながら、カインが書類を一枚持ち上げてペラペラと振る。窓から入る光に書類を透かしてみたところで、仕事は一向にはかどらない。


「今までがお手を煩わせすぎだったのでしょう。領騎士団長と兼任で領主の代理をしていらっしゃったんですから」


 そう言って、イルヴァレーノがドサリと本を置く。

 カインはまだ自分用の執務室を与えられていない。その上、自室の勉強机では書類を広げるのには狭いので、父の仕事の手伝いは図書室でこなしていた。

 今日も、図書室の一角に資料本と書類を広げて仕事をこなしている。


「過去五年間のネルグランディ領の穀物種類別の収穫量の記録と、税収の記録です」

「ありがとう、イルヴァレーノ」


 置かれた本を手に取り、ぱらぱらっとめくって中身を確認するカイン。手元の書類数枚と見比べて、メモを取る。


「うーん。イルヴァレーノ。穀物種類別の収穫量の記録さぁ、もうちょっと狭い地域別のってない?」

「地域別ですか?」

「収穫量の記録と税収の記録は、地方管理官毎にまとめてるはずだからあると思うんだけど」

「必要ですか?」

「ネルグランディ領って広いじゃん。北と南、東と西の端っこ同士では作ってる穀物の種類の比率が違ったりするじゃん。寒いのが得意なやつとか、夏に強いやつとか。そういうの知りたい」


 地域にとって得意分野の農産物の税率をちょっと高めにし、苦手分野の農産物の税率をちょっと低めにする。またはその逆など、地域差を小さくするヒントが拾えるじゃん。とカインは説明した。

 図書室の本棚を探していたイルヴァレーノは、


「ここには無いようですね。ウェインズさんに聞いてきます」


 と図書室を出て行った。


「うーん。前世営業だからなぁ……。知識チートってわけにいかないねぇ」


 一人になったことで、人には聞かせられない独り言をぼそりとつぶやくカイン。

もちろん、家庭教師からこの国の税制や土地や人の管理方法については一通り習っているし、学園の一般授業でも教えている。後継者教育として一部渡されている仕事についても、始める時には父とパレパントルからしっかりとやり方やポイントのレクチャーはされている。前世で営業職だったので経営や経理にはさほど詳しくないカインではあるが、社会人経験があるので書類の整理や作成は出来るし、営業だったからこそ要望のすくい上げなどは得意な方である。


その上、これまでは領主代理として領地をまとめていた叔父のエクスマクスが資料や意見をまとめてから王都に送ってくれていたため、カインの初めての後継者仕事は順調に進んでいたのだが。


「騎士団仕事が忙しくなったせいで、上がってきた要望書がほとんどそのまま届いているんだよなぁ」


 一応、叔母のアルディや領地の城を管理している執事のパーシャルが大雑把な分類分けなどはしてから王都へ転送してくれているらしいのだが、やはり以前よりは処理をするのに手間が掛かっている。


「得意分野だったらなぁ。良くある異世界転生、前世知識で内政改革! みたいな事もできたんだろうに」


 頬杖をついて、もういちど書類を窓から差す光にすかす。そうしたところでアイデアが浮き彫りになってくるわけではないのだが、なんとなくぼんやりと眺めてみた。


「商売でブイブイ言わせている家門だったら、もうちょっとお役に立てたかもしれないんだけどなぁ」


 コレばっかりは仕方が無い。ド魔学の攻略対象に商家出身のキャラは一人いるが、ゲーム内容をひっくり返すには弱い立場の人間だった。悪役令嬢を不幸にしない。魔王を復活させないといったシナリオの中心になる部分を押さえておくには、カインかアルンディラーノに転生するしかない。なにより、カインというキャラに転生していたからこそ、イルヴァレーノを救えたのだ。


「イルヴァレーノが居て良かった。イルヴァレーノを拾ったのは、本当に幸運だったよな」

「そんなこと言われても、おやつは増えませんからね」

「うわっ」


 いつの間にか、イルヴァレーノが帰ってきていた。手には数冊の本が抱えられている。


「俺がいなくたって、カイン様は巧いこと生きていったでしょう」

「何言ってんだ。そういうことじゃ無いんだよ。……そうだ。イルヴァレーノは将来僕の側近になるんだよな? お父様とパレパントルみたいな感じで。だったら、今からイルヴァレーノも仕事に慣れておこうぜ!」


 自分がいない間、ディアーナを預けておける信頼できる人間、という意味で言ったつもりのカインだったが、口からでた言葉だけだとイルヴァレーノ大好きっ子なだけだと思われそう。そう思って、照れ隠しでカインは書類の半分をズイッとイルヴァレーノの方へ押しやった。


「今やっている分は、カイン様の後継者教育の一環なんですよね。俺が手を付けてどうするんですか。俺は俺で、ウェインズさんから執事の仕事を教わってますから、コレはカイン様がこなしてください」


 イルヴァレーノも書類をズイッとカインの方へと押し戻した。そして、さらに押し返されないように、自分の前に持っていた本をドサリと置いた。


「俺とか言っちゃって~。パレパントルに怒られても知らないよ」

「“目”に賄賂を渡してあるんで大丈夫です」


 イルヴァレーノはチラリと天井に視線をやって、そして戻した。


「それよりカイン様。ディアーナお嬢様あてにお客様がいらっしゃってるんですが……」


 イルヴァレーノが眉毛をハの字にした。困った客なのか? カインは思ったが、それであればパレパントルが上手いこと追い返してくれるはずである。優秀な執事なのだ。


「ディアーナは今日、ケイティアーナ嬢の家に遊びに行っているだろう? そう言って帰って貰ったら良いんじゃないか? 急用ならサラティ邸に行くだろうし」


 いくらディアーナラブの過保護兄のカインとて、ディアーナ宛の客を黙って接待したりはしない。プライベートはちゃんと守る健全兄を目指しているのだ。


「それが、そのお客様というのが、サラティ侯爵令嬢なんです」

「はっ!?」


 ケイティアーノの屋敷へ遊びに行ったはずのディアーナを、ケイティアーノが訪ねてきた。

 そんなあり得ないことをイルヴァレーノから告げられ、カインは椅子を倒しながら立ち上がる。

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誤字報告、いつもありがとうございます。助かっております。

感想も、個々のお返事はしておりませんが全部目を通しております。

いつもありがとうございます。

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