イーコイシヨウ

シルリィレーアがケーキを食べ終わるのを契機に、勉強会はお開きになった。

テスト前でも無いので、もともと雑談半分勉強半分の集まりだったのだ。


カインはふと思い立ってシルリィレーアに質問をした。


「サイリユウムで王族と上位貴族に限った一夫多妻制度が始まったのはいつかご存じですか?」


食器の返却カウンターまで、並んで歩く。カインら男子はカップしか返す物がなかったのだが、そこは貴族男子。令嬢のケーキ皿やカップも一緒に盆に乗せて運んでいる。

手ぶらでカインたちの一歩後を歩いていたシルリィレーアは、パチクリと大きくまばたきをした後に質問に答えた。


「イーコイシヨウ一夫多妻。ですから、1514年ですわね」


なんと語呂合わせである。

深窓の令嬢オブ深窓の令嬢なシルリィレーアも暗記するときは語呂合わせで覚えているのだとおもうと感慨深い物があった。


「1514年……。百年ちょっとしか経って無いじゃないか。なにが二百から三百年前だよ」

「小説の題材にもなっているヒィヒィ爺さんなんて、もはや伝説レベルで歴史人物だよ。二百年ぐらい経ってるって思うじゃん」

「いい加減だな」


寮に返ったら、千五百十四年前後の歴史を調べてみようとカインは心にメモをとる。

食器をカウンターに返すと、六人で雑談をしながら寮に戻った。寮の食堂前で廊下が男子寮と女子寮に分かれる。


「そうだ、カイン様。今週末はお暇でしょうか?文具屋さんに、初夏向けの絵柄の便箋が入荷したそうなので、よろしければご一緒しませんか」


シルリィレーアがニコリと微笑みながらカインに週末の予定を聞いてきた。

カインは考えるまでもなく週末の予定なんか何も無かったが、一応見栄を張ってうーんと予定を確認するふりをした。


「大丈夫です。是非ご一緒させてください。気にしていただいて嬉しいです」

「では、お時間などはまた後ほど相談いたしましょう」


カインはシルリィレーアと約束を交わして分かれると、男子寮へと向かう。廊下を途中までアルゥアラットやディンディラナ、ジェラトーニとどうでもいい話をしながら歩き、自室へと戻った。


部屋にはジュリアンがもう戻っていたが、ベッドの上に寝っ転がっていた。

掛け布団を掛けずにただ転がっているだけなので、休憩しているだけなのだろう。


「ジュリアン様、週末の休日はどの様にお過ごしになる予定ですか?」


カインは自分の机の上にかばんを置き、制服を脱いでクローゼットに掛けながら声だけを掛けた。ジュリアンからは返事は無かった。

寝ているのだったら、起こしたら申し訳ないと思ってカインは自分の机まで足音を消して戻ってきた。

なるべく音を立てないようにかばんから教科書を出し、夕食まで予習をしようと思って椅子に腰を下ろした。


「一度返事が無かっただけで諦めるでない。根性が足りぬのではないか」


背中からジュリアンが声を掛けてきた。起きていたらしい。


「寝ているのだと思ったんですよ。で、週末のご予定はございますか?」

「予定はない。どうしてもというのであれば、付き合ってやらぬこともないぞ」


背中から、衣擦れの音がする。ベッドの上で身を起こしているんだろう。カインは会話をするために振り向いて片眉を引き上げた。


「不機嫌そうなお顔をしていらっしゃる」

「不機嫌だからな」


ベッドの上で身を起こしたジュリアンは、もぞもぞと端まで移動すると足を降ろしてベッド端に座った。頭をガシガシとかきむしってあーとかうーとか唸っている。


「不機嫌な人と一緒に食事をしたくないので、夕飯までには機嫌を直してくださいね」

「……。私は、カインのそういう私の機嫌を取ろうとしない所がなかなか気に入っておるよ」

「それは、ありがとうございます」


不機嫌な人を気遣うと引きずられる事を、前世の記憶で知っているカインはよほどの事がなければ機嫌を取らない。

カインがご機嫌を窺うのはディアーナだけである。

不機嫌な人は放っておけば時間が経つことで持ち直す事が多いのだ。もちろん、自分の機嫌を自分で取るために話を聞いてくれと言われれば、それを無下にするほどカインも冷たくはない。


「私は、頼りないだろうか」

「いきなりですね。誰に頼られたいのですか」

「……国民」

「大きくでましたね……」


遷都関係だろう。今日は放課後、呼び出されたと言ってジュリアンは王宮に出向いていた。

まっさらな平地への遷都を諦めて、すでにある古都への遷都にせよとでも言われたのだろうか。


「カインも、あの地への六年後の遷都は無謀だと思うか?」

「思います」

「……もう少し、考える振りぐらいしたらどうなのだ」


ベッドの端に座り、足の上に肘を置いて前のめりになっているジュリアンがブスくれた顔でカインを見上げてくる。

絵に描いた様なへの字口をしているジュリアンに、カインは思わず笑ってしまった。


「もったいぶっても仕方がないでしょう。魔獣が多いとか、謎の魔法陣とか。そういった問題が無かったとしても、あの何もない僻地に街を作ろうとすれば、六年ではとても無理です」

「……はっきり言うではないか」


カインを睨みつけていた目も伏せて、膝の上で頭を抱えてしまったジュリアン。いつも尊大な態度を取っているジュリアンが小さく見えた。


カインは小さく笑うと椅子から立ち上がり、ジュリアンの隣に座った。

膝の上に落としてだいぶ下の位置にあるジュリアンの頭に手を乗せると、ワシャワシャと髪の毛をかき混ぜた。


「無理だから、諦めますか?」

「……無理なのだから、諦めるしかなかろう」


か細い声がする。

王宮でだいぶ凹まされて来たようだ。第一王子だというのに、ちやほやされていないんだろうか。

カインはジュリアンに合わせて腰を折って頭を下げると、その耳元に口を寄せた。


「無理なのは、六年後の遷都ですよ。ジュリアン様が本当にやりたいのはなんですか?」


カインの言葉に、ジュリアンは頭を上げた。

横を向けば、優しく微笑んでいるカインの美しい顔がすぐ近くにあった。

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