気持ちが悪い親の愛
イルヴァレーノに対する安眠妨害
―――――――――――――――
すっかり明かりの落とされた暗い部屋。
天蓋から下がっているカーテンも閉じられたベッドの上で、カインは静かな寝息を立てて寝ていた。
一日の仕事は終わっているので、イルヴァレーノも隣の使用人部屋に引っ込んでいる。
「あああああ!そうかわかった!!」
突然大声を上げてガバリとカインが起き上がる。
国王陛下と王妃殿下との会話で感じた違和感。半ば夢をみながら今日あったことを反芻していて気が付いたソレは、とてつもなく気持ち悪いことだった。
頭を抱えようとした時に、バサッと大きく天蓋付きベッドのカーテンが開いた。
寝ぐせのついた頭のままの、イルヴァレーノがそこにいた。
「……寝ぼけたんですか」
ベッドの上で半身を起こして座っているだけのカインを見て、イルヴァレーノは実に嫌そうな顔をした。
カインの出した大声に反応して使用人部屋から飛び出してきたのだろう。寝間着のズボンは右足だけ膝までめくりあがっているし、上着の裾は左側だけズボンの中に入っていた。
「ちょっと意見を聞きたいんだけど」
「明日じゃだめですか。僕もう眠いんですけど」
思いついた内容を誰かと会話することで整理したかったカインだが、イルヴァレーノは付き合う気はなさそうだった。
一度は覚醒した脳みそも、無事な姿をみればもう睡眠を求めて瞼を下ろせと指令をだし始めている。
ふぁあとあくびをして、軽く目をこすっている。
「じゃあ、布団に入ってきてここで横になっててよ。とにかく空気に話しかけるんじゃむなしいからここにいて」
そういって布団をめくって自分の隣の敷布をポンポンと手のひらで叩くカイン。すでに半分寝ているイルヴァレーノは「ん」と言いながら目の前のベッドによじ登り、カインの隣に収まるとめくられていた布団を自分で引き寄せて頭まで被った。
「せめて顔はだしておけよ。薄情だな」
「んんー」
イルヴァレーノはもぞもぞと体をずり上げて頭を半分だすと、目をつぶった。
その姿を見てフッと鼻で笑ったカインは、右手にあごをのせ、左手で右ひじを支えるポーズをとると思案顔になった。
「アル殿下と参加している近衛騎士団との剣術訓練には、国王陛下も王妃殿下も来たことが無いんだ」
「訓練後の昼食も、いつも二人で食べていた。お二人とご一緒したことはない」
「なのに、
「訓練の内容どころか、治癒魔術師にすっかり治されて報告するまでもない怪我の経緯やその時の俺たちの会話まで知っていた。食事中のやり取り、苦手なものを克服させたことや、『落としたフォークを拾おうとしてお互いの頭をぶつけた』みたいな些細なことまで、まるでそこで見ていたみたいに話していたんだ」
カインとアルンディラーノがお互いの耳元で小声で話した内緒話の内容までは知らなかったが、「仲良さそうに内緒話をしていたわね。何をはなしていたのかしら?こっそり教えて?」と言ってきた。内緒話をしていたことは知っているのだ。
家族の距離感で一緒に食事をしていても、内緒話は聞き取れないだろうから同じ事だ。
「だったら、見てたんだろ。側で」
すっかり寝ていると思っていたイルヴァレーノから声が出てきてカインは驚いた。見れば、目はつぶったままだが半分だけ出していた頭が今は全部布団から出ていた。
「剣術訓練は、まぁ周りにたくさんの近衛騎士が居たから彼らから情報収集していたのかもしれないけど、昼食は2人きりだった。食堂には誰もいなかったんだよ?」
「メイドは?給仕の使用人は?ドアの外に護衛は居なかったのか?」
イルヴァレーノに言われてハッとした。
「居た。後ろにメイドが2人控えていた。給仕は最初と最後だけ出入りしただけ。護衛は…居なかった気がする。王宮内では基本的に個別の護衛は付かないと言っていた」
そういえば、メイド達は声を潜めると近寄ってきて居た気もする。国王陛下か王妃殿下のスパイだったのか。
「お貴族さまは、壁際に控えている使用人を本当に壁だと思っている節がある。気をつけろ」
「壁に耳あり私メアリーって事だな」
「メイドはメアリーって名前だったのか?」
「いや知らないけど……」
しかし、メイドは日によって付き従う人が違う。近衛騎士だって基本は副団長が指導してくれているが、仕事の都合なんかで別の騎士が見てくれる事も良くあった。お茶の準備にその場を離れたことだってある。しかしその間の情報すら漏れていたのだ。
「なら、城の中が全員スパイなんだろ。王子様観察報告書みたいなのが提出されてるんだよ。廊下ですれ違っただけだとしても1行だけの報告書をだすんだよ」
イルヴァレーノの言葉に、先日の執事の言葉を思い出して顔をしかめるカイン。イルヴァレーノの主はカインだが、その他の使用人の主はディスマイヤとエリゼであると言われた。
「たった1行の報告書なんてどうするんだよ」
「『何月何日何時何分にドコソコの廊下ですれ違いました』って報告書が他の使用人から5分ごとに12枚集まれば、王子様が一時間のうちにどの経路でどう移動したのかがわかる。『カインと一緒だった』って添えられてる報告書と添えられてない報告書が有れば、どこでお前と合流したり別れたりしたかもわかる」
カインはマジマジと隣で寝ているイルヴァレーノを見る。相変わらず目をつむったままだが、嫌そうに眉をひそめている。
「そんなの報告書は膨大な量になるじゃないか……。陛下も王妃殿下もお忙しいのにそんなものに目を通していられないだろ」
「報告書を整理してまとめるヤツが別に居るんだろ。12枚の報告書も一枚の地図に矢印だけ引けば確認なんて5秒でおわる。王様なんだからそんなの人にやらせるに決まってるだろ」
「なんでも自分でやりたがる王様かもしれないだろ……」
そんな事無いだろうと思いながらも反論をしてみたカインだった。
イルヴァレーノの言うとおりなら、カインとアルンディラーノの行動や会話を記した報告書。1日の行動順路や一挙手一投足が書かれた報告書。それらを読んでアルンディラーノと一緒に居たような気になっている、見守っている、知ったような気になっていると言うことではないか。
アルンディラーノの方は親と滅多に会えず、親同士がどんな風に自分について語っているかも知らないのに。
「手の込んだ事だな」
「情報は量だ。取捨選択したり纏めるのには技術がいるが、集めるだけなら誰でもできる。……だから、子どもが使われる……」
「イルヴァレーノ」
「もう良いか?もう寝ようぜ」
本当に眠いのか、さっきからイルヴァレーノの言葉はだいぶ砕けている。執事に注意されてからは2人しか居ない場でも使用人としての口調を崩さないようになっていたのに。
しばらく黙って考え込んでいたカインだが、隣からスウスウと寝息が聞こえて来たのに気が付いてため息をひとつ吐くと、自分も布団に潜り込んで目を閉じた。
―――――――――――――――
誤字報告、ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。
Twitterでの読んだ!ツイートエゴサしてニマニマしてます。
本当にありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます