音楽担当のクライス先生
いつもありがとうございます。
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【本日のディアーナ様】
今日はディアーナ様は奥様と一緒に刺繍の練習をしておりました。奥様はカイン様のやり方をまねて、練習用の基本の図案ではなくディアーナ様に好きなように刺繍をさせているとの事です。楽しそうに刺繍しておりました。
僕のお茶入れの練習に奥様とディアーナ様が協力してくださり、奥様からは厳しい意見を頂きました。精進しなければなりません。ディアーナ様は、おいしいよ!と言ってくださいました。刺繍の最中に指に針を刺してしまっておりましたので、治癒魔法で治させて頂きました。ディアーナ様は目をまん丸くしてイル君すごいね!とほめてくださいました。
昼食は奥様と一緒にお庭で取られた様です。僕は使用人部屋で食事をとったので昼食時の様子はわかりません。
イルヴァレーノ
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カインは手の中の紙をくしゃりと握りつぶすと、暗い視線をイルヴァレーノに投げつけた。
「……………………」
「そんな憧れの舞台女優が結婚引退を発表したパトロンファンみたいな顔で僕をみないでください、カイン様」
「イルヴァレーノばっかりディアーナから誉められてズルい!俺もディアーナに褒められたい!『おにいさますごーい!おにいさまかっこいい!おにいさますてきー!』って言われたい!ディアーナの怪我だって本当は俺が治したい!治癒魔法は努力でどうにもならないのが本当にツライ!お庭で昼食とか絶対楽しいじゃん!ディアーナお花好きだもの!お花見ながらご飯食べたら凄い可愛い顔するに決まってるじゃん!なんでその場に俺は居なかったんだよ!そんな素敵時間に俺はいったい何してたんだよ!アル殿下とご飯食べてたんだよ!アイツトマト食わねえんだよ!トマト食わせるのに手を焼いてたんだよ!あぁぁああぁぁ!ディアーナ分が足りないよおおお!」
「カイン様、顔を整えてください。
イルヴァレーノに促されて、とぼとぼと廊下を歩いていく。
今日はピアノの日だっけ?ヴァイオリンの日だっけ?なんかどっちもキリの良いところまで曲を弾いたような気がする。新しい楽譜を持ってくるとか言っていたような気もする。教養として習っているが、カインはあまり音楽に興味がなかった。
ディアーナにも家庭教師が付くようになると、授業に乱入してきてカインの演奏に合わせて踊るということもなくなってしまった。
「乱入…?」
突然立ち止まり、考え込んでしまったカインを不審な顔で振り返るイルヴァレーノ。「カイン様?」と声をかけるが返事がない。
「良いこと考えひらめいたー!」
「ひぇっ」
肩を叩こうと近寄って来ていたイルヴァレーノは、突然の大きな声で叫んだカインにびっくりして変な声が出てしまった。ゴホンと咳払いをして気を取り直すと、困った顔をして向き直る。
「何をひらめいたんですか」
どうせろくでもない事だと解っている。聞いたところで八割方ディアーナと過ごすための屁理屈を聞かされるのだと解っていても、侍従として質問しないわけには行かなかった。
主人の話し相手になる事も仕事の内である。
「芸術系の勉強は僕とディアーナで合同でやればいいんだよ!因数分解と足し算引き算は一緒に教えられないけど、楽器の弾き方は4歳差があったって一緒に教えられるんじゃないか?絵の描き方だって字の書き方だって、一緒に出来るだろ!出来るよな?」
「え!?えぇー?どうでしょうか…先生にお伺いしないといけませんね…」
「早く音楽室行ってクライス先生に相談しよう!」
言い終わる前からカインは廊下を駆けだした。
廊下は走ってはいけませんよと声をかけるべきか迷ったが、イルヴァレーノはどうせ言っても聞かないだろうと思い直し、早足でカインの後を追ったのだった。
