優雅な貴婦人のゆうべ

「優雅な貴婦人のゆうべ」という本は、架空の王国のお転婆王女とその侍女のお話だった。

お転婆な王女様が主役で、その破天荒さで色々な問題をおこしてしまうのだが、機転の利く侍女のおかげで事なきを得るというお話だった。

一冊で大きな一話のお話になっているわけではなく、毎話ごとに王女様が問題を起こし、それを侍女がフォローして解決するというお話を繰り返して行くという一話完結のお話が沢山繋がっているというものだった。

侍女が上手いことフォローすることで、周りの人間が王女の言動を良い方に捉えていき、すごい出来る王女だと勘違いして崇拝していくのを面白がるお話なのだとイルヴァレーノは解釈した。


毎話のラストに、王女が部屋で優雅にお茶を飲みながら侍女に「今日も貴婦人たる振る舞いができたかしら?」「もちろんです、今日も王女は優雅な貴婦人でしたわ」というセリフで締められている。タイトル回収である。


このあらすじだけなら、意外とディアーナ好みの話と言えなくもない。

しかし読者層が違うせいか、いつもディアーナが読んでいる様な絵本や童話とは違う表現が多数あってイルヴァレーノは頭痛を抑えながら読んでいった。

登場人物の女性や男性の表現が過剰なほどに多いのだ。


「きらめく太陽の様に光り輝く金色の髪は、最高級の絹糸の様に細く艶めいており、サラサラと肩から流れていく様はまるで春の若芽をすり抜ける木漏れ日のようで目が離せなかった」

「その黒髪は新月の夜の空のように深くこの目をひきつけ、日に当たる場所では艷やかにきらめきまるで星空のようである。まさに夜の女王と呼ばれるに相応しき美しさであった」

「紫水晶の様に深く吸い込まれるような瞳には沢山の星が瞬いていた。すこし潤んでいるその宝石は太陽の光だけではなく、噴水のきらめく光る水も、花びらに残る水滴の瞬きすらも写してひかり、これまで見たことのあるどんな価値ある宝石よりも美しい、まさに神秘の塊のようであった」

「長くカールするまつげが光を受け輝き、その長さゆえに瞳や頬にまで影を落としている。すこしうつむき憂いたその顔はまさに春の精霊が過ぎゆく季節に別れを惜しんでいるかの如き儚さと美しさを備えていた」

「背が高く、ガッチリとした肩幅のその男性の髪は秋風に揺れる稲穂のごとき力強さで風になびき、深い森の木々のごとく濃い緑色の瞳には、その色にふさわしき深く静かな情愛の気持ちが浮かんでいた。あぁ、なんて懐の深い心優しき人なのだろうか。まるですべてを受け入れすべてを許した建国の英雄の再来である」


イルヴァレーノは、カインの私室の隣りにある使用人部屋で世直し本を書きつつ、インクが乾くのを待つ間に少しずつ本を読んでいた。

一気に読もうとしても、頭が疲れて内容が入ってこないのだ。字が細かくて読みにくいのもあるが、太陽だの森だの宝石だのというたとえ話が多すぎて、結局登場人物の髪の毛が何色なのか瞳の色が何色なのかさっぱり分からない。

宝石に詳しいであろう、年頃の貴族令嬢が読めばもしかしたらしっくり来るのかもしれないが、平民で男であるイルヴァレーノには全く興味のない分野だし、ディアーナもまだ自分で宝石が欲しいとかアクセサリーが欲しいとか言い出して居ないので興味は無いのだろう。

今後は出るかもしれないが、今のディアーナが読んでもたぶん同じ感想を抱くのではないかと思った。

イルヴァレーノの弟分で、アクセサリー職人の元に住み込みで奉公に出ているセレノスタなら宝石に詳しいかもしれないが、わざわざ行って「この名前の石ってどんな色?」と聞くものでもないなとイルヴァレーノは思った。


読みにくいなりに何話か読んだところで、何故パレパントルがこの本を読めと言ったのかが分かった。

おそらくサッシャはこの本を読んでいる。そして、影響を受けている。


サッシャは読書と観劇が好きで、令嬢と騎士だか王女と騎士だかの恋愛劇が好きだという情報を得ている。サッシャの学生時代の友人で、観劇にも何回か一緒に行ったという令嬢によれば、男装の麗人である女優を『様』付けで呼んでいたらしい。そして、きっと自分も騎士と恋をして結婚をするのだと観劇後に熱く語っていたのだそうだ。その『女優様』の様な恋をするのだと。

観に行く度に、熱く語られて居たらしい。情報源の友人はイルヴァレーノに話すために思い出して、すこしうんざりしていた。

そして、王宮にメイドとして就職し、希望通りに騎士棟に配属されたが『女優様』の演じる様な美しく華麗な騎士は居なかったと絶望し、それなら結婚せずに完璧侍女を目指すと言ってエルグランダーク家の侍女面接を受けたという事だった。


おそらく、その「完璧侍女」の元ネタがこの「優雅なる貴婦人のゆうべ」なのだろうとイルヴァレーノは確信した。


騎士は市民に対して優しく礼儀正しいが、職場自体は男所帯なのだから私生活まで演劇のように優美なわけがないなんてことは、少し考えれば気がついたはずだ。

イルヴァレーノが知っている騎士はエルグランダーク家の警護をしている領地から来た騎士たちと近衛騎士団副団長のファビアンぐらいだ。警護の騎士は誰も居ないだろうと思えば門扉の脇に立ったまま屁をこいているときだってあるし、まだカインとイルヴァレーノにはわからないだろうと思っていたのか門の前をいく女性たちをみながら乳派か尻派かなんて話をしていたこともある。

近衛騎士のファビアンだって面白がってイルヴァレーノを追いかけては小脇に抱えて笑っていたし、神渡りで出会ってカインと会話していたゲラントとクリスは父の足がくさいと言っていた。


騎士の巣窟に飛び込むまでもなく、日々まちなかを行く騎士たちや自分の身内の男性、父でも兄でも叔父でも構わないが、そういったあたりを観察していれば大人の男性に花のように美しい男装の麗人の演じるような騎士など居ないとわかりそうなものだ。

おそらく、サッシャは物語に対して感情移入が激しくて影響を受けやすいのだろうと推測できる。


優雅なる貴婦人のゆうべに出てくる侍女は完璧である。

わがままな王女様がわがままを言う前に、どんなワガママを言うかを予測して先回りして叶えておくことでわがままな王女様だと周りに思わせないのだ。

お転婆な王女様がお転婆な事をしてしまったら、それが「身を挺して国民を守った」「令嬢らしくない振る舞いをすることで注目を集め、他の令嬢の恥を隠してあげた」といった状況に持ち込み、美談として仕立てあげお転婆なのは演じて居るのだと周りに思わせるのだ。

もちろん、その完璧侍女も普段からわがままやお転婆を許しているわけではなく、なんてこと無い場所では王女を注意し、淑女たる事の大切さを伝えてしつけようとしている。


注意を受ければ素直に直そうとする王女と、それでもわがままやお転婆がこぼれてしまう王女を完璧にフォローする侍女は話が進むと段々と信頼関係を築いていき、やがて王女は立派な女王になる…らしい。


イルヴァレーノはまだ本を半分しか読んでいないが、本の最後のページにあらすじが載っていてそう書いてあった。

半分読んで話のパターンは大体分かったし、もういいかなとイルヴァレーノは本を閉じた。

そして、腕を組んで考える。

ディアーナの考えた、世直し物語を通じて『世を忍ぶ仮の姿』について理解してもらうという作戦は意外とイケるのではないか。


優雅なる貴婦人のゆうべに出てくる王女は決して完璧な令嬢ではない。なので、ディアーナをフォローできる機会があれば多少のわがままやお転婆は見逃してくれそうな気がする。

今のところ、サッシャに令嬢らしくないところを注意されればディアーナは素直にその場で直している。その点は物語と一緒なのでサッシャも完璧侍女を目指すという目標を降ろさずにいられているのだろうし、降りられずにいるともいえるのだろう。先回りした気遣いは若干ズレているが大ハズししてもいない。

でも、優雅なる貴婦人のゆうべの王女はただのお転婆でわがままなだけだ。

ディアーナは騎士になりたいのだ。淑女の顔と騎士の顔、二つの顔をもつ謎の女を目指しているのだ。それならば、サッシャは優雅なる貴婦人のゆうべの完璧侍女では足りないのだ。


「ディアーナ様をわがまま王女に当てはめるんじゃない。サッシャをカクさんに当てはめさせるんだ」


イルヴァレーノは勉強用の紙束と、写本の練習用に貰っていた裏紙のあまりを引き出しから取り出し、ペンを取って文字を綴りだした。

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