視察のおわり、王都への帰還
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三日目の朝、カインは一人テントを出てランニングをする。
不寝番の騎士はあくびをしながら遠くギリギリ視界にはいる距離を走るカインを眺めていた。
カインは冷たい空気を肺に入れて、脳がスッキリしていくのを感じる。思考を整理するのに、ランニング中にイルヴァレーノと会話をしていたのはとても有効だったのだなぁと今更ながらにも感得していた。
(ド魔学の隣国の第二王子ルートでは、両国の外交的観点からディアーナとの婚姻を勧められるが、第二王子は主人公と結婚するためにディアーナとの結婚を辞退して兄王子を勧めるんだよな)
ジャンルーカは兄が王になることに異論は無い様だったし、兄を立てる事ができる子のようだった。兄に意地悪な令嬢を押し付けるというよりは、兄にツテと後ろ盾をつけるためだったと言う方が今ではしっくり来る。
ジュリアンは隙あらば女子生徒を部屋に連れ込もうとする思春期脳の男子だが、伝統の本質を守ろうとしてみたり、王都の市井に降りて買い物をしたり、国民に混じって屋台の食べ物を食べたり花祭りの意義を理解していたり。未来の国王として国のことを彼なりに考えていることがわかる。
カインからしたら、どちらもいい子だ。
どう見たってジュリアンはシルリィレーアの事が好きだ。部屋に連れ込もうとするおっぱいの大きい子たちにしたって、カインが怒ればさっさと帰すのを考えれば深い考えもなく『誘われたから無下に出来ないし、あわよくばおっぱい揉めるかも』ぐらいしか考えていないのだろうし。側妃を取らねばならぬという決まりさえなければ、そういった迂闊な行動はしなかったんじゃないかとカインは考えた。
ジャンルーカにしても、せっかく魔力を持って生まれてきたのにこの国ではそれを封じて生きなければならないのは自分に対する負い目になっているんじゃないだろうか。
リムートブレイクに留学してきて、文化の違いを一緒に学びましょうと声をかけてくれた少女に心惹かれるという背景には、魔法を制限しなくていい国に来たという開放感もあったのかもしれない。
(絶対に三年でリムートブレイクに帰るつもりだから、ジャンルーカの留学と同時になるかもしれないんだな。主人公との接点潰しも兼ねて、学園の案内や文化の指導について俺がやるのもありかもしれないな)
遷都の為の視察も今日で最後。皆が起きてきたらテントをたたんで帰都の路につく。
帰ってから学校が始まるまで四日あるので、マディやその他の朝ごはん難民の先輩から貰える教科書で勉強をしよう。ディアーナから手紙が届いている頃だし、飛竜に乗ったことなどについてディアーナに手紙を出さなければならない。
パレパントルから父母とアル殿下にも手紙を出してくれという内容のメモも先日送られて来たから、そちらも適当にでっち上げなければならない。
休暇の残りについてもカインは忙しい。
「カイン。僕もご一緒します!」
ぐるっと一周回ってテント近くに戻ってきたら、ジャンルーカがカインに声をかけてきた。ニコニコわらいながら並走を始める。
「おはようございます、ジャンルーカ様。おはやいですね」
「おはようございます、カイン。昨日、騎士にカインは早朝走っていたと聞いたのです。是非ご一緒しようと思ったので」
カインはランニングの速度をすこしゆっくりにして、ジャンルーカの呼吸に合わせた。
「カイン。この走り込みも魔法の威力を強くするのに役立ちますか?」
テントが十分離れたころに、ジャンルーカがキラキラした目をしてカインを見つめながらそんな質問をしてきた。
カインはジャンルーカの顔をみて苦笑すると、顔を進行方向に向けて走り続ける。
「魔法の役にはたちません。が、魔法を使うような場面では役に立ちます」
「????どういうことですか?」
ジャンルーカは眉毛を下げて困った顔をすると、それでも一生懸命自分で考えようと視線を斜め上に向けてみたりもしたが、やはりカインの言っていることがわからなかった。
