【第五巻:事前公開中】魔法で人は殺せない21

蒲生 竜哉

カフェ・シンデレラ

サンドリヨンが魔法院の敷地内にカフェをオープンする。その名もカフェ・シンデレラ。店の開店準備をしている時、リリィはサンドリヨンから開店パーティのために歌を披露して欲しいとお願いされてしまう……

第一話

 駅前の広場の外れ、中心から少し離れたところにその店はあった。


 十年ほど前まではパブだった店なのだが、店主が老齢を理由にリタイアすることに決めた時に地所を店ごと手放したのだった。

 その後地所は魔法院の中にある教会の管理下に入った。しかし、教会としてもまさかパブを経営するわけにも行かず、かといって改装するにしてもこの派手な建物を何にするのだという議論はついに結論に至らないまま、現在に至っている。


「だから、なぜ君は僕にあの店を売れないんだね?」

 魔法院の庶務課のカウンターで思わずダベンポートは声を荒げた。

 向かいではリチャードと名乗った庶務課の課長が平然とダベンポートを見つめている。

「ダベンポート様。先ほどもご説明差し上げた通り、いくら上級捜査官のあなたにも例外を認める訳には参りません。これは魔法院の決定事項です。院長からもちゃんと承認を得ている訳でして」

 そう言いつつ彼は手元の分厚いファイルの中から取り出した書簡を仰々しく掲げてみせた。

 書簡にはちゃんと魔法院院長の金色の封蝋が押されており、それが正式な書面であることを示している。

「納得がいかん」

 忿懣やる方ない様子でダベンポートがカウンターを両手で叩く。

「納得して頂かなくても結構。ダベンポート様、ともあれあの物件は特別な資質を持った方にのみお譲りすることが出来るのです。それが先代の遺言であり、我々はその遺言を執行する責任があります。……ところで、もし出来ますればそろそろお引き取り願えませんでしょうか?」


…………


「とまあ、そういう訳でね、僕の計画は失敗に終わったよ」

 ダベンポートはダイニングテーブルに配膳されたリリィ特製のポトフにスプーンを差し込みながら苛立たしげに言った。

 沈着冷静、人の心の持ち合わせが少々足りない事で有名なダベンポートがこれだけ怒りを露わにするのは珍しい。

「まあ」

 ダベンポートの左側に座ったサンドリヨンが口元を手で隠す。

(やだ、サンドリヨンさん笑ってる)

 サンドリヨンの向かいで上品にナイフとフォークを使っていたリリィはすぐに彼女が愉快そうに笑っていることに気づいたが、特にそのことには触れなかった。

 確かに、人間らしい感情を露わにしているダベンポートはリリィから見てもとても好ましい。だが、それを口に出さないだけの分別はすでに身につけていた。

「それは大変でしたね、旦那様」

 だからリリィは代わりにダベンポートの苦労を労った。

「ああ。なんでも先代の遺言とやらで、少なくとも僕には断固として売れないんだそうだ。まったくもって忌々しい」

 ダベンポートが荒い鼻息を漏らす。

「でも、なぜ旦那様には売れないのでしょう?」

 リリィは素朴な疑問を口にした。

「さあてね。庶務課によればとにかく男性には売れないようなんだ。しかも出資すらダメだっていうんだから恐れ入る」

ダベンポートが不愉快そうに肩をすくめる。

「じゃあ、今度は私が行ってみましょうか?」

 サンドリヨンはふと頬張っていた豚肉の塊を嚥下するとダベンポートに提案した。

「サンドリヨンが?」

 ダベンポートが思わず驚いた表情を見せる。

「ええ。今までに頂いた軍人恩給はもう百二十年分を超えています。蓄えは十分にありますわ。明日リリィちゃんに案内してもらいます」


+ + +


 元々は例によって例の如く、ダベンポートの『気まぐれ』だった。

 サンドリヨンが王国に骨を埋めることを決めた時以来、ダベンポートは彼女の新たな生活の糧を密かに探していた。

 リリィによれば、サンドリヨンは早々にダベンポートの家を出ることを計画しているようだった。確かに下宿住まいは窮屈だ。それもあってか、サンドリヨンはどこか近くに引っ越して新たな生活を築こうと考えているらしい。ダベンポートとしては彼女の滞在に何の問題もなかったのだが、かといっていつまでも心苦しい思いをさせるのも本意ではない。

 そして、ならばと思いついたのがパブの経営を任せることだった。

 魔法院の管理下に十年以上前から所有者不在のパブがあることはダベンポートもよく知っていた。そして魔法院がそれを少々持て余していることも……。

 では、ここは一つあのパブを僕が買ってサンドリヨンにプレゼントしてしまってはどうだろう? 幸いにしてサンドリヨンは料理が上手い。サンドリヨンなら駅前のあのパブの経営者には最適だ。

 だが、さすがにあの地所をまるごとプレゼントしてしまったらサンドリヨンも気後れするか。ならばパブの所有権は僕が保持して経営だけをサンドリヨンを任せることにするか……

 そう思って意気揚々と魔法院の事務方との交渉にでかけたのが今朝のこと。挙げ句の果てがこの体たらくという訳だ。

 今目の前では身振り手振りでリリィがサンドリヨンにそのパブの造作を説明している。

「とにかく可愛いお店なんです!」

「そうは言っても、見てみないと想像がつかないわね。何? 透明なの? そのお店」

「そうなんです。それにステンドグラスもあって素敵なんです……」

(ま、なるようになるか)

 ダベンポートは楽しそうにしている二人をみて気分を変えると、もう一口ポトフを口に運んだ。

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