夢で会いましょう
「良いかい? この策を直接ディアーナに授けることも出来るんだ」
ふかふかのソファに偉そうに足を組んで座るカインが、人差し指をチッチッチと振りながら言う。
「でも、それではディアーナの自尊心を傷つける恐れがある。なんでかわかるかい?」
カインの向かい側には、簡素な木製の椅子にイルヴァレーノが座っている。
なんとなく貴族の家だと思われる室内だが、イルヴァレーノが見たことの無い部屋だった。しかし、カインが座っているソファはサイリユウムの邸にある客室の物。イルヴァレーノが座っている木製の椅子はリムートブレイクの邸にあるイルヴァレーノの私室の物だ。
「お茶会に消極的な令嬢をお誘いする方法を教えるね! なんて言ったら、ディアーナの失敗が俺に伝わってるってディアーナにバレちゃうだろ?」
ああ、カインが自分のことを俺って言ってる。それに気がついたイルヴァレーノは、これが夢なんだと理解した。
「やる気がある子には、やらせるべきなんだ。そこに成長の鍵はある。でも、暴走しないように助言は必要だ」
この台詞は、イルヴァレーノがサイリユウムを発つ前日にカインから実際に聞かされた物だ。
「俺は最終兵器を作った。サッシャにも事前準備をお願いした。仕掛けは上々、後は」
カインは組んだ足の上に組んだ手を置き、顎を上げてにやりと笑う。向かい合うイルヴァレーノは黙ってその表情を見つめるだけだ。
留学して離ればなれになった後、長期休暇などで会うカインは自分の事を『私』か『僕』としか言わなくなった。昔はイルヴァレーノと二人きりになった時などは時々『俺』と言っていたのに。
ディアーナが普段から淑女として行動出来るようになるにつれ、カインも普段から紳士として行動するようになった。その行動が身についてきているのだろうが、周りに大人が居なくてもディアーナが居なくても素の感情を出すことが少なくなってきている。
貴族らしくなってきたと言うことであろうが、イルヴァレーノはそれが少し寂しかった。おどける姿さえ作り物な気がしてしまう。
サイリユウムで一緒になって道具作りに奔走している間は、楽しかったと目を細める。
「俺はそちらに行けない。イルヴァレーノだけが頼りだ」
先ほどまでは無かったローテーブルが、ソファと木製椅子の間に現れる。明らかに夢だ。
それでも、カインに頼られるのは嬉しかった。
「もちろん。ディアーナ様は俺にとっても妹みたいなもんだからな」
夢だとわかっていても、頼られれば嬉しい。イルヴァレーノは力強く頷いてみせた。
ドンドンドンと戸をたたく音でイルヴァレーノが目を覚ます。
七日かけた馬車での帰郷の旅は、自分が従者であるという気負いもあって何泊か馬車で車中泊もしている。そうで無くても二頭引きの馬車を御者として運んできたので疲労は自分で想像したよりもたまっていたようだ。
「イールーくーん。あーさーだーよー」
扉の向こうからディアーナの声がする。
カインに付き合って始めた早朝ランニングはすでに習慣になっていて、今ではどんなに前日寝るのが遅くても時間になれば起きることが出来ていたのに、今朝はディアーナに先を越されたようだった。
「いぃーるぅーくぅうぅーん」
「お嬢様、旦那様や奥様はまだお休み中ですからもう少し押さえて」
扉の向こうの会話を聞き流しつつ、手早く身支度を済ませたイルヴァレーノが部屋の外へ出れば、ランニング準備万端のディアーナが待っていた。
「お寝坊さんなのは珍しいね? お疲れ様だった?」
「いや、大丈夫」
「ですから、今日は寝かせてあげましょうと言いましたのに。お嬢様」
「いや、大丈夫だから」
あくびをかみ殺しつつ、イルヴァレーノ、ディアーナ、サッシャの三人で邸の外塀沿いにランニングをする。
カインに続いてイルヴァレーノもそばを離れ、朝の恒例ランニングがディアーナ一人になってしまう事になってから、サッシャが一緒に走るようになったのだ。
そうはいってもれっきとした令嬢でもあるサッシャはあまり運動が得意では無い。ディアーナとイルヴァレーノが十周回る間に五周回るのがせいぜいだった。
「それでも、最初は三周しか出来なかったのだから、サッシャは頑張っているわ」
「はぁ。はぁ。いざというとき、お嬢様に、ついて行けないのでは、侍女失格です、から」
十周回ってなお朗らかに笑うディアーナに対し、息も絶え絶えのサッシャである。
「さ! 朝食が終わったらお兄様のお土産披露よ、イル君!」
「まだ、二度寝、はぁ、してからでも、朝食に間に合う時間ですけどね。ふぅーぅ」
元気いっぱいのディアーナとようやく息が整いつつあるサッシャの会話を聞いてイルヴァレーノは納得した。
自分が寝坊したのではなく、ディアーナがフライングしただけだった。
カインとの会話が名残惜しくて寝汚くなっていたんじゃなかった事に、ほっとしたイルヴァレーノだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます