そんなの簡単だ
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カインの前世は平凡なアラサーサラリーマンである。
女性にはあまりモテなかった。いや、職場のパートタイマーのおばちゃん達には大層モテたのだが、それは会社で一番若かったからというだけだった。
モテたと言うよりは、可愛がられたという感じだった。
その前世の平凡な自分を覚えているので、カインは今の自分の顔が大変美しい事を自覚している。その効果も。
伏せていた頭を上げたらすぐとなりにカインの顔があってジュリアンはうろたえた。
優しく微笑むカインと目があって、顔が熱くなっていくのがわかった。ジュリアンはガバッと上体を起こすと背筋をピンと伸ばして座り直した。
「ほ、本当にやりたいことが、せ、遷都なのだ」
まっすぐ、部屋の反対側にあるカインの学習机を見てそう言うジュリアンはカインの顔が見られない。緊張してセリフを噛んだ。
ジュリアンが背筋を伸ばして座っているので、カインも体を起こして背筋を伸ばした。
「遷都をしたいのは、もともとの遷都の意義が『国を発展させるため』だったからですよね」
「そうだ」
飛竜の背中で、あの場所で。ジュリアンは百年毎に遷都をする本来の意味をカインに語った。国王の御わす場所、王都は人が集まり、物が集まり、故に発展する。
国土は広いものの未開発の地が多かった建国当初の政策で、王都として発展した街を残し、新たな街を発展させる為に遷都する。それが遷都の意義だとジュリアンは言っていた。
それがいつしか形骸化し、すでにある都市を行ったり来たりするだけの行事になっているのだと。
「今ある都市はどこも、すでに各貴族の邸宅がある。それぞれが別荘扱いだったり持っている商会の事務所として使っていたり、分家の住まいとして利用していたりと様々ではある。が、王都が移動すれば各主要貴族たちも本家がそちらの屋敷に移る。どの都市も防衛のために城郭都市として作られているから、新興貴族や分家として立った若い貴族の入る隙間がないのだ」
まっすぐと学習机を見たまま、ジュリアンが語る。
長い歴史の中で、没落した貴族が居なかったわけではないだろうが、屋敷が一軒二軒空いたところで勢力図が大きく変わるということもないだろう。
「マディを知っておるか?」
不意に、ジュリアンがカインを振り返ってそう聞いてきた。突然、知り合いの名前を聞いてカインも驚いて目を丸くした。
「三年生のですか?えぇ、知っています。アルバイト仲間ですよ」
「そういえば、花祭りで一緒に踊っていたな」
「それは忘れてください」
花祭りの事を思い出したのか、ジュリアンは緊張がほぐれたようで肩から力を抜いてすこし猫背気味になった。いたずら気味な笑顔でカインの脇腹を肘でつつき、ピシャリと平手で叩き落された。
「マディは貴族の家を継がずに、町娘と結婚して料理屋を開きたいらしい。だが、今の王都には新たに店を開けるような場所は殆どないそうだ。誰も通らないような裏通りの倉庫とか、老人が孤独死をして発見が遅れて異臭騒ぎがおきてから借り手のつかない元薬屋跡地とか。そんなのしかないそうだ」
「それも、老舗の商会や商店がいい場所を抑えてしまっているから、とかなんですか?」
「そうだ。王都の周りにもう一回り大きな城壁を作ってその間を第二都市としてもいいが、第一都市から第二都市に出るためには現在の外門を通らなければならず、その外門は4つしかない。結局人の行き来が活発にならなくて儲からない可能性が高い」
まぁ、そうだろうなとカインも思った。城郭都市の王都の外側にぐるりと囲むようにもう一つの街を作っても、結局外側にはあぶれた平民ばかりになるだろう。平民街と貴族街に分かれてしまう可能性は十分にある。
せっかく、花祭りという催しで平民と貴族の距離感が少し近づいているこの国で、それはあまり得策といえる方法ではないだろう。
「全くの新しい街を一から作る事ができれば、新しい貴族たちも若い貴族たちも……新しいことをやろうという若い平民にだってチャンスができるだろう」
ジュリアンは、グッと拳を握りしめた。
「私がやりたいのは、それだ。幸いというか不幸にもというか、我が国にはまだまだ未開の土地が沢山ある。それに比例して魔獣の出現も多いのだがな」
「それならそれで、魔獣討伐隊や警邏部隊などの平民の兵士部隊を組織すれば雇用が生まれますね」
「そうだな!騎士では手の回らないところをフォローしてもらえる組織があるのは良いかもしれぬ。家業を継げぬ者の受け皿にもなりうるな」
カインが部屋に戻ってきた時には、ふて寝していたジュリアン。不機嫌を隠そうともしないで憮然とした顔をしていたジュリアンが、新しい街をつくったらこうしよう、ああしようと語りだしたら目に輝きが戻ってきた。
楽しい未来を想像して、顔には笑顔が返ってきた。
「ジュリアン様。ジュリアン様がやりたいのは、遷都じゃなくて土地の開拓と開発ですね」
「……そうかもしれない」
「だったら」
カインは、片膝をベッドに乗せて体の向きを変えた。ジュリアンに向かって真っ直ぐに向いたかたちで、ジュリアンの手を取って両手で包むように握り込んだ。
「だったら、諦める必要はないんじゃないですか」
「何をだ……」
「作りましょうよ、新しい街を」
「でも、遷都には間に合わないのだぞ」
「間に合いますよ」
ジュリアンも、片膝をベッドにのせてカインに向き合った。あまりにも自信満々に言うカインに、何か秘策でもあるのかと思っての事だった。
「百年後の遷都のために、今から街を作ればいいじゃないですか」
カインはさも簡単な事だと言うような軽い口調でそう言い放ったのだった。
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