イルヴァレーノが音楽室に入ると、もうカインは音楽担当のクライスに詰め寄っていた。クライスは子爵家の三男で、王宮楽団に所属しているヴィオラ弾きである。
王宮主催の夜会や茶会、園遊会があればそこで演奏する。
個人的に依頼すれば個人宅のサロンや庭園でも演奏してくれるらしいし、先日は大衆演劇場の歌劇に助っ人で参加して来たとも話していた。
専門はヴィオラだが、弦楽器は一通り演奏できるらしい器用な人である。
「ディアーナと僕が一緒に音楽の授業を受けることで、先生は授業時間の短縮をする事ができます。そうすれば、先生はその空いた時間を自分の練習時間に当てることが出来るのです。もちろん、2人に音楽を教えるという契約は変わりませんから、お支払いする給金は変わらないはずです!2人一緒に授業を受けることで、デュオ曲にチャレンジする事も出来ます。先生を交えてトリオ曲の演奏だって出来ます。なんならそこにいるイルヴァレーノを巻き込んで弦楽四重奏をやったって良いんですよ」
「巻き込まないでください!!」
「使用人に教えるのに許可が必要でしたら僕が父から許可を取ってきますので、四重奏はそれからになりますが、まずはディアーナと僕の授業を一緒にしましょう!音楽は楽しいのが一番とクライス先生も仰っていたではありませんか」
「えぇー…」
まくし立てるようにカインがクライスに迫る。クライスは手で壁を作りつつズリズリと後ろに下がっていき、ついに背がグランドピアノについてしまった。もう下がれない。
「僕の演奏に合わせてディアーナが踊るところ見たくありませんか?」
「あれは確かに可愛かったね…だけど…」
「なんなら、ディアーナの演奏で僕が踊っても良いですよ」
「えぇー…」
「きっと可愛いですよ?」
「自分で言っちゃうのかよ…」
「イルヴァレーノも踊って良いんだぞ?きっと可愛いぞ」
「遠慮します」
途中からカインとイルヴァレーノで会話が始まってしまっている。
「楽器は確かに、算術と違って弾き方さえ覚えたら全然違うことをやるわけではないから、出来ないことは無いかも知れないけれど…。どうしたって練習曲が簡単なものになってしまうよ?それはもったいない気がするんだよ…」
「じゃあ、僕が改めて違う楽器を始めます。それならどうですか?」
「それはやっぱり、別々の楽器を教えるのなら別々の授業の方が効率が良いんじゃないかなぁ」
「全く別じゃなければ良いんですよね?では、ヴィオラは?」
カインの言葉に、クライスは真顔になった。ヴァイオリンの練習をやめ、ヴィオラに乗り換える。それは、端から見れば大きさの違う同じ楽器に乗り換えるように見えるかもしれない。しかし、クライスにとっては大きな意味があった。
「僕も体が少し大きくなりました。今までは、ヴィオラには子供用サイズが有りませんでしたが、そろそろ弾けるのではないでしょうか。」
クライスは黙りこんでいる。
「クライス先生を尊敬してるので、ヴィオラって格好いいなぁって前から思っていたんですよね。渋く響く音が凄い格好いいですし。僕、コレを機にヴィオラを始めたいな先生」
クライスは目をつむり眉間に皺を寄せている。
「ヴィオラを弾けるようになれば、我が家での茶会や、学校に入った後の生徒発表会でも僕はヴィオラを弾きますよ?筆頭公爵家の嫡男が魔法学園の発表会で弾くのがヴィオラ。格好いいと思いませんか?」
「わかりました。公爵様のご許可があれば、次回からディアーナ様と一緒に授業をいたしましょう。でも、他の先生と時間の調整が必要ですからね?」
ついに、クライス先生が折れた。
ヴィオラ弾きはヴィオラを褒められると弱いことを、カインは知っていたのだ。
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誤字報告いつも助かっております。ありがとうございます。
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