ラトゥールの葛藤 1

 カインにプロデュースされて身ぎれいになり、魔法の森の冒険でアルンディラーノやディアーナやアウロラと普通に話せるようになったラトゥールは、彼らを介して他のクラスメイトとも徐々に会話が出来るようになってきていた。


 魔法に関する深い話は毎週一回の放課後に上級生であるカインと話すことで知識欲を満たし、クラスメイトとは魔法とも関係ない話をすることで魔法研究の新たな視点を得たりと、好奇心を満たしていた。


 カインは、一年生の魔法の森の冒険イベントの時にこっそり後を付けてディアーナ達を見守っていた。ディアーナがアウロラをグループへと誘ったときには『ハミッ子を誘える優しい子!』というディアーナを賞賛したい心と『なんで自らヒロインに関わりに行っちゃうの?』という不安な心に苛まれていたが、入り口が遠くなってから皆が素の姿をさらしあったり、協力して物事の解決に当たっていく姿をみれば最後はじんわりと心が暖まっていた。


 毎週水曜日の魔法談義の会も、回を重ねる毎にラトゥールの口調が柔らかくなり、ちゃんと人と会話で意思疎通をしようと頑張っている姿が見られるようになって行った。


「カイン様、最近ご機嫌ですね」

「まぁね。懸念事項が一つ無くなりそうなんだよね」


 ヒロインを好きになったものの、振り向かせ方がわからないが為に得意な魔法をつかって心を奪おうとしたゲームのラトゥール。精神支配魔法がヒロインではなくディアーナに誤爆してしまった上に魔法も失敗していた為にディアーナが廃人になってしまうと言う悪役令嬢の破滅ルート。

 このままラトゥールが心を開き、人と会話をすることで関係を築いていくということが出来るようになっていけば、少なくとも精神支配魔法を使うことは無くなるだろう。

 それは、ディアーナの破滅フラグを一つへし折ることができるということだ。

 授業が早めに終わったので秘密の部屋に一番乗りだったカインは、イルヴァレーノの入れたお茶を飲んでゆったりと一年生組がやってくるのを待っていた。


「空中でお湯を沸かす方法、見つけられたかねぇ。ラトゥールは」

「あの方法でお茶を入れようとするとテーブルの上が水浸しになるのであまりマネしてほしくないんですけど」

「ラトゥールは理屈が知りたいだけだから、実際には自分でお茶なんか入れないと思うよ」


 先週は、カインが空中に水の球を出してその場で沸騰させるというのをラトゥールに見せた。水の球の周りに空気の層を作って圧縮し、圧縮熱で湧かしているのだが、ラトゥールには理屈を教えずに一週間自分で考えてみるように、と宿題をだしていたのだ。

 この湯沸かし方法はカインの魔法の師匠であるティルノーアもやるのだが、どうも理屈はカインのやり方と違うらしい。

 ラトゥールがどっちの方法を発見してくるかカインは楽しみにしていたのだ。

 やがて一年一組の授業も終わったらしく、秘密の部屋のドアがノックされてゆっくりと開いた。


「やあいらっしゃい」


 まずドアからサッシャが入ってきて、ドアが閉まらないように押さえている。その隙間をくぐるようにディアーナとアルンディラーノが入ってくる。いつもの通りの風景だった。


「ごきげんよう、お兄様」

「またせたか、カイン」


 いつものカインの挨拶に、いつも帰ってくる同じ言葉。しかしその声色はいつもよりも暗かった。


「………どうも」


 最後に入ってきたラトゥールは、両手をディアーナとアルンディラーノにしっかりと掴まれて、連行されるように入室してきたのだ。

 そして、その姿はカインにプロデュースされる前のように、いやもっとひどい姿になっていた。


「ラトゥール!? その格好はどうしたの」


 驚いてソファーから立ち上がったカインは、雑にカップをテーブルに置いてラトゥールへと駆け寄った。

 ラトゥールは、せっかく綺麗に整えた長い髪が肩の辺りまで短くなっており、しかも毛先はバラバラのボサボサになっている。眼鏡も元の瓶底眼鏡に戻っており、服もアイロンが掛かって無くてしわしわである。


「………私は、ここにくる、資格ないですから」


 そして、せっかく普通にしゃべれるようになっていたのに、また片言のしゃべり方に戻ってしまっている。性格も卑屈になっているようだった。


「資格なんて、ラトゥールはディアーナの友人だろう? それで十分じゃ無いか」

「……」


 なんだ? どこで間違えた?

