友人に向ける顔、家族に向ける顔
いつも誤字報告ありがとうございます。
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サイリユウム王国の現在の王都サディスは、六年後の遷都のために売りに出されている家というのが存在している。
今年の夏になって、やっと次の遷都先が決定したのもあってその数は少しずつ増えている。
それは、新王都へ拠点を移そうとしている商人の自宅であったり、普段は領地で生活している貴族の王都滞在用の別宅であったりと場所も大きさもバラバラである。
今回エリゼが購入したのは、とある伯爵家の家だという。
森と山と温泉のある、木材や木材の加工品が主な産業となっている領地を治めている家で、次の遷都で王都と領地が近くなるため、買い替えではなく単純な売却なのだそうだ。
「だからね、使用人込み込みなのよ。それに、木材加工に強い領地の方だったからかしらね、家の中の家具類がとっても素敵なの」
とエリゼが喜んでいる通り、購入した家は家具使用人付きだったのだという。
とはいえ、ここは外国なので使用人たちにリムートブレイク語ができる者は多くないらしく、身の回りの世話をするものは何人か連れてきているようだった。
「お父様は、なんて……」
「ひと月も滞在するなら、宿なんて取らずにいっそ家を買えば? といったのはお父様よ」
「oh・・・」
「カインの留学中には、何度か訪れることもあるかもしれないからとも言っていたわ。お父様も、カインの事を心配なさっているのよ」
「そうですかね」
妹への溺愛がひどすぎて、引き離すための留学だったはずである。
カインとしては、ディアーナの幸せのためには一時だって目が離せないと思っていたのに引き離されたこともあって、父に対しては自分への愛情は懐疑的である。
夏休みにも、貴族としての姿勢を厳しく注意されている。
ジュリアンが去った後、改めて膝に乗せていたディアーナがカインの顔を振り仰ぎながら、小さく膝を叩いてきた。
「ん?」
カインがやさしく頭を下げて耳をディアーナの口元に持っていくと、ディアーナは小さな手を口元に添えて、内緒話をするようにこっそりと声をひそめてささやいた。
「こちらのお家には、中庭に素敵なものがあるんですのよ。お兄様にも見せてあげますからね、学校が終わったらきっと遊びに来てね」
「素敵なもの? なんだろう」
「見てのお楽しみ!」
上体を起こして、改めてディアーナの顔をみつめれば、カインが喜んでくれるのを疑いもしないにこにこ顔である。きっと、とても素敵なものがあるに違いない。
その中庭に何があったとしても、カインは嬉しいと思った。そうやって、ディアーナが素敵なものを分けてくれようとする、その心が嬉しかった。
カインは入り口側の壁際に立つイルヴァレーノに顔を向けて、すさまじいドヤ顔をした。
(みた? うちの妹ったらこの僕に素敵なものを見せてくれるんですよ!!)
(わかったからあっちむけ)
一年弱ほど離れていた主従だったが、こんな時はなぜか心が通じ合うのだった。
ディアーナを膝に乗せ、頬ずりをし、頭のてっぺんのにおいを堪能したカインはいい加減にしなさいと母から二発目のゲンコツをもらったところで、一旦学校へ戻ることにした。
母エリゼとディアーナは学校や寮の見学を望んだが、それはまた後日、とカインは二人をなだめた。
今日はまだ授業がある時間に抜けてここにきているのだ。今学校や寮を案内したら生徒たちとディアーナが鉢合わせしてしまう。
「こんなに可愛くて愛らしくてプリティなディアーナを見たら、みんな殺到してしまいもみくちゃになってディアーナが怪我でもしたら大変じゃないですか!」
そう、カインは主張したのだが母エリゼはあきれるばかりであった。
しかし、他の子たちの勉強を邪魔する気もなかったエリゼは「では、お休みの日に許可をいただいて頂戴ね」とあっさり引き下がったのだった。
もともと王都内に家のある貴族であっても、寮生活をすることになっているのである。カインも母が購入したという新居に泊まるのであれば外泊届などを出さなくてはならない。
繁華街に繰り出して朝まで遊びます、という理由では却下されることもあるが、自宅に戻ります、領地から来た家族の宿泊先へ出かけます、といった内容であればまず受理される。
貴族の令息令嬢を預かっているので、点呼の時に不在だった場合に遊びに抜け出しているのか帰宅しているのかはたまた誘拐されたのかがわからないと困るので所在確認の意味もあるのだと、入寮時に寮監が冗談めかして言っていた。
母とディアーナを見送るために、応接室を出て玄関までの短い廊下をエスコートして歩いていたカインは、前方が騒がしいことに気が付いた。
