がんばってセンスを磨きましょう

いつもよりもこぢんまりとした食堂に子どもたちで入っていく。テーブルの上には大皿に料理が山盛りになっており、取り分け用の小皿が入り口近くに積まれていた。


「今日は、自分で食べたいものを自分で取って食べる形式だよ。みんな順番に皿を取って自分の席にすわってね」


カインはそう言うと皿を一枚取ってアルンディラーノに手渡した。


「アル殿下は、念の為僕とはんぶんこしましょう。どれが食べたいですか?」


椅子に座るのをまってカインがそう声をかけると、ワクワクした顔のアルンディラーノはパンの山から渦巻になっているパンを指差した。


「カイン、アレがいい。あの、渦巻のやつ! あれは甘いものが巻き込まれているんだよ!」

「了解です。これですね、これ甘くておいしいですよね」


アルンディラーノの指差したパンを手にとると、カインは半分に割って片方をアルンディラーノの皿に載せた。

焼き立てでまだホカホカしているパンを一口かじって、アルンディラーノはいつも以上にニコニコと笑顔になった。


「おいしい! あったかいパンは美味しいね!」


いつも、毒味役が食べてしばらく時間が経ったものが提供されているため、スープはぬるくパンは冷めているものばかりを食べているアルンディラーノ。

まだホカホカで、練り込まれたカラメルと練乳がとろりと溶け出すのを美味しそうに頬張っている。


キールズもコーディリアもその様子を見てほんわぁ〜とした気分になりつつも、自分のパンやサラダを取り分けて食事を始めていた。


「さて、時間がないのでサクサク行きましょうね。この後の予定も詰まっているので。マクシミリアン、まずはあなたの罪状について」


アルンディラーノの指差すパンを取って半分にしながら、カインがマクシミリアンへ視線を向けて話し始める。

マクシミリアンも、ギシギシという腕をなんとか伸ばしてパンをつかみ、小さくちぎりながらカインの話を聞く姿勢をみせた。


「まず、あなた達とは別件で収監されていた地下牢の人たちを解放した件についてです。これは、あなた達の仕業じゃなかったということが分かりました」

「え、そうなの?」


マクシミリアンではなく、キールズが目を丸くして問い返してきた。

地下牢の囚人達が逃げ出したことで、騎士たちが追跡や捕縛に駆り出されて城が手薄になり、マクシミリアン一派が易易と侵入できたという経緯から、囚人を解き放ったのはマクシミリアン一派が陽動の為にやったことだとされていた。


「牢屋を開けたのは『全身黒尽くめのボディラインの素晴らしい女性だった』って証言があったんだ。そして、牢屋に入れられていたマクシミリアンの仲間たちは『仲間に女性は居なかった』と言っている」

「その証言を信じるの?」


スープを掬う手を止めて、コーディリアが首をかしげた。

カインがディアーナの指差すパンを取って半分にして渡しながら、コーディリアに向かって小さく頷いた。


「牢屋に入れられていた人たちね、身元確認したらやっぱり子爵家や男爵家の三男四男って人たちばかりだったんだよね。貴族はいるか? って聞いた時に手を挙げなかったけど。第四部隊の偉い人が一人ずつ呼び出したり、仲の良さそうな組み合わせで呼び出したりして個別に話を聞いてね。家に迷惑がかかるぞって脅したり、貴族でいたいだろ? ってなだめたりして話を聞き出したってさ」

「あぁ……。貴族だとなぁ、家に迷惑かけるって言われると言っちゃうかぁ」

「『女性も居たかもしれない』なんて証言をした人も居たらしいけど、整合性が取れなくて。総合的に見て『仲間に女性は居なかった』って事で間違いないだろうってさ」


カインがスープにスプーンを入れているのを挟んで、ディアーナが半分にしたパンをアルンディラーノに渡している。それを見て少し目をしかめつつ、スープを口にして食事もすすめていく。


「彼らは、私の誘いに乗ってくれただけの友人だ。配慮を頼みたい。それと、私からも言わせてもらえば仲間に女性は居なかった。黒髪のグラマラスな女性など知り合いにいない」


筋肉痛のせいでスプーンを掴むのが苦痛なようで、パンと水ばかりを口にしているマクシミリアンが小さく首を横にフリながらそういった。


「……黒髪も体型も関係なく、女性に知り合いはいない……」


力なく続けた言葉は、隣に座るキールズだけに聞こえた。眉毛を下げて困った顔をしながらキールズは聞こえなかったふりをした。


「黒い女性に解放されたってのは、騎士が再逮捕した人たちも証言したし、アーニーも証言したんだ」

「そうだ、アーニーもまた捕まったのか?」

「アーニーはそもそも逃げなかったんだよ。牢屋の鍵は開いたけど、これ以上妹の幸せを壊すような事はできないって言って、出入り自由な状態の牢屋の中に残っていたんだってさ」

「アーニー……」


最近は人相の悪い友人とつるみ、その気のないコーディリアに言い寄るなどして敬遠されていたアーニーだが、キールズとコーディリアが小さい頃からの知り合いで昔は『近所のお兄ちゃん』的に慕っていた存在なのだ。

