思ってたんとちがーう
おまたせしました!
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カインが色々と考えを巡らせていた割には、マクシミリアン・サージェスタとの面会はあっさりと叶うことになった。
ネルグランディ城襲撃犯は現在城の地下牢にまとめて入れられていたのだが、その中に貴族がいるとなれば別の部屋に移動する必要が出てくる。その移動中の魔法的な警戒要員としてティルノーアとカインが駆り出されることになったのだ。
「不本意ではある」
と、ディスマイヤは言うのだが、王妃殿下と王太子殿下の護衛には近衛騎士団の騎士ばかりを連れてきていて魔道士団の魔法使いはティルノーアしか連れてきていないのだ。
もちろん、貴族出身者であれば騎士であろうともある程度の魔法は使えるのだが、騎士は騎士として運用するほうが遥かに有用であるのは間違いないわけで、魔法使いとして随伴させては意味がない。戦力の低下にしかならない。
「カインは、あくまでもティルノーア先生の補助。補佐。お手伝いとして同行すること」
「はい」
くれぐれも、と言い含められて牢屋のある棟へと移動して、地下牢から同じ建物にある塔の上の部屋へとマクシミリアンを移動させるのに付き従った。
「他に、貴族の子息はいるか」
と、牢屋に向かってディスマイヤは声をかけたが手を挙げる者はいなかった。
ここで手をあげれば待遇は格段に良くなるのは間違いない。床板も敷いておらず壁紙も張っていない石がむき出しの室内に、人数分の毛布があるだけの部屋だ。地下なので湿気が多く蒸し暑い。しかも複数人で相部屋だし廊下に面した一辺は壁がなくって鉄格子になっているのでプライバシーも無い。
貴族であると申告すれば、ベッドもお茶セットも用意されている個室に移動できる。施錠も監視も厳重であることには変わりないが、過ごしやすさは段違いである。
ただし、貴族であることがバレ、家名がバレればこの領主の城襲撃事件の責任が家にも問われることになる。たとえその罪状が軽い物になったとしても、親から叱られ下手すれば絶縁される恐れだってあるのだ。まだバレていないのであれば、積極的に手を上げるものもいないのは当然であった。
前後を四人の騎士ではさみ、両脇にも騎士が立ちその腕を取られた状態で塔の最上階の部屋へとマクシミリアンは移動させられた。
一番後ろから、魔法を使う気配がないかをさぐりつつ、使う素振りがあれば直ぐに対処するように構えていたティルノーアとカインであったが、そんな気配はまったくないまま無事に移送は完了したのだった。
収監塔の最上階の部屋は、鉄格子のはまった小さな窓がいくつかあって日当たりはまぁまぁ良かった。壁は石造りのままだったが、床には絨毯が敷いてあり、ふかふかの座り心地の良さそうなソファセットが置いてある。入り口とは別にドアが2枚あり、片方は寝室で片方は水場ということだった。
部屋の中に入ると、ディスマイヤは騎士を二人部屋の外に立たせて外から鍵を掛けさせた。
すっかり元気のないマクシミリアンをソファに座らせると、ディスマイヤはその向かい側のソファにどかりと座って腕を組んだ。
「さて、君はマクシミリアン・サージェスタで間違いないかな?」
「……」
マクシミリアンは答えない。
夏の午前中の、まだ爽やかだと感じられる程度の暑さの中で室内がシンと静まりかえる。遠くから高く鳴く鳥の声や夏の虫の声がかすかに聞こえてきた。
カインはそっとドアの方へと視線をうつす。そこには騎士が二人ドアを塞ぐように立っている。ドアの外にも二人立っているはずなので、無理にドアから出ようとするなら騎士を四人相手にしなければならなくなる。
部屋の中央へと視線をもどせば、ソファに座るマクシミリアンの後ろにも二人立っている。連行するときに脇に立って腕を取っていた二人だ。
そして、ディスマイヤの後ろにはカインとティルノーアが立っている。今この場では、カインはディスマイヤの息子というよりは監視役の魔法使いという立場なのでここが立ち位置なのだ。
ディスマイヤの斜め後ろに立っているため、マクシミリアンの顔をほぼ正面から見ることができた。
(やっぱり、ド魔学のマックス先生だなぁ)
魔道士団に入団出来ず学校の先生になった子爵家の三男という設定の先生ルートの攻略対象者。ゲーム開始時点は約三年後なので、まだ学校の先生になっていなくても不思議ではない。しかし、サージェスタ家は侯爵家なので、爵位だけが合わない。
(まぁ、些細といえば些細な事かもしれないけどさ)
うなだれて、ディスマイヤの問いかけに答えない。
長い前髪を真ん中で分けてたらし、後ろの髪も伸ばして襟足で一本に結んでいる。うつむいているせいか、眼鏡がずり落ちては中指でブリッジを押し上げて元に戻している。