ハッセに呼ばれた時は午後の授業開始直前だった。それから寮の応接室へと移動し、家族団らんの時間を僅かばかりに過ごしたけれど、まだ放課後になるには早い時間である。
寮に生徒が戻ってきているという事は考えられなかった。
普通の生徒であれば、まだ授業中のはずの時間。だからカインは油断した。
「あ、おーい! カイン様ぁ~! 妹ちゃん紹介してぇ~」
「ぜひ、ご挨拶させてくださーい!」
「ジュリアン様ばっかりずるいよね!?」
「「「僕ら、親友じゃん!?」」」
分別がある為にめったなことではやらないが、授業を繰り上げて終わらせることなどたやすくできる権力を持つ第一王子。
そして悪だくみの為ならばその権力に乗っかることにためらいのない、好奇心旺盛な思春期の少年たち。
ジュリアン、アルゥアラット、ディンディラナ、ジェラトーニ。そして、なぜかまじめでこう言うことは真っ先にたしなめてくれるであろうはずのシルリィレーアとユールフィリスまでがそこに立っていた。
カインは焦った。とにかくディアーナを隠さなければならないと思ったし、保護者に学校での自分というのをばらされるのは単純に恥ずかしいと思った。
それまで握っていたディアーナの手を放し、友人たちの元へと駆け出してしまった。
「なんでいるんだよ。まだ授業中のはずでしょう?」
「わははは。やはりな、あの様子では放課後となる前に解散し退出されると思ったのだ。そう簡単に裏をかけると思うでないぞ、カイン」
「ジュリアン様が、なんだかんだで授業時間を短縮するよう先生に交渉してくれたんだよねー」
「止めてくれよ」
「え、なんで? カイン様のお母さまと妹ちゃんなんて絶対美女と美少女じゃん。みたいじゃん」
「俺、さっきジュリアン様に聞くまでカイン様が一人っ子だって信じちゃってたんだけど!?」
「そのままの純真な君でいてくれよ!」
「……カイン様、そのような恨みがましい目で見ないでくださいませ。わたくし、授業短縮についてはお止めしましたのよ?」
「立派でございました、シルリィレーア様。勉学の大切さ、時間を守ることの重要性を分かりやすく説明なさっておいででした」
「でも、止められなかったんですね?」
「……いたしかたありませんわ。この度は相手が上手だったのです。そして、授業が短縮されることが覆されないのであれば、カイン様のご家族様にご挨拶ができる機会を逃すわけにはいきませんですわね」
「なんで!」
カインは必死に友人たちを食い止めた。「いいから、とりあえず食堂の方に行ってくれよ!」と玄関から応接室とは反対側の廊下へと押しやろうとした。
カインは、ディアーナの為と思って友人たちを追い返そうとしていた。
それを母エリゼは「カインにも同じ年の友人が出来たのね」とほほえましく見ていた。
イルヴァレーノは「あいつあんな顔すんだな」と思いながらカインの事を見ていたが、ふと視線を手前に戻すと、斜め後ろからでもわかるほどにほっぺたを膨らませているディアーナが見えた。
サッシャは最初から、イルヴァレーノとは反対側の斜め後ろからディアーナを見ていた。
カインに手を離された瞬間から、ディアーナのほっぺたは膨らみ始め、友人らと歓談(しているように見える)を始めたころからみるみるうちにまん丸に膨らんでいった。
もうこれ以上は膨らむことはできないだろうというところまでほっぺたが膨らんだところで、ディアーナはくるりと後ろを向いた。
眉と目が吊り上がって、大変怒っている顔だ。
普段は無邪気に笑っていたり朗らかに微笑んでいるので気が付きにくいが、ディアーナは目が吊り目なので真剣な顔や怒った顔だと迫力が出る。
ただ、への字口に引き結んだ口元とぷっくり膨らんだ頬が幼さを醸し出していて、まだ怒っていてもかわいらしい。
振り向いたディアーナはズンズンと大股で歩いてくると、イルヴァレーノとサッシャの手をむんずとつかんだ。
「お嬢様?」
「ディアーナ様?」
サッシャとイルヴァレーノが困惑して声をかけるが、ディアーナは答えずに腕をつかんだまま今度はカインの方へと歩き出す。
あと三歩ほどでカインのそばへとたどり着くというところで立ち止まったディアーナは大きく息を吸い込むと思い切り気持ちを吐き出した。
「いいもん! ディにはイル君とサッシャがいるもん! お兄様なんかしらない! お兄様なんかきらいっ!」
まだほとんど生徒が帰ってきていない静かな寮の廊下に、ディアーナの悲痛な叫びがこだました。
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悪役令嬢の兄に転生しました 小説4巻、コミック1巻が5月10日発売です。
発売まであと三日!
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