反省している様子が窺えて、キールズもコーディリアもほっと胸をなでおろしているようだった。


「とにかく、犯罪者の解放と逃走幇助の罪はなくなったので、マクシミリアン達は公爵家の土地への無断侵入と、誘拐未遂ということになる。それで、この誘拐未遂の対象というのが『この場に居ないはずの人』だから表沙汰に出来ないので、結果として対外的には土地への無断侵入だけってことになる」

「甘すぎないかな? ディアーナとカインは怪我をしそうになったのでしょう?」


キールズからはんぶんこしてもらったパンをもぐもぐしつつ、アルンディラーノがカインの説明に反応した。襲撃の夜はコーディリアと一緒に王妃殿下の部屋へと行っていたので、アルンディラーノは現場の状況は話で聞いているだけだった。


「しつこかったけど、大したことなかったし……」

「私は、とても強いので!」


カインとディアーナが胸をはれば、マクシミリアンは逆に猫背になっていく。段々と隣に座る男がかわいそうになってきたキールズである。


「話が進まないな」


カインが姿勢を正して、ぐるりと皆の顔を見渡した。


「結果だけ言うと、この件を隠蔽したい王妃殿下とお父様は事件を無かったことにする事にしたんだよ。だからといってお咎めなしというわけにはいかないし、何もなく解放してうっかり口を滑らせられても困る。なので、下位貴族の子息たちは……」


カインがもったいぶって一度言葉を切った。マクシミリアンが不安そうな顔でじっと見つめている。ここまで一緒に付いてきた彼らのことは少なからず友人だとは思っているようで、彼らの身を案じているのは嘘ではなさそうだった。


「彼らは『騎士に憧れ、騎士になりたいと自ら志願してネルグランディ領までやって来た』という事になったよ。ネルグランディ領騎士団第三部隊に見習い騎士として編入されて、領地内の魔獣退治などに同行しつつ体と根性を叩き直されることになる」

「ひぇっ」


カインの言葉に、キールズが思わず声を上げた。

キールズもいずれ父親をついでネルグランディ領騎士団に入団するつもりで、領都にある学校に通いつつ騎士団の訓練にも参加している。

そのキールズが”第三部隊”と聞いて声を出してしまうのだから、その過酷さは推して知るべしである。


「もう、今朝のうちに第三部隊長が迎えに来て、アーニー含めて全員連れて行ったよ。まだ日も昇らないうちに、暴れる人は小脇に抱えて連れて行かれてた」

「第三部隊というのは、どういう部隊なんだ」


マクシミリアンが、不安顔で聞いてくる。キールズの小さな悲鳴や小脇に抱えるといった単語から仲間が心配になったのだろう。


「主に領内の魔獣や野獣出現場所に赴いて、それらを退治する部隊ですよ。盗賊なんかにも対処する。とにかく領内を飛び回るので領城に居ることは殆どないし、常に戦い続けているから一番強い。隊長が脳筋」

「それは、大丈夫なのか」


キールズの説明に、マクシミリアンの不安そうな顔がますます深まっていく。眉間のシワも深さがましていく。


「第三部隊の隊長さんはとっても親切で優しい人だから大丈夫ですよ。きっと強くなって帰ってまいりますわ。筋肉がついて、体の大きさ三倍ぐらいになって帰ってきますわよ」


コーディリアがフォローしているが、マクシミリアンの不安は払拭されそうになかった。それでも、カインもキールズも「死にはしないだろう」と思っているので特に追加で何かを言うことはない。第三部隊長は脳筋で大雑把な性格だが面倒見がいい。カインは数えるほどしかあったことがないが、子どもが好きなようで頭がもげそうな勢いで撫でられて、手足が吹っ飛ぶほどの勢いで高い高いをされた記憶がある。

大丈夫、大丈夫。


「それで、マクシミリアン。あなただ。あなたは侯爵家の人間だし他家の領地騎士団に入れるわけにはいかない。だけど、放置するわけにもいかないし、牢屋にいれたり国外に追放するわけにもいかない。だから、王宮で監視できる立場になってもらうことになったわけ」

「それが、王宮魔導士団に入団しろってことだと?」

「そう」


会話をしつつも、食事は終わりに差し掛かっていた。山のように積まれていたパンも無くなり、スープも各々おかわりをしていたので鍋は空になっていた。

サッシャとイルヴァレーノで食後のお茶を配り始めている。


「王宮魔導士団に入団してもらいますが、裏口入団ができるわけじゃありません。魔法学園首席だったそうですし、地力はあるんでしょう。ティルノーア先生曰く、センスがないという事なのでその部分をなんとかします。三日で」

「無茶な事をいうな」


お茶を飲みつつ、渋い顔をするマクシミリアン。お茶はしっかり甘い。


「私はね、ティルノーア先生にセンスの塊! って褒められたことがありますのよ。私も魔法を教えて差し上げますね!」


ディアーナが、無邪気な笑顔でマクシミリアンに声をかける。二十歳の男が九歳の女の子から「教えてあげるね!」と言われて、眉毛をハの字にして情けない顔をした。


「勘弁してください……」

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