「はぁ」
ディスマイヤが、わざとらしく大きなため息を吐き出した。マクシミリアンはビクリと肩を揺らすがやはりうつむいたまま顔をあげようとはしない。
「良く聞きなさい。君がマクシミリアン・サージェスタだというのであれば、君の身の振り方については王都に戻ってから貴族法廷に持ち込むことになる」
そこまで言って、ディスマイヤは足を組み組んでいた腕を解いて自分の膝に手を置いた。
「ここはネルグランディ領で、領主は私だ。君がサージェスタ家とは縁もゆかりもないただの一般人だというのであれば、領法にしたがい私の判断で君を処罰することが出来る。夜間に城に忍び込み、領主の家族に危害を加えようとしたとなれば処刑されても文句は言えないのだよ」
「領主の家族に危害を加えようとなんてしていない! あれは、兄の愛人とその子供だ! 私は二人を取り戻しに来ただけだ!」
処刑という言葉が効いたのか、マクシミリアンは叫んだ。
「愛人?」
カインはぼそりとつぶやいたが、その声は小さくて誰の耳にも入らなかった。
「もう一度聞こうか。君は、マクシミリアン・サージェスタで間違いないかな?」
「間違いない。私は、サージェスタ侯爵家の三男。マクシミリアンだ」
ディスマイヤの今度の問いかけには、堂々と答えたマクシミリアンである。その態度の変化に眉を寄せたカインだが、次のセリフで納得がいった。
「三男とはいえ、私は侯爵家の者ですよ。領法ではさばくことが出来ないでしょう、先程公が言ったとおりに! そして、私はエルグランダーク公爵家の人に危害を加えようとなんてしていません。兄の愛人とその子どもを取り返しに来ただけです」
「先触れもなく、正門や玄関への訪問もなく、夜間にこっそり侵入してかね?」
「そもそも、そちらが先に兄の愛人と子どもを誘拐したんじゃありませんか。誘拐犯に正面から『返せ』と言って返してもらえるなんて思わないでしょう? だから、こっそり忍び込んで取り戻そうとしたんです」
マクシミリアンは、エルグランダークがリベルティとティアニアを誘拐して、自分はそれを取り戻そうとしただけという筋書きで戦うつもりなのだ。ディスマイヤの一存で処刑も出来る領法で裁かれるより貴族であることを認め、王都にもどってから法廷に立つ方が有利だと考えたのだろう。
平民になりたくないという理由で魔道士団の試験を受け、落ちてしまった為に教師になるしか無くて諦めと将来への恐怖という病を心に抱えていた攻略対象者の先生。
それでも、ゲームでは
今の発言の中に、すでにいくつものツッコミどころがあってカインはとてもがっかりした。「学校の先輩ルート」の攻略対象者であるカインにとって、唯一の年上の攻略対象者がマックス先生だったのだ。平民になることへの不安や魔道士団に入団出来なかったことへのコンプレックスなどはあるものの、優しく大人な彼であれば、話せばわかるし良い相談役になってくれるのではないかという期待もあったのだ。
今のディアーナはわがまま放題に遊び呆けて勉強をさぼるような女の子ではない。カインと一緒に学ぶことで『勉強って楽しいね』といって積極的に新しいことを身に着けていく事ができるのだ。
プライドの為にカンニングをして、それを糾弾されるようなことはないはずで、ゲームでの大人で優しい先生であれば、全く破滅とは無縁の関係を築けるのでは無いかと思っていたのだが。
「『幸せにし隊』でまとめた情報と食い違ってるところがあるねぇ?」
隣に立っていたティルノーアが、こっそりとカインに耳打ちしてきた。カインは視線だけティルノーアに向けて小さく瞬きすることで返事をすると、視線をマクシミリアンに戻した。
「『幸せを考える会』ですよ。……マクシミリアン氏はどういった理由で二人を取り戻そうと思ったんでしょうか」
カインも小さくティルノーアに返事をするが、ティルノーアは肩をすくめただけだった。
「誘拐? 私が彼女たちを誘拐したと? 面白い冗談だ」
マクシミリアンと向い合せに座っているディスマイヤは、カインとティルノーアに背を向けている。そのためにディスマイヤの顔は見ることが出来ない。
しかし、「面白い冗談だ」とディスマイヤが言った直後にマクシミリアンの顔色が急激に悪くなったのを見ると、とても恐ろしい顔をしていたに違いない、とカインは自分の腕をさすったのだった。
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2巻と3巻の予約が開始されました
詳しくは活動報告をみてね!(今から書くよ)
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