好意と意気込みと挫折
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みんなで作戦会議をしてから二月後、『カインお兄様好感度アップ作戦お茶会』の第一回目がようやく開催されることになった。
お茶会開催に二ヶ月もかかったのは、夏休みが終わったばかりのド魔学はテストだの運動会だの収穫祭だのとイベントが盛りだくさんで令嬢の時間が取れなかったためである。
季節はすでに秋を過ぎて冬に差し掛かろうという時期。昼に開催したとしてもガーデンティーパーティでは寒いという事で、会場はエルグランダーク邸のティールームとなった。
ディアーナがお茶会に最初に招待したのは、ティモシー・ジンジャー伯爵令嬢。
カインとのプレお見合いの時に「せっかくのお見合いなので二人きりで」と言ってディアーナを退席させようとして、カインを怒らせた令嬢である。
あのとき、カインがなぜ怒ったのか。
「カインお兄様は、ディちゃんを溺愛していて、過保護すぎるほどに過保護なところがあるんですの」
「ディちゃんも一緒に、と三人で過ごせば楽しく過ごせますもんね」
ノアリアとアニアラが、当時のカインをフォローしようとした。
お見合いの席でいきなり怒りだしたカインの印象は悪いかもしれない。
「お兄様は、普段はちゃんと優しいんですのよ」
「きちんとお話を聞いてくださいますし、失敗してもわかりやすく諭してくださるんです」
ディアーナとケイティアーノが、カインの良いところを紹介しようとする。
カインは優しい。カインは楽しい。色々な言葉を尽くして、四人はカインと自分たちについてティモシーに一生懸命語った。
ずっと黙って話を聞いていたティモシーが、四人の話が途切れた瞬間にガタンと椅子の音を立てて立ち上がった。
「ひどいわ! 寄ってたかって私を馬鹿にして!」
叫んだティモシーの目尻には、涙が浮かんでいた。
「招待されたから来たお茶会で怒られて無視されて、ひどい扱いをされたのは私の方なのに、まるで私の方が理解が無くてわがままだったみたいな言い方!」
突然の大きな声に、びっくりしてしまったディアーナ達がぽかんとした顔でティモシーを見上げることしか出来ないでいると、ティモシーはスカートをつまんで一礼をした。
「お時間まだ早いけれど、失礼いたしますわ」
ティモシーはそう言うと、くるりときびすを返してティールームから出て行ってしまった。
部屋の外で、少し震えたティモシーの声が聞こえた。待機していた自分の侍女に声をかけたようで、続いて「お嬢様」と追いかける声と、遠ざかる足音が聞こえて、やがて聞こえなくなった。
突然の出来事に残された四人の少女は言葉が出てこなかったため、エルグランダーク家のティールームはしばらく静寂に支配されていた。
その日の夜、ディアーナは母エリゼに叱られた。
以前のカインとのお茶会と同じように、ディアーナとのお茶会に関してもクレームが来たのだ。伯爵家から公爵家へとクレームを入れるのは勇気の必要なことだっただろうが、元々ジンジャー伯爵がディスマイヤと同じ法務省に勤務している関係でカインのお見合い相手に選ばれていたのだ。
気心の知れた上司と部下という関係から、しっかりとクレームを入れてきたらしい。
「ディアーナが絡んだときのカインもひどいとは思っていたけれど、カインが絡んだときのあなたもあまり褒められた物では無かったのね」
ため息を吐きながら母がそんな言葉を漏らしていた。
ディアーナはしょんぼりと落ち込んで部屋に戻り、ソファーの上で三角座りをしてその夜を過ごした。
「お兄様……」
ぽつりと言葉をこぼすディアーナの姿は、いつかひどく落ち込んで部屋に閉じこもっていたカインの姿にそっくりであった。
ディアーナの私室の隣にある隠し部屋、侍女の待機室ではやはりサッシャも三角座りをして落ち込んで居た。サッシャの憧れの『完璧な侍女』にはほど遠かった今日のお茶会を振り返り、こぼれそうになる涙をシーツの端で拭い取る。
この二ヶ月間、サッシャはお茶会開催の準備をディアーナに感じさせないように先回りして準備をしてきた。
「こういう感じにしたい」
というディアーナの意見を先回りして、
「すでに準備済みでございます。お嬢様」
と答えてきた。
年上の令嬢を呼ぶ為に、魔法学園の学校行事の予定表を手に入れた。
姉の伝手を使って、学生の間ではやっているお茶のフレーバーや人気の菓子屋を聞き出して用意した。実際、お茶会に来て席に座った瞬間のティモシーは、お茶の香りに顔をほころばせ、テーブルに並んでいるお菓子をみて目を輝かせていたのだ。
お茶会開催までは、『完璧な侍女』に近い働きが出来ていたと自負している。これが普通のお茶会であれば、大成功だったに違いない。
しかし、今回のお茶会にはちゃんと『カインをよく思っていない女性にカインの良さを伝える』というテーマがあったわけで、それが完遂されなかったのであれば失敗だ。
お客様であるティモシー嬢は泣いて怒って帰ってしまったのだから、お茶会は大失敗だ。そして、ディアーナは親から叱られてしまって落ち込んで居るのだから、完璧な侍女としても大失敗である。
ディアーナとその友人達の会話内容まで把握して事前に軌道修正をして置けば良かった。話の途中でも、方向転換をさせるように会話に割り込んでしまえば良かった。
それは使用人で侍女であるサッシャに取っては越権行為に他ならないので、もう一度同じ事があったとしても実際に行動できるかと言えば難しい。
サッシャは頭のなかでぐるぐると結論の出ない反省を繰り返しては、シーツの端で涙を拭った。
「ディアーナお嬢様……」
完璧な侍女としてお茶会を完璧に完遂できなかった事よりも、ディアーナを落ち込ませてしまったことが何より悔しいと感じている事に、サッシャは自分では気がついていなかった。
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