 同級生魔道士ルートのディアーナ破滅フラグは順調に回避の方向に向かっていたはずじゃないのか?

 ディアーナとアルンディラーノに腕を掴まれたまま立っているラトゥールは、心なしか前よりも猫背がひどくなっている気もする。

 血の気が引いて、カインの顔色が青くなる。その様子に、ドアの前に立っているディアーナとアルンディラーノもどうしたら良いかわからずお互いの顔を見合わせてオロオロとしていた。


「ひとまず部屋の中へ入ってしまいましょう。ディアーナ様、アルンディラーノ王太子殿下、おかけください」


 カインの肩にぽんと手を置き、背中から顔を覗かせたイルヴァレーノがディアーナとアルンディラーノに声をかける。のろのろと動き出した三人を横目に、サッシャに視線を移すと


「サッシャはあったかいお茶を入れてあげて。たぶん、甘めにした方が良いと思う」


 と指示を出す。


「あ、はい!」


 声をかけられた事で自分のすべきことを思い出したサッシャは、素早くドアを閉めると簡易キッチンの方へと早歩きで向かった。


「カイン様も座りましょう。今、サッシャがお茶を入れ直しますから」

「あ、ああ」


 イルヴァレーノに支えられ、カインは元座っていたソファーへと戻っていった。




 ディアーナとアルンディラーノの話によれば、ラトゥールはこの姿で登校してきたのだそうだ。やっと交流をするようになってきたクラスメイト達は、この異様な姿を心配し、朝のうちは声をかけていたのだそうだ。


「大丈夫?」

「何があったの?」

「何か出来ることはある?」


 みなからそういった声を掛けられる度に、ラトゥールは


「大丈夫」

「ほっておいて」

「なんでもない」


 としか答えなかったんだそうだ。

 だからといって、入学当初のラトゥールに戻ったというわけでもないらしく、授業中に教師を質問攻めにして授業を止めてしまうと言うこともないらしい。


「せっかく仲良くなってきたのに、かなしいから」


と、ディアーナとアルンディラーノは二人がかりでラトゥールをここまで引っ張ってきたらしい。


「まずは、そのザンバラ髪をどうにかしようか。サッシャ、イルヴァレーノ。お願いできる?」

「お任せください」


 自分で切ったのか誰かに切られたのかはわからないが、明らかに素人が適当に切ったような髪の毛は毛先がそろっておらず、その後のケアもしていないのかパサパサになってひろがっていた。

 イルヴァレーノがはさみで毛先を整えて見栄えを良くすると、サッシャが香油や精製水を使って髪の手入れをし、櫛で丁寧にとかしていく。

 ディアーナの髪や肌をいつでも手入れできるようにと、サッシャはいつも小分けにして持ち歩いているモノらしい。

 サッシャが髪の手入れをしている間に、イルヴァレーノはラトゥールのとれたボタンや外れかけの校章などを針と糸で付け直していく。

 使用人コンビがラトゥールの面倒を見ているうちに、カインはディアーナとアルンディラーノから今日あった事などを聞いていくが、朝この状態で登校してきて、ようやく慣れてきていたのに人見知りが再発してしまっていた。ということしかわからなかった。


「登校中の襲撃でこうなったというのであれば、学校と王都警備の管轄に掛け合って犯人捜しをしなければいけなんだけど、そうでは無いというしさ」


 魔法の森の冒険以降、ラトゥールにも友情を感じていたアルンディラーノは、王子という立場でできる事があるのならやりたいと思っていたようだ。

 その日は、それ以上わかることもできる事もなく、ラトゥールを身ぎれいにしただけで解散となった。

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