デザートの食べ過ぎには注意しよう

目の前には、おいしそうなご馳走が並んでいた。

ご馳走の並ぶローテーブルから目を上げると、目の前のソファには綺麗な顔をした少年…カインが座っている。

イルヴァレーノは、添え木をされているために曲げられない膝を伸ばした状態でソファに斜めに座っていた。料理を挟んでカインと向かい合わせに座っている状態に、なんでこうなったと眉をしかめた。


「そんなに怖い顔するなよ。一人でいる事と腹が減っていることはいけない事だって栄ばあちゃんも言っていたからな。まずは飯を食おう」

「サカエバァチャンって誰だよ…」

「マナーが分からなければ気にしなくて良い。なんなら手づかみで食べてくれても構わないよ」


カインの言葉に、イルヴァレーノはムッとした。

カトラリーからナイフとフォークを手に取ると、チキンのソテーを丁寧に切って口に運んだ。食器のぶつかる音もたてず、その所作は美しいものだった。

カインは、片方の眉を吊り上げると、へぇと感心したように声を上げて自分も食事に手を付け始めた。


「もしかして、将来は貴族の暗殺とかさせるために教育受けてたとか?それとも、実は本当に貴族の子息だったりする?」

「……」

「どっかに養子縁組でもさせる予定かね」

「……」

「なんかしゃべれよー。食事は楽しく食べようぜー」

「……」


カインが色々話しかけるが、イルヴァレーノは返事せずに黙々と食事を口に運ぶばかりだった。

もっとも、暗殺に関することはしゃべることができない機密事項のため、カインの質問に答えることができないだけという事情もあった。


「とりあえずさぁ、お前の怪我が治るまで家から出さないつもりだから」

「なっ!」

「早く家に帰りたけりゃたくさん食べて早く元気になることだな」

「……」


カインとしては、怪我が治らないうちに放逐して改めて主人公と出会われても困るのだ。元気いっぱいになれば、主人公の目の前で行き倒れる事無くまっすぐ帰ってくれることだろう。


出来れば、暗殺者自体を辞めさせたいとカインは考えていた。

今回、元気に帰ったとしてもまた次の仕事で怪我をして主人公に拾われないとは限らないからだ。ゲームの強制力なんてものがあるのかわからないが、ゲーム開始時時点までまだ10年もある。その間に、過去のエピソードを作られても困るのだ。

出来れば、しっかりと囲い込みたいとカインは思っていた。


「おにーしゃま!」

バンっとノックもなしに部屋のドアが開き、ディアーナが駆け込んできた。

「おひるをごいっしょしないってなぜですの!ディはおこっていますのよ!」


カインの座るソファまでくると、ディアーナは肘置きをバンバンと手のひらで叩いた。


「ごめんよディアーナ。さみしかったかい。僕も本当はディアーナと昼食を食べたかったんだよ」


そういいながら、カインはディアーナの脇に手を入れて持ち上げると、自分の足の間に座らせた。

髪の毛を優しくなでると、その髪や耳に軽いキスを繰り返し、さらには頭頂部のにおいをかいでは幸せそうに目じりを下げて「かわいいかわいい」とつぶやいていた。


それを見て、イルヴァレーノはドン引きした。

先ほどまで、無表情か片眉をあげた皮肉な顔をしていたカインがまるで別人のように相好を崩しているのだ。

声のトーンも全然違い、これ以上甘くなるのかという甘い声を出している。


「ディアーナも同じものを食べたかい?」

「おにーしゃまと同じものを食べましたわ」


ビシッとテーブルの上のチキンソテーの添え物を指さし「ちゃんとにんじんもたべたのですよ!」とドヤ顔をしてカインを見上げる。

それを見て、これ以上崩れないと思っていたカインの顔がさらに崩れた。

わしゃわしゃとディアーナの頭を撫でまわし「えらい!嫌いな食べ物もちゃんと食べられるなんてディアーナは何て素晴らしいんだ!」とべた褒めしている。


何を見せられているんだろうか。自分の肩を外して連れ込んで、怪我が治るまでは監禁するようなことまで言っていた人物と同じとは思えない。

こんな貴族の息子として育てられている割には冷めた態度をとるやつだと思っていたのに、なんだこのギャップは。

寒暖差で風邪をひいてしまいそうだと、イルヴァレーノは身震いした。


チラチラと、テーブルの上のデザートに視線を寄せるディアーナのほっぺたを手で包み込み、そっと上を向かせて目を合わせると、カインはとても優しそうな顔でほほ笑んだ。


「ディアーナは、このあとちゃんと、もう一度歯磨きできるかい?」

「はみがきするわ!」

「僕にデザート貰ったって、内緒にできるかい?」

「おにーしゃまとのひみつね!」


よーし良い子だ~とほっぺたをぷにぷにと優しくつまんだ後、デザートの皿を手に取ると「あーん」とディアーナの口にスプーンを運んでいくカイン。

それを見て、イルヴァレーノは完全に毒気を抜かれてしまった。ため息を吐き出して、自分の食事に集中することにした。

思うよりお腹が空いていたのか、あっという間に食べ終わってしまった。デザートの皿を取ろうと手を伸ばしたところで、前方から視線を感じ、顔を上げたら小さな少女と目があってしまった。


「……」

「……」


非常に食べづらい。デザートの皿を手前に持ってくると、ディアーナの視線もついてくる。


「……」

「………食べる?」


パァァと効果音が聞こえてきそうな勢いで顔が笑顔に変わった。その笑顔のまま、ディアーナはグリンと顔を真上に向けてカインの顔を見上げる。

カインは、困ったような顔をして「うーん」と悩んだフリをして見せるが、答えは最初から決まっているのだろう。自分の前にある皿をどけてデザート皿を置く場所を作った。


「ゆっくり食べるんだよ」

「はい!」

「お礼は?」

「ありがとう!知らないおにいしゃん!」

「……」


カインの前に自分のデザート皿を置くと、背もたれに背を預けて力を抜いた。

膝の間に座ってディアーナがデザートを食べているため、カインの食事は先ほどから全然進んでいない。それでも、おいしそうにデザートを食べる妹を愛おしそうに眺める顔は満足そうである。


(なんでコイツは俺の名前を知っていたのか。全身黒づくめの怪しい恰好だったとはいえ、なんで俺を暗殺者と決めつけているのか。俺と同じくらいの子供のくせに、怪我をして万全でなかったとはいえ、仕込まれている俺に足払いをかけて投げ飛ばし、脱臼させるその技術はどうやって身に着けたのか…。情報の出所を突き止めてから帰らないと、ボスに殺されかねないな…)


イルヴァレーノは、怪我が治るまでは家から出さないと言われたのを逆にチャンスととらえて、情報の出所を探ろうと決心していた。

カインが、とはわかるはずもなかった。



その日の夕方、ディアーナがデザートの食べ過ぎでおなかを壊した為、甘やかしてデザートを譲ったカインとイルヴァレーノはそろって母親に叱られたのだった。

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