「魔法は気力とか集中力とか、表に見えないチカラに影響がありますが、体力には全く影響ありません。寝たきりで一歩も動けないようなおじいさんでも気力が十分なら魔法が使えるそうです」
「そうなんですか?それでは何故走り込んでいるのでしょう?」
そろそろテントが見えなくなりそうなので、ゆるくカーブしながら走っていく。
魔法陣の白線をなぞりながら、円の逆側の縁を目指す。
「魔力が切れると気絶してしまいますし、残り少ない状態でも眠気に襲われます。ですので、魔法を使うまでもないザコ敵に対して、グーパンで殴るためです。グーパンで敵を殴るのには体力が必要です」
「え…?えぇ?」
カインがシャドーボクシングのようにシュッシュと握りこぶしを打って引っ込めてと動いて見せる。ジャンルーカも真似して走りながらグーの手を前に突き出してみるが、ジョギングをしていてもこのパンチで魔獣などを倒せるような気はしなかった。
「冗談です」
「カイン?」
カインがシャドーボクシングをやめて真顔で言うのを、ジャンルーカが困惑する顔で見上げている。
「昨日、僕が魔獣の群れをふっとばした時に、僕自身もふっとんだのは見ていたでしょう?足腰を丈夫にすればああいう時に踏ん張れます。あとは、炎の魔法を使って火事が起きた時に逃げる為とか、魔法を使ってみたけど勝てなかった相手の前から逃げるためとか」
「魔法を使う場面がそもそも危険ということですか」
「理解が早いですね、ジャンルーカ様。あと、魔力は体に貯まるものなので、体が大きいほうが魔力が多いです。瞑想して練ることで密度をあげたりは出来ますが、何もしない場合は単純に体が大きいほうが魔力は多いということになります。将来大きな体に成長するように、体力をつけて体を鍛えるのは理にかなっているんです」
「なるほど?」
ジャンルーカはつま先だけで走りながら背を伸ばしてみたり、ぐぐぐっと腕を上に伸ばしながらカインの隣を走り出した。背を少しでも伸ばそうというジャンルーカなりの努力なのだろう。
カインは目を細めて口角をあげると、ジャンルーカの頭を優しく一回だけなでた。
「体が小さいうちに筋肉を付けすぎると身長が伸びないといいます。筋トレだけはしすぎないように注意してくださいね」
「そうなんですか!?気をつけます」
慌ててストレッチするように伸ばしていた腕を引っ込め、つま先立ちで走っていたのを普通の走り方に直したジャンルーカ。それをみてカインは口元を手で隠して肩を揺らしていた。
テントの近くまで戻ると、速度を落としてクールダウン走をしつつ、自分たちの寝ていたテントに戻る。
ジュリアンが一人ふてくされてテントの真ん中に座っていた。
「走るのがいやとは言うておらぬぞ。誘えばよかろう」
「寮に居る時に誘ったら、朝は寝るものだといって断ったじゃないですか」
ジュリアンは仲間はずれにされたのが気に食わなかったようだ。それでも、気持ちよさそうに寝ていたので起こすのは忍びなかったし、寮に居る時にたまたま目が覚めていたジュリアンをランニングに誘ったが断られた経験があったのでカインは寝かせたままにしていたのだが。
「まぁよい。今日はもう片付けをして帰るのみだ。テント内の自分の荷物を片付けておくように」
「はい、兄上」
「承知しました、ジュリアン様」
騎士が聞こえるか聞こえないかギリギリぐらいの高音の笛を吹く。
遠くから飛竜が飛んできて、魔法陣の中に着地した。
コンパクトにたたまれたテントや野営道具を飛竜に積み込めば、あとは帰るだけとなった。
「忘れ物はないな?」
ジュリアンに声をかけられ、振り返ったカインはただ広がる大地とその上に引かれている白線、更に向こうに広がる森を眺めた。
持ってきたのは着替えなどを入れたかばん一つ。忘れ物は特になかった。
飛竜の背にのれば、その日のうちに王都の寮へと到着したのだった。見た道だったせいか、行きよりも帰りのほうが早い気がした。
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いつも誤字報告ありがとうございます。助かっています。
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