計算が合いません

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「いやいやいやいやいや、まってくださいお父様。そんなハズないですお父様!」


大人たちは中央の大テーブルに並んで座っているが、コーディリア、キールズ、カイン、ディアーナの四人は四人で座れる小さいテーブルの方に固まって座っていた。

カインはソファの肘置きに手を置いて体をねじって大人たちの方に身を乗り出して叫んだ。


「僕は留学直前まで王妃様主催の刺繍の会に参加してましたけど、王妃殿下にそんな様子全くありませんでしたよ? その、ほら、アレですよね? この世界でも赤ちゃん生まれる前の女性って、こう、こうなりますよね?」


カインは慌てすぎて言葉が出ず「こう」と言いながら自分の手でお腹がでっぱっているジェスチャーをしている。


「この世界でもってなんだ。どこか別の世界があるのか?」

「もしかして、王族の子はコウノトリが連れてくるとかキャベツ畑から生えてくるとか流れてきた桃を割ると出てくるとか光る竹を割ったら出てくるとかするんですか?」


ここはゲーム世界だし王族だけはなんか不思議な方法で授かるとかワンチャンありかもしれないと、カインは混乱した頭で考え、そのまま口に出してしまった。『この世界では』と失言してしまっていることにも気がついていない。


「落ち着きなさいカイン。王族もお子を授かる仕組みは変わらないよ。妊娠中でもお腹が目立たない人はいるものだよ」


ディスマイヤが苦笑いをしてカインを諌める。

カインが最後に刺繍の会に参加したのは一月だ。二月の半ばには隣国へと出発している。そして今は七月。

この世界でも約十ヶ月ほどで産まれてくるのなら、今月産まれたのだとしても一月ならもう五ヶ月目とかそれくらいの月齢のはずである。

王都から馬車で四日もかかる領地まで来るというのなら、赤ん坊は産まれてすぐでもない可能性がある。そもそも、首が座るのが三、四ヶ月ぐらいからだったとカインは記憶している。

であれば、首が据わってからこちらに来るのであれば一月の刺繍の会の時点でもう臨月近かったはずだ。


「絶対おかしい!」


カインがもう一度叫んだところで、サロンのドアがノックされた。ドア近くに控えていたイルヴァレーノが対応してティーワゴンを押したメイドを部屋に入れた。

ディスマイヤとエクスマクスの前にお酒セットが置かれ、アルディの前にはティーポットとカップが、子どもたち四人のテーブルには果実茶が置かれた。


メイドは一礼して下がっていった。

メイドを目で追いかけていたディスマイヤは、ドア近くの壁際に待機していたイルヴァレーノとサッシャに視線を移すと、


「イルヴァレーノとサッシャも下がってくれ。隣室で呼ばれるまで待機するように」


と手を上げた。

イルヴァレーノとサッシャも、メイドと同じように一礼して部屋を出ていった。城の使用人たちは先に下がらせているので、コレで本当にエルグランダーク家の人間しかこの場には居なくなった。


ディスマイヤは用意されたグラスに氷を入れて、自分で酒瓶から酒を注ぐ。コロコロとグラスを回して氷の間に酒をわたらせて冷やしていった。

カインとは別に、氷魔法が使えるものがこの城にいるのか、魔石を使った冷凍庫的な道具があるのかもしれない。どちらにしても希少であることは間違いない。


「カインの言う通り、明後日やってくる王女殿下は王妃殿下のお産みになった子ではない。だが、王家の血筋であるのは確実なのだ。……わけあって、国王陛下と王妃殿下の子として公表し、育てることになった」


「んな!?」


カインとエクスマクスの口から変な声がでる。あっさりと、すごいことを暴露するディスマイヤだ。


「王女殿下の生まれ月を半年ほどずらす事になっている。カインの言う通り、王妃殿下には妊娠していたという外見的特徴がこれまで全然なかったからな。公式には、王妃殿下のつわりと気鬱が重いため、気候もよく治安の良い我がネルグランディ領にてご出産まで療養していただく、という事になる」


「治安が良いって。昼にあんな事があったのに」

「アレはもう解決したようなものだろう。領境付近には盗賊も出るが毎度毎度あっという間に領の騎士団に捕らえられているからほとんど被害も無い」


カインとディスマイヤで会話をしていたところに、キールズがおずおずと口をひらいた。


「伯父様。その、王女殿下の本当の母親はどうしたのですか?」


王妃殿下が産んだ子ではないが、王妃殿下の子として育てるというのであれば。実際にその子を産んだ女性がいるはずである。


「明後日一緒にやってくる。まだ乳が必要なので外的には乳母としてそばに控える事になっている」


ディスマイヤはキールズの質問にそのように答えた。カインは、もしかして実の母はすでに儚くなっているとかそういう事なのかと思っていたのだが、そうではないようだった。


「一体全体、なぜそんな事になっているんですか? 王女殿下といえども陛下と王妃殿下の子ということであれば、王位継承権だって発生するのではないんですか?」

「なぜ、ウチなのですか。過ごしやすいということであれば王家所有の離宮だってあるし、公爵家預かりということなら、公爵家は後二家ありますよね?」


カインとエクスマクスでほぼ同時に口を開いた。ディスマイヤはそれに対して片手を上げて制すると、グラスに口をつけて一口飲んだ。


「僕の口からは言えない事も沢山あるんだよ。王妃殿下が明後日到着されたら、王妃殿下からも説明があるはずだからそれまで待ってよ」


そう言われると、カインもエクスマクスも、その他この部屋に居る誰もが何も言えなくなってしまう。事は王家の話なのだから。


「エクシィ、アルディ。とりあえずは、本当に信用のおける者を残して使用人たちに一時的な暇をだしてくれ。ちゃんと、休暇中も給料を出すと告げてな。夏は農家も木こりも忙しい時期だから丁度いいだろう。王妃殿下も殿下の信用する使用人を連れてくるはずだから人手不足ということは無いはずだから安心して。それと……」


ディスマイヤは必要なことを二、三ほど弟夫婦に指示をするとぐいっと残りの酒を飲み干した。


「カイン、ディアーナ、キールズ、コーディリア。この事は他言無用。君たちを信頼できると思って話したのだからね? 明後日にはアルンディラーノ王太子殿下もいらっしゃるから仲良くしてさしあげるように」


「はい……」


卓上のベルを鳴らして控えていたサッシャとイルヴァレーノを呼び出したディスマイヤは、子どもたちを部屋に戻すようにと言いつけてソファに座り直した。

大人同士では、さらに話し合いをするようだったが、サッシャとイルヴァレーノの他にキールズとコーディリアの世話役も入ってきて退出を促されてしまったのでその後の話を聞くことはできなかった。


「何がどうなってるんだ……」


カインが小さい声でつぶやくと、キールズが肩をぶつけて頭を寄せてきた。


「この後、俺の部屋に来て話をしないか? ちょっと今日は色々ありすぎて頭がこんがらがってるんだけど」

「わかった。僕もちょっと色々整理したいと思ってたんだ」


カインたちは一度それぞれの部屋に戻り、寝支度を整えてからキールズの部屋に集まった。

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