いつか「お兄様の衣服と一緒に洗濯しないでくださいませ」と言われるその日まで

いつも読んでくださりありがとうございます

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イルヴァレーノに寝間着に着替えさせられ、寝やすいようにゆるい三編みに髪を編み直されているカインが一つあくびを漏らした時、静かにドアがノックされた。


イルヴァレーノが対応すると、入ってきたのはすでに寝間着に着替えたディアーナと、1年前からディアーナの専属侍女となったサッシャだった。

ディアーナがベッドに座っているカインのそばまで来ると、イルヴァレーノは髪を仮どめしてさがり、一歩後ろで控えているサッシャの隣に立った。


「お兄様、隣の国の学校に行ってしまうのですね」

「うん」

「でも、ディがお願いしたら行かないでくれるのでしょう?」


クリっと首をかしげて、頬に手を添えて少し上目遣いで見つめてくる。ディアーナの対カイン必殺のおねだり技だ。これをやられるとカインは身を捻って白旗をあげるしかない。

いつもなら。


「僕もディアーナの願いを聞いてあげたいけどね。今回ばっかりは難しいかな…」

「お兄様…」

「イルヴァレーノが残るよ。困ったことがあればイルヴァレーノを頼ると良い」


家出をして留学を回避することも考えた。

ティルノーア先生には魔道士団への勧誘もされているし、近衛騎士団仕込の剣術で一般騎士の見習いになるのだっていい。親が騎士爵の子どもなどは騎士見習いになる者も多いと聞く。

ただ、後々のことを考えれば成人したらほぼ自動的に手に入る権力を手放すのは惜しい。

主に、ディアーナを幸せにする意味でも。


「お兄様、今日は一緒に寝てもいい?」

「いけません!」


反対したのはディアーナの侍女のサッシャだった。ディスマイヤから何を吹き込まれたのか、男女がどうの、倫理がどうの、世間体がどうのとなんだかんだと反対する理由を告げていく。

ディアーナはほっぺたを膨らませてブゥと鼻を鳴らした。それを見てサッシャが目を剥いた。1年前からディアーナ付きとなった彼女は、淑女として振る舞うディアーナしか知らなかったのだろう。

いつの間にどこからか毛布を2つ持ってきたイルヴァレーノは、一枚をサッシャに渡してソファを指差した。


「心配ならここで見張っていたらいいでしょう。あなたに二人がけの方を譲りますよ。僕は一人がけの方で寝ますから」


そう言って自分の分の毛布を一人がけのソファの背もたれに引っ掛けると、ベッドまで戻ってカインの髪の毛をまとめる作業を続けた。

起きたときにはねないように、しかし癖がつかないようにゆるく三編みにされた髪にはカバーがかけられ左肩にたらされた。

上から前から覗き込んでその出来に満足したイルヴァレーノは一つ頷くとソファに戻って毛布を体に巻きつけると器用に丸まって座面に収まった。


「ディアーナ様がお風邪を召してはいけません」


「カイン様と一緒にいて風邪を引かせるようなことはしませんよ」

「お兄様がディに風邪を引かせたりしないよ」


「ディアーナ様。わ・た・く・し です」


「…お兄様が私に風邪を引かせたりはしないですわ」


サッシャは、何かあれば部屋に連れ戻しますからね、と言って二人がけソファーに横になって毛布を被った。



部屋の明かりが落とされて、大人が3人は寝られる広いベッドの上に、向かい合わせに横になったカインとディアーナは、どうでも良い話をした。


「お兄様。お手紙を書いてくださいね」

「たくさん書くよ。毎日書くよ」


「ディもお手紙かきますから、ちゃんと読んでくださいね」

「100回は読むよ。返事も書くからね」


「お休みには帰ってきてくださいますか」

「帰ってくるよ。週末ごとに帰ってくるさ。サイリユウム国はウチの領地の隣だから、長期の休暇になったらネルグランディで一緒に遊ぶのもいいかもね」


「ディね、昨日から奥歯がグラグラしていて硬いものを食べると痛いんです」

「ついに奥歯も抜けるのかな。上の歯?下の歯?」

「上の歯」

「そうしたら、床の下だねぇ。一緒に投げ込めなくて残念だな。でも、夕飯でも歯が痛いなんてわからなかったな、偉いね。平気なフリしてご飯食べられたんだね」

「えへへ」


ごそごそと、布団が擦れて頭をなでている音がかすかに聞こえる。


「お兄様に褒めてもらえるからがんばれたことがたくさんあるんですよ」

「これからも褒めてあげるよ。手紙を書いてくれたら、偉いねって返事をだすから」

「真の姿では騎士を目指すのではなくて、ニンジャを目指しておけば良かったです…ニンジュツは何でもできるのでしょう?」

「なんでもは…どうかな…」


布団がバサリとめくれる音がし、その後布団が持ち上げられてポンポンと優しく叩く音がする。


「ディはおっきくなったら、ショコクマンユー…の…ゴロウコウになって…弱いものいじめをやっつける人になるのよ」

「うん」

「そのときに『やっておしまい!』って言ったらお兄様が相手をやっつけなくちゃいけないのよ」

「うん」

「だから…、ちゃんと帰ってきてね」

「うん。帰ってくるよ。ちゃんと帰ってくるさ。ディアーナもゴロウコウになるためにはうんと勉強しなくちゃだめなんだよ」


ディアーナの言葉がだんだんと怪しくなってきた。

布団の中が二人分の体温で暖かくなってきたのだろう。カインともっと話をしておかなくちゃと思いながらも、ディアーナはウトウトと重たいまぶたに逆らえなくなってきていた。


「ディ…は…世を忍ぶ仮の…すがた…」

「おやすみ、ディアーナ。明日もまだここに居るから、安心しておやすみ」

「おやすみ…なさい…おにいさま」



しばらくすると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。

ソファの上で目をつぶり丸くなっていたイルヴァレーノが片目を開けて向かいのソファを見ると、サッシャがまだ目を開けてベッドの方を眺めていた。


「どこまで行ったってあの二人は兄妹きょうだいなんだよ。ただの仲の良い兄妹」


イルヴァレーノの言葉にまだ半信半疑のサッシャであったが、今日のところは二人の間になにか怪しい事が起こるような雰囲気がないことは理解したようだった。

ベッドの方から二人分の寝息が聞こえてきたことで、毛布を被って寝返りをうちイルヴァレーノに背を向けてしまった。



邸の主人から変態と聞かされていた兄から、主であるディアーナを守ろうとしただけのサッシャ。

令嬢として言動をした時だけ注意して令嬢たらしめんとするサッシャ。

そこにはたしかに主であるディアーナへの愛情があるのだが、令嬢でいつづける事でストレスが募る事には気がついていない。


愛情はあればいいというものではないのかもしれないなと、イルヴァレーノは思った。

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誤字報告ありがとうございます。いつもいつも助かっています。

本当に、本当に、感